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ドン=ジョヴァンニ in 新国立劇場

 三時間半の公演はあっという間に終幕し、席から立ち上がろうとしても貧血になったようにうまく立ち上がれませんでした。これがオペラか!ぼくはふらふらの身体で、心だけが熱く興奮していました。

 先日、新国立劇場でモーツァルト作曲のオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を鑑賞しました。初めての生のオペラでした。
 その初めてを新国立劇場の一階14列目左翼側という、幸運に恵まれねば確保できない座席で鑑賞しました。
 神に感謝申し上げたいほどありがたいですが、勿論100%の幸運ではなくて、劇場が若者たちのために用意して下さった特典のおかげです。”新国立劇場U25優待メンバーズ”という、25歳以下限定で加入できる特典で、2万5千円以上する座席のチケットをなんと5000円で提供してくださるのです。
 オペラやバレエに関心のある25歳以下の方々全員に是非お勧めしたいサービスです。スマートフォンから1,2分で登録可能で、年会費等はありません。
ご興味あればこちらのURLから登録ください。
https://www.nntt.jac.go.jp/ticket/general/academic/

さて、前書きはその辺に「ドン・ジョヴァンニ」のあらすじを簡単に紹介しましょう。

あらすじ

 豪奢な貴族、ドン・ジョヴァンニは毎夜毎夜女遊びに老けていた。その熱中ぶりといったら中毒症状のレベル。富と容姿に恵まれたジョバンニはヨーロッパ中の少女から淑女、その数、数千人とこれまで関係を持ってきた。
しかしある晩、彼は罪を犯す。 
 或る明け方、ジョヴァンニは騎士長の娘アンナの部屋に忍び込んだ。しかしアンナの叫び声で見つかり、憤慨した彼女の父である騎士長と決闘することになった。結果ジョヴァンニは騎士長殺しを犯し、その場から逃走した。
 父の亡骸を前にアンナは嘆き悲しみ、婚約者と共にジョヴァンニへの復讐に立ち上がる。
 その後、ジョヴァンニは昔の愛人の一人、エルヴィーラと再会する。エルヴィーラは自分を棄てた怒りをジョヴァンニに向けるが、鬱陶しがったジョヴァンニはまたしても逃走。従者のレポレッロがその場に残された。エルヴィーラはレポレッロにジョヴァンニが関係を持った女のリストを見せつけられ、自分が愛した男の本性を知る。怒りが高鳴り、エルヴィーラもジョヴァンニに復讐心を抱く。しかし彼女はジョヴァンニの女癖に怒りつつも、心の底では彼への愛が燃えている自分を自覚していて、女遊びをやめられない彼をどうにかしてやりたいと思う。
 エルヴィーラからの逃げ出すと、ジョヴァンニは歌と踊りに盛り上がる結婚披露パーティーに乱入し、今度は新婦のツェルリーナに目を付ける。
 復讐に燃えるアンナ、諦めきれないエルヴィーラ、そして、ジョヴァンニに揺れ動かされながら夫への愛を誓うツェルリーナ。

ジョバンニと女たちとの間に鳴り響く愛憎の物語が展開されていきます。

「注目場面① 華麗なる結婚パーティー」

 冒頭の騎士長殺しの場面とエルヴィーラとの再会場面では暗く不吉で、騒乱を予感させる雰囲気がピリピリと漂っていました。歌手の立ち位置を除き照明の加減は若干暗めで、その光の映えようは、林立するガス灯の間隔が広い夜の街のようでした。建物の外や中で展開されるシーンだったので、黒っぽいレンガの壁や柱が背景としてセットされ、舞台上に溶け込んでいました。
 

 しかしパーティーのシーンになると雰囲気は一変します。
 照明がいきなり明るくなり、舞台上が色とりどりに輝きだしました。場面は晴れた昼間の屋外。自然に囲まれた場所なのだと分かりました。メルヘンなメリーゴーランドを中心に、祝いの歌と踊りが繰り広げられ、幸せな気持ちが膨れ上がりました。
 人物の多さも圧巻です。新郎のマゼッタ、新婦のツェルリーナ以外にも十人ほどの紳士淑女がパーティーの出席者として二人を取り囲む形となっていました。さりげない仕草からは上品さが漂い、服装も照明と調和する華やかさ。彼らはまるで舞台という器に活けられた花束のようでした。
 そんな華やかなパーティーの中にジョヴァンニが忍び寄ると不吉さが漂い出します。世界を色彩満載に映す澄んだ水の膜に墨が一滴落とされ、水に映る色彩が濁っていくような感じがしました。

 この場面では女性に迫るジョバンニの巧みさと恐ろしさが描かれます。
 まったくの部外者なのにジョヴァンニは関係なしにパーティーの中に入っていきます。結婚の祝いのための宴と知ると、笑顔で陽気に「君たちの幸せを私にも祝福させてくれ」と言い、パーティーの続きは自分の屋敷でやろうと提案します。出席者と新郎マゼッタを従者のレポレッロに屋敷へ案内させ、自分はツェルリーナと二人きりになることに成功。彼女に言い寄ります。
 結婚したばかりの人を口説いても無理だろっと最初は内心ツッコミましたが、蛇のように心の隙間に入るジョバンニの口説きに、ツェルリーナは揺れ動きます。そして新婦が心を揺れ動かされてしまったことを、今度はありえねぇとツッコミせずに納得してしまっている自分がいました。自分がもしも女でジョヴァンニのような男に詰め寄られたら、抗えず、心がコロッと移り変わってしまうかもしれない…。最愛の恋人を裏切る形になっても…。そんな恐ろしさが心によぎりました。

「注目場面② 白の騎士長像との対峙」

 殺された騎士長が白い像の姿を借りて、ジョヴァンニを地獄に突き落とす、ラストの最も盛り上がる場面です。
 騎士長像は二階から一階のジョヴァンニを見下ろし、ジョヴァンニは客席に背中を向けてあの世から裁きをしに来た騎士長像を見上げるという構図になっていました。ポスターにしたいくらい印象的な絵でした。
 舞台から光は取り払われ、二人の姿だけが映し出されます。
 騎士長のアリアは高い位置から発せられました。降り注がれるアリアは人間ごときには抗えない神がかった凄味がありました。ジョヴァンニも、私たちも息を飲みました。


 騎士長の役は妻屋秀和さんという20年余り世界で歌われてきた方が担当されていて、その表現力は歌が上手いという次元を超えに超えていました。その立ち姿と、底から湧き上がって来るような重厚な歌声は威厳たっぷり。福沢諭吉が「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉を残していますが、そのアリアは人の上に立つ神的な存在にしか発せられない強さと深みがあるように感じました。


 ジョヴァンニは客と同じ向きを向いて騎士長のアリアを聞きます。そのためか、ジョヴァンニと自分の姿が重なり、舞台の中の出来事が自分事として流れ込む感覚に陥りました。このとき驚いたのは、歌を歌っていないのに背中だけで感情が表現されていたことです。強がって背筋を伸ばして騎士長を見つめているものの、恐怖に慄いて少し後ろに退けている装いもある、そんな印象がその背中から透き通って見えました。
 さいごにジョヴァンニは地獄へ落とされます。床が沼のようになり、少しずつ少しずつ、切れ味の悪い鋸で首を切られるように絶望して落ちました。   騎士長はそのさまを見送って、姿を消します。

全体を通して

 今回のオペラ全体に通じることですが、舞台美術を一言でたとえると、『動く絵画』でした。固定された美術装置があって、それを背景に人物たちは身体を動かす。動くといっても映画のように自由には動けず、あくまでも背景が映る舞台上の限られた範囲だけです。しかし舞台をせま苦しくは感じません。美術の背景を軸に歌と音楽が奏でられて、完成された世界観を作り出してくれます。だから限られた範囲であっても満足できるし、完成されたその世界観をパラパラと転換させず、そのままにしてほしいという気持ちが湧いてきました。その世界観が実に絵画的で、当時のヨーロッパの風景を想起させてくれるようでした。照明、美術、音楽、演技。舞台上に存在するありとあらゆる表現が絵画を作り出す要素で、刻一刻と背景が移り変わる映画や漫画とは違う楽しみ方を味わえると思います。
 
 ぼくは昔、歌は歌で聴いて、演劇は演劇で観ろ。どうして歌と劇を混ぜ込むんだ。滑稽なだけだろとひねくれた考えを持っていました。最近はそんな視野の狭さは無くなっていましたが、このオペラを観て、歌劇だからこそ表現できる人の心の在り方があるのだと実感を伴って確信しました。
 オペラではアリア(独唱)という形式を通して、人物が心情を歌にする場面が多数あります。歌手の技術が高いのは勿論のことですが、注目すべきは歌の響きの中に”心音”と”台詞”があることです。音程を間違えずに詞をなぞることだけが歌ではない、そんな当たり前なことは知っていましたが、オペラを見てその意味が分かりました。
 先述した騎士団長のアリアもですが、一番に印象に残ったのは復讐心に依存する悲しさを歌うアンナのアリアです。
 ぼくは涙を一筋流していました。
 その理由は申し訳ないけど、すべてを言葉にはできません。気付けば涙、という感じでした。一緒に行った友達も幕が下りるなりそこの場面に一番感動したと言いました。きっと、人間誰しもが何かにすがって生きていて、すがりたくないけれどすがらざるを得ないことの苦しさが人の心を突き刺すのだと思います。自分の記憶がアンナのアリアと結びつく。歌が心を丸裸にして、心があふれ出して、涙が流れてしまう。ぼくが流した涙は多分、そんな涙だったと思います。

演技×舞台美術×歌唱・音楽

 初めて生で聞いて、オペラとは複数の表現方法を掛け算した芸術だと思い知りました。オペラの歌には人の心を揺り動かすあらゆる要素が詰まっています。この三つの芸術を一つの芸術として調和させ、昇華させ、響かせる。多分それが恐れ多くも今の私がことばにできるオペラのすばらしさです。

 これからも時間があればオペラや観劇に触れていきたいと思ってますので、その度にこのような駄文を書かせていただこうと思っております。分かりづらい部分がたくさんあったかと思うので、末尾に今回私が観たドンジョヴァンニのダイジェスト映像をリンクで貼りました。参考としてご覧になってみてください。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=128&v=1rmI0V4HahE



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