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【小話】シュレディンガー的時間迷子

僕の使っている電動歯ブラシには2分のタイマー停止機能がある。だからか2分きっかり、ブラシの振動が自動に止むとブラッシングを済ます習慣がついてしまった。

そしてブラッシングの開始と終了時には洗面台と真反対の壁にある浴室乾燥機の操作パネルにチラチラと目を向ける。

パネルにはデジタル時計が付いていて、2分後は何時何分だろうかと思いを巡らし、2分後に確かにその時間になったことを確認している。特に意味はない。ただ何となく2分後に止まる器具と時計が同じ空間内にあると僕は自然とそんな風に目を動かしてしまうのだ。

そんな感じでいつも通りに今日も今日とてブラシを口に加えて時刻を見ると、「0:30」と表示されていた。

あれっ?と僕は思う。
自分の中では23:30くらいの感覚でいたのだ。
風呂から上がって服を来てそのままの動きでブラシを手に取っての、今だった。風呂に行く直前に意識して時間を確認したわけではないが、瞳に映った壁時計の針は22:45頃を指していなかったであろうかと曖昧に記憶していた。

風呂場。湯船の中で僕は小説を読んでいた。
その時間と空間が僕は好きだった。清められた身体で気持ちいい湯に浸かって文字を読むと、殊の外本の世界に意識を深めることができるからだ。

0:30の数字を見て文字通り時間を忘れるほど読書に熱中していたのだろうか。
目の前の数字と感覚のずれに僕は困惑した。
本の世界に意識を沈めたがあまり、この現実の世界から1時間だけ意識が消えてしまっていたのではと思ってしまった。

しかし頭が冴えてくると0:30の謎が分かった。
これは時刻ではなく、タイマーだった。ほんのついさっき、僕はこのパネルの「換気」ボタンを押していた。そのボタンを押すと、時計表示があらかじめ設定したタイマーの表示に変わるのだ。つまり0:30とは30分のカウントダウンを意味していた。決して午前12:30のことではなかった。

だとしたら今は何時なのだろう?
たとえ目の前の表示が実際の時刻でないと分かっても、一度感じでしまった「ずれ」は払われず、奇妙な感覚として残り続けていた。もしかしたら今は本当に0:30かもしれないし、23:30頃かもしれない。あるいはそのいずれでもない全く違う時間軸の中にいるかもしれない。

シュレディンガーの箱に閉じ込められてしまった気分とでもいおうか。刻一刻、時間が進む世界の流れから外れてしまい、自分がいま「どこ」ならぬ「いつ」にいるか分からない。人は4次元的にも迷子になれる。寝起きしている家の中なのに僕は自分自身の所在を仮想的に見失った。

居間に戻り壁時計を見ると針は23:40を指していた。そこでようやく、刻一刻時を刻む世界の流れの中に戻ってこれた感覚を持てた。

仮に遠い未来タイムマシンが発明されても軽はずみには乗れないだろう。僕らは常に気圧によって肉体の形を保っているように、生まれた時からずっと同じ時間の流れの中に身を置いて、その道を歩き続けてきたのだから。

知らない時間の中を歩くことは月面を歩行するくらいに強い精神が必要なのかもしれないと僕は思った。

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