見出し画像

サウナって整うだけじゃねえんだわ

「じゃ、20:30に横浜で」

それはとある春の日の事だ。
中学校からの付き合いになる男友達2人とサウナに行こうという話になった。
僕らは最近の流行に恥ずかしげもなく乗っかり、夜な夜なサウナに行って
いわゆる「整い」の素晴らしさの虜になっているのだ。

この日は、横浜にある「スカイスパYOKOHAMA」に行くという事で、
仕事を終えた3人は横浜駅に集合した。
会うなり「行くか」と一言。さすが、話が早い。ジャパニーズソサイティに揉まれた男達の求める物は自然と同じという事か。悲しい様な嬉しい様な。

「ところでさ」
友人が切り出す。
「今日、ちょっと寒いけど大丈夫かな」
その日は春の陽気とは程遠い、肌寒い風がピューピュー吹く日だった。以前、真冬にサウナに行った時に気温が低過ぎて震えながら外気浴する羽目になり、整いどころでは無かったという経験があるのだ。

「てかさ」
またしても切り出す。
「今日、金曜だけど混んでんじゃね」
そう、この日は金曜日。僕らみたいに1週間の疲れを清算したいサラリーマン達が世に溢れる日だ。サウナはその特性上一度に入れる人数に制限がある。サウナに入るのに並ぶというのは実に寒い。

そんな感じで不安を募らせつつ、受付を済ませ、スーツを脱ぎ、生まれた時の姿になる。水分補給もしたし、準備は万端。いざ、浴室に入らん。

戸を開けると、サウナの入り口に長蛇の列が見えた。
終わった。
不安が的中した事と全裸の男達が行列を作っている異様な光景のシュールさに僕らは顔を見合わせて思わずニヤける。まあでもしゃあない。とりあえずシャワーを浴びて体を洗うことにする。

実は昨今の感染症拡大防止の為に、スカイスパYOKOHAMAではロッカールーム及び浴室でのおしゃべりを厳重に制限している。僕らも会話は必要最低限、必要なコミュニケーションは小声で口元を覆って行った。入浴中、喋り出すお客さんもいたがすぐさま従業員に声を掛けられていたので、かなり徹底している様だ。安心して利用できる様しっかりと管理されていた。

体を洗い終わると、サウナにできていた行列が消えていた。
後で知ったことだがスカイスパYOKOHAMAでは「アウフグース」を行っている。

「アウフグース」とは、サウナストーブにアロマを含んだ水をかけることで蒸気を発生させ、タオルで仰ぐパフォーマンスにより、香りと心地よい熱風を送り一気に発汗を促す、本場ドイツのサウナ・プログラムのことです。また、ジワジワと身体の芯から暖められますので、大量に発汗することができ、身体内の老廃物を取り除くことができます。
(スカイスパYOKOHAMA 公式HPより引用)

どうやらアウフグースの直前だった為、行列が出来ていた様だ。
勝った。週末の優勝が約束された。僕らは俄然舞い上がり、軽くお湯に使ったのちサウナの扉を開ける。

ここのサウナはフィンランド式ドライサウナである。

本場フィンランド同様、壁面に立枯れの木KELLO(ケロ)を、ベンチの背もたれに熱伝導率の低いアバチの木を使用。フィンランド人が好むと言われる85℃前後に均一に保たれた室温と、スタッフによるアウフグース(ストーブ石に水を掛け発生する蒸気をあおぐ)パフォーマンスにより、心地よく汗を流せます。また、室内に設置された岩塩からのミネラル分とマイナスイオンがリラックスを促します。
(スカイスパYOKOHAMA 公式HPより引用)

雛壇に座る雛人形の様に男達が雁首揃えて並んでいる様はいつ見ても微笑ましい。タオルをかぶっている者、目を瞑っている者、あぐらをかいている者、スタイルは人それぞれだが、薄暗い部屋の中オレンジ色の間接照明が様々な男達を妖艶にカッコよく演出する。吹き出た汗がキラリと光る。なるほど。ここはステージか。
負けじと僕も肩を並べる。

スクリーンショット 2021-04-12 23.47.00

(スカイスパYOKOHAMA 公式HPより引用)

サウナの中では、みな裸だ。物理的にもそうなのだが、僕が言いたいのはここでは年齢、肩書き、性格などあらゆるステータスが取り払われるということだ。僕らの様な一般的なサラリーマンはもちろん、大手企業の役員、フリーター、アーティスト、悪人など様々な人達が一室で無防備な格好で一心不乱に暑さに耐えている。どんなすごい奴も今大地震が来たら、素っ裸で死んでしまうだろう。その感覚に、僕はなぜか妙に安心する。それは自分が社会という組織に帰属している1人の人間であるという安心感なのか、それとも世の中に存在するあらゆる人もサウナでは皆平等な人間になるという安心感なのか。

そんな事を考えているうちに時間が経っていた。何分くらい入っていたのか。確かめるべく時計を探すが、目に入るのは苦悶するおっさんの顔ばかりである。後から友人に聞いたが砂時計が置かれていたらしい。分かるかあ。
体感時間で12分くらい入っていたと思う。友人に目配せし、出る。そして水風呂に浸かる。正直言ってこの瞬間はちょっと苦手だ。気持ち良さもあるが生物の本能的な部分でこの環境の急変化に脳味噌がアラートを発信し、拒絶する気持ちがわずかに勝つ。普段無意識に行っている呼吸でさえ、意識しなければ絶え絶えになってしまう。それでも理性をコントロールし、さも何事も無いかの様に振る舞い浸かる。だってもう26歳ですから。
30秒ほど浸かったらいよいよ「整い」のフェーズに移る。この時気付いたのだが、ここは横浜のど真ん中のビルの14階に位置しており、外気浴をする場所は無い様だ。つまり、外の気温など気にする必要はないのだ。

でも逆に、外気浴出来ないってちゃんと整うの?と思われるだろうが、
スカイスパYOKOHAMAには3タイプの椅子が確認できた。
1、普通の椅子(ただし頭上からそよ風が吹いてくる)
2、普通の椅子(ただし頭上からミストが吹いてきて小鳥のさえずりが聞こえる)
3、普通じゃない椅子(パラマウントベットみたいなヤツ 夜景が見える)
全てトライしたが外気浴と遜色ない気持ち良さを味わうことができたぞ。

まず最初に私が選んだのはミストが降りかかる椅子。というかここしか空いてなかった。正直友人達は疑心暗鬼で渋々座ったが、いざ座ってみるこれがまた良い。
結構良くね?と言おうと思って友人の方を向くと、友人はすでに天を仰いで遠くの世界にトリップしている様だった。やっぱりこいつら"理解ってる"な。そうだ、「整い」に言葉は不要。ただその環境に無防備に身を任せれば良い。他人との親睦度を測る指標の一つとして、沈黙に耐えられるかというものがある。こいつらとの沈黙に微塵の気まずさも感じない。心底安心できる奴らだ。僕も目を閉じて深めの深呼吸をした。すると、顔に降りかかるミスト、小鳥のさえずり、わずかに感じるサーキュレーターの風、これらが調和してまるで小雨の降る森の中にいるかの様な感覚があった。私は感動していた。なんてデザインされた空間なのだろうと。こういう空間を創り出すクリエイターの遺伝子が自分にもあって欲しいと強く感じた。

そして、2周目に突入する。今度はサウナの上段の席に腰を下ろした。周知の事実だが温かい空気は空間の上の方に溜まる。サウナの上段の席ほど暑く、これまた結構温度差がある。確かに暑い、だがこれを求めていた。僕は高揚する気持ちを抑え、禅をする坊主の様な姿勢になる。禅と違うのはサウナにいる間、思考は巡りまくっているという事だ。僕はこれから始まる土日のプランを緻密に組んでいた。まず7:30には起きて、コーヒー飲みに外出して、溜まってるタスクを消化して、暑いな、午後はミーティングして、早く終わったら映画でも観て、暑いな、夜はアサヒの新作ビール飲んで、暑いな、暑いな、、
暑いな。
サウナは思考する場所では無かった。

暑さに耐えかねた僕は目を開けて辺りを見回してみる。すると上段に座った事で先ほどでは気づかなかった物が見えた。横浜の夜景だ。このサウナは窓があり、そこから横浜の夜景が一望できる。なんという贅沢。曇ったガラス越しの横浜の夜景はクリアな夜景より叙情的でこちらの想像力を刺激する。かつて、少年の僕はあの夜景の数だけ人々の生活がありその営みが生み出す絶景にえらく感動し、いつかは自分もあの夜景の一部になりたいと思っていた。時は過ぎ、仕事に忙殺され一人残業をしている時に、ふと自分が夜景の一部になっている事に気付いた。そして17時半以降の夜景は残業の輝きだという事を理解したのだ。子供の頃からの夢が叶った嬉しさと夜景の正体を知った複雑な気持ちが混ざり合い、それでも少し嬉しさが勝ったのを覚えている。今自分が一室でサウナにいる様に、あの窓の灯りの下では仕事を頑張る者、家族との時間を過ごす者、様々な人の時間が同時に進行している。どんな時間なのか覗いてみたい好奇心だったり、世の中の広さだったり、時の流れの無常感だったり色んな感情が湧き上がっては消えていく。
サウナは思考する場所なのかもしれない。

画像3

10分は経っただろうか。体もいい感じに火照ってきている。友人もそろそろ限界という表情。僕らはルーティンのごとく水風呂に浸かり、「整い」の場所を探す。
パラマウントベットみたいな椅子が空いていたので座る(というより横になる)。
体の内面は熱いのに表面は冷えているという尋常ではない状態に身体が困惑しているのが良く分かる。横になったことで促進された血流がより全身に巡る。そのせいなのか若干平衡感覚がバグっている。僕にとってこれはキマっている時のサインでもある。目を瞑ると天地が逆転する様な感覚に陥り、まるで天井から下を見下ろしている様な浮遊感に襲われる。

あれ、この感覚、どこかで、、

思い出した。富士急ハイランドの「ええじゃないか」だ。
「ええじゃないか」の最初の落下の直前のフワッとなる感覚に近いぞ。
絶叫が苦手な僕としては「ええじゃないか」を作った人がサイコパスにしか思えないが、ここでサウナとの意外な繋がりを見つけてしまった。もしかしたら「ええじゃないか」のルーツはサウナにあるのかも知れない。
「快楽とは苦痛を水に薄めた様なものである。」というマルキ・ド・サドの名言が言い得て妙で思わず膝を打ちまくった。

そんな感じでもう1周一連の流れを経て、僕らはスカイスパYOKOHAMAを後にした。その後、もちろん、海と夜景を見ながらビールを流し込んだ。サウナ後のビールってなんであんなに美味いんですかね。

画像1


お湯に浸かりながら友達と語り合うのは最高だ。裸同士の付き合いならいつもは言えない様な話も弾む事だろう。だが、あえて多くを語らないのも一興だ。言葉に頼らず、たまには汗を一緒に流すだけの時間があっても良い。面と向かって喋ることがリスクになるのなら、いっそのこと喋る必要がない場所に行けば良い。そうする事で見えてくる本質もあると思う。

巷でサウナが流行る理由は「整い」だけではないのかも知れない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?