『やらなきゃ、頑張らなくちゃ!』の呪縛が自分を苦しめる
社会復帰して早くも4年が経とうとしている。
わたしには、病気による後遺症があるけれど。見た目は健康的に見えてしまうため他人には理解し得ない苦しみと闘いながら今も働いている。
社会復帰したら、それで終わり。
というわけではなくて。
そのあとも、体調をみながらシフトを考えたり身体に無理がいかないようにケアしたり。そんなことをしながら働いている。
わたしには、難聴とメニエールがある。
後遺症も残ってしまって、聴こえの悪さやフラつき【これを平衡機能障害というらしい】といった症状が今でも残っている。
三半規管がやられてしまったせいか、身体のバランスがとりにくかったりメマイがしたりと症状は様々だ。
わたしの職業は、看護師で病気になってしまったときは『もう辞めよう』と考えていたけれど。
今の職場の上司や先輩たちが、
やってみないと分からないから戻っておいで
と言ってくれたおかげで、フルではないものの働くことができている。
わたしが病休に入る、ちょっと前のこと。
ガンの患者さんが私のことを可愛がってくれていて。病気のことも心配してくれていたと上司からきき、職場復帰したとき。その患者さんに会いにいった。
彼女は、ずっと私を待っていたようで、とても嬉しそうに長話をしたことは今でも覚えている。
ずっと待ってくれている人がいる喜びは、何にも代え難いもので私をずっと支えてくれていた。
しばらくして、彼女は自宅へ退院して。
昨年、亡くなられたと風の噂で知った。
医療現場で働く限り、
『人との死』
は、かけ離すことができない。
みんなが元気に退院されるかといえば、決してそうではないことも少なくはない。
だけれども、こうやって必死に生きる、生きている姿をみていると私は勇気づけられることが多々ある。
別のガンの患者さんと話したときのこと。
『あんたは結婚してるの?お子さんは?』
と聞かれ、
『わたしは独身だから旦那も子どももいない』
と返事して。すると彼女は、
『優しい人なら旦那さんになってもいいんじゃない?分かってくれる人なら考えてみたら?』
と会話が続く。
正直、病気になってからというものしんどい時に、しんどいということさえも煩わしくて。
ひとりでいる方が楽だなと感じる一方で、誰かしらそばにいてくれたら、こんなにも辛い想いはしなくてもいいのかな、、、なんて考えたりして。
普段は私情を話さないわたしだけれど。
この日は、つい本音が出てしまった。
病気によって治療方法が違う一方で、思っていることや考えていることは同じなのかな?
と、わたしはそう思った。
年齢や性別とか、関係なしに。
みんな本音を言わないだけで思っていることは、同じだったのかもしれない。
仕事に復帰してからというもの、体調面などで悩むことがある一方で、患者さんと雑談して励まされることも。
本当にありがたいし、励まされるし勇気づけられる!
医療従事者だからといって、決して強い訳ではない!笑
仕事を通して、ひとりの人間として心から笑顔になれた瞬間だった。
突発性難聴の後遺症と向き合いながら社会生活をしています。聴力障害あり。趣味のカメラと、わたしの生きたしるしを残しています♪