見出し画像

はじめに

 2019年4月、改定「出入国管理及び難民認定法(入管法)」等が施行され、在留資格「特定技能」による移住労働者の受け入れが始まりました。これは、いわゆる「単純労働者は受け入れない」としてきたこれまでの政府の方針を転換するもので、今後、より多くの移民が日本で働き、暮らすようになるでしょう。
 とはいえ、日本にとって、移民はまったく新しい存在というわけではありません。日本では、近代化や植民地支配により戦前・戦中から主に中国や台湾、朝鮮半島出身の人びとが数多く暮らしてきました。一方、日本からも多くの移民がアジアや南北アメリカなどに渡り、その波は1970年代まで続きました。その後、中国帰国者やインドシナ難民の受け入れを皮切りに、日本は再び「移民受け入れ国」となりました。1980年代に入ると、より多くの移民が来日するようになり、グローバル化の進展や1989年の入管法改定もあって継続的な流れとなりました。リーマン・ショックや東日本大震災、新型コロナ感染症拡大などにより、新規来日者の数に増減はあるものの、日本で暮らす外国籍者の数は長期的には増加傾向にあり、2020年末には約297万人(在留外国人数+超過滞在者数)に達しています。
 この中には、日本生まれの二世だったり、あるいは一世でもすでに滞在歴が40年以上に及ぶ方も多くいます。また日本に暮らす外国籍者の半分以上が、「特別永住者」「永住者」「定住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」という定着性の高い在留資格を持っています。さらに、帰化者や両親の一方が外国籍の人など日本国籍で移民ルーツの人びとも含めると、より多くの多様な人びとが日本で暮らしています。つまり日本はすでに「移民社会」なのです。
 しかし日本では、このような多様な人びとを、「外国人」と見なし、「移民」と捉えることはほとんどありません。政府もまた、「移民は受け入れない」、「移民政策はとらない」と繰り返し述べてきました。
 ですが、日本が移民社会である以上、このような、現実から目を背ける政府の主張は、日本に暮らす移民の権利を奪ってきました。というのも、移民に関わる政策は出入国・在留管理に偏り、彼らの生活を支える政策がほとんど実施されてこなかったからです。この結果、彼らの社会参加と自己決定は容易ではなく、長年の滞在にもかかわらず不安定な地位や生活状況に置かれたままの人も少なくありません。格差や貧困、差別が放置されてきたといえます。

 私たち「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」は、1980年代半ば以降、移民の支援に携わってきた団体や個人からなるネットワークです。私たちは、2006年『外国籍住民との共生に向けて』、2009年『多民族・多文化共生社会のこれから』と題して、NGOからの政策提言を日本社会に提案しました。
 本書は、これらの提言に続き、支援の現場、移民の現実から、彼らの生活を支え、移民社会に必要な政策を改めて提案するものです。各項目では、私たちが出会った移民の人たちや私たち自身の経験にまず焦点を当て、そこで浮き彫りになる政策的課題を提起しています。「政治」や「政策」は一見すると、日々の生活から遠いものであるように感じられるかもしれません。しかし私たちは、活動を通して、偏った政策や政策の不在により、移民が日々の暮らしの中で、権利を保障されないままでいることを実感してきました。本書では、その実感を可能な限り届けたいと考え、このような構成をとることにしました。読者の皆さんも、ぜひ一人ひとりの移民の人生を想像しながら、私たちの提案を読んでいただければと考えています。

 さて日本では、外国籍者には参政権が認められておらず、彼らは政治的な意思決定に参加できません。「私たち抜きに私たちのことを決めないで」とは、マイノリティ政策を作る際に根本に置かなければならない考え方のはずですが、残念ながら移民に関する政策の立案・実施過程において、当事者の声が聞かれることはほとんどありません。
 こうした現実を少しでも変えるため、移住連では、数年前から移民が参加して、自分たちが安心して暮らすために必要な政策を考えるワークショップを各地でおこなってきました。多くの声が集まりましたが、その中で喫緊の課題と考えたものを、これまでの支援の現場の声とあわせて20項目に絞ってまとめたのが本書です。つまり本書で取り上げた項目は、「移民社会」にとって最低限備えなければならないものばかりです。
 もちろんワークショップの場に参加できたのは、日本に暮らす移民のうちごく少数であり、聞かれていない声、反映されていないニーズがまだまだたくさんあります。くわえて取り組みを進める途中で、入管法改定がなされたこともあって、議論ができていない部分もあります。
 それでも私たちは、これから議論をより深めるための「たたき台」として本書を発行することにしました。本書をもとに「移民社会に必要なこと」をめぐる議論が各地で活発化し、よりよい提案がなされ、最終的には移民政策の実現に結びつけられることを切に願っています。

2021年10月
NPO法人移住者と連帯する全国ネットワーク

*本書は、2019年に冊子「移民社会20の提案」として公表したものを、最新の情報にアップデートしたものです。


【用語の説明】

移民:狭義には、現在の国籍にかかわらず、国境を越えた移動により別の地で暮らすようになった人びとを指しています。また移住先で生まれた移民二世や三世などを特に指す場合、「移民ルーツ」と呼んでいます。なお広義には、彼らも含めて「移民」と記載している場合もあります。
外国籍者:国籍の違いを明確にする必要がある場合に限り、日本国籍を持たない人びとのことを「外国籍者」と表記しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?