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【読書記】越境の中国史 南からみた衝突と融合の300年

2022年も押し迫ってきました大晦日、師走の慌ただしい時期ではありますが、最後は「ハノイで読んで考えたこと」で締めたいと思います。今日ご紹介するのはこちら、「越境の中国史 南からみた衝突と融合の300年」です。

実は著者の菊池秀明先生の本を読むのは二冊目、この読書記でも紹介させてもらった太平天国の乱を描いた岩波新書「太平天国 皇帝なき中国の挫折」を読んでから、華南からの視点を大事にして中国を考える先生の著作はとても気になっていました。

そこで、同じく独自の視点で中国人・中国社会、そして最近では在日ベトナム人社会をルポしている安田峰俊さんのTwitter上で紹介されているのを見て「これは面白くないわけがない!」と思わずポチリとKindle購入。年末年始に取っておこうかなと思いつつ、読みだすとあっという間に読み進めてしまい、もう読み終わってしまいましたところ、2022年の内に感じたところを記しておきたいと思います。

実はベトナムの華人(người Hoa)のことに関心があり、現在ベトナム国家大学人文社会科学大学院の博士課程にまで勢い余って入学してしまった私。その人たちは当然歴史をたどれば華南からやってきた人ばかり。その在越華人の現在を理解するには、やはり人々の歴史をしらなければいけない(というか知りたい!)という思いを以て、菊池先生の著書を手に取りました(電子書籍ですが)。

生存のための社会状況がそうさせたとは言え「定住が通常、移民はイレギュラー」という概念では理解できない、複数の生計手段を持ちながら、移動を厭わずサバイバル、社会的な上昇を目指す人々が華南地域を作ってきた歴史を、菊池先生はその彼らの行動様式を「搵食」(広東語でワンシックと読みます)というキーワードと共に紐解いていきます。

華人の世紀とも言われた18世紀の背景となった中国での人口爆発、それは北から華南(福建、広東)への人口移動と圧力を生み、元々住んでいた人の中には北からのニューカマーに土地や市場での地位を奪われ、台湾や広西へ、更には海外へ動いていきます。華南にやってきた漢人たちが軍人、役人、商人(及びその家族)という比較的恵まれた環境にあった人たちもかなりいて、それがゆえに「地元民」が必ずしも優位な立場でなく、両者がせめぎ合いながら生きていくかなり激しい競争社会。時に(しょっちゅう?)激しい武力闘争(械闘と言います)まで引き起こす、そういった社会背景であった18世紀以降の華南中国の様子が史料から生き生きと描かれています。

国の福祉政策があるわけではない当時の社会。流動的な社会の中で、移り行く人々が少しでも生存の可能性を高め、リスクを下げるためには、「秘密結社」が必要になります。秘密結社と言っても、別に皆がマフィアのような風だったわけでもない。人々が動き始める17,18世紀以降、生きるための互助組織が長く必要とされてきた華南の移民社会の歴史的経緯、上記でも言及した安田峰俊さんの「現代中国の秘密結社」が描く世界の歴史的背景を、今回「越境の中国史」を読んでより深く理解できました。

北から南へ、そして東へ西へと移動する人々は、陸路で繋がる国境を越えて今のベトナムにもやってきています。当時のベトナム南北朝時代の各王朝対応から南部に海で渡った華人の方が数は多いですが、陸路を通じてベトナム方面を向かった人も多くいました。その中からは劉永福、黒旗軍といった歴史を彩る人物たちも生んでいます。

ベトナムと陸続きの華南地方のこういった社会特性を理解してから、ベトナムにおける在越華人のことを学んでみるために、大変知的に刺激的な一冊でした。この本から得たことは、在越華人の理解にも資するかなあという2023年への期待を込めて、今年のnote書き納めとさせて頂こうと思います。途中書かない時期も長かったですが、2022年もどうもありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。