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08 誰もが健康で暮らせるために


 イラン人のハキームは、働くために日本にやってきましたが、オーバーステイとなってしまい、入管に収容されてしまいました。ストレスから胃に痛みを覚えるようになり、医師の診察を受けたいと何回も収容所の人にお願いしましたが、相手にしてもらえませんでした。ある時、はげしい痛みに襲われ、ようやく救急車で病院に行き、悪性の胃かいようと診断されました。退院後も痛みが続き、日に日に弱っていったハキームは、ようやく「仮放免」となり、収容所から出ることができました。ある日、お薬がなくなったので、病院にかかろうとしたら、「健康保険がない」、「日本語が通じない」といわれ、診療を断られてしまいました。


▶健康保険がないー

 ハキームのように、日本に暮らしながら、医療を受けられない移民がいます。「非正規移民」といわれる人たちです。非正規移民は、健康保険、国民健康保険に入れず、緊急時の医療保障もありません(提案15,16も参照)。かかった医療費のすべて(あるいは倍以上)の負担が、そのままのしかかってきます。非正規移民だけではなく、派遣会社で働く日系人など、会社が手続きをしてくれないために、健康保険に加入できない人もいます。健康保険がありませんから、からだの具合が悪くても病院にかかることをせず、病状が悪化している人も多くいます。市民団体が移民の無料健康診断をおこなうと、重い病気にかかっている非正規移民、あるいは無保険状態の移民が必ず見つかります。

 入管収容中に医療が必要となれば、きわめて不十分であっても、収容所内で医療を受けることができます。しかし、仮放免となった移民には、入管の監視下に置かれているにもかかわらず、何の手立ても取られることはありません。ハキームのように、収容中、収容が困難なほど重い病気になった人を、治療を尽くすことなく、仮放免と称して放り出すことすらあります。保険がなく医療費が払えないことを理由に、治療を断られた人もたくさんいます。

 ハキームは、もしかしたら、さらに病状が悪くなって、また救急車で病院に担ぎ込まれるかもしれません。一つ間違えば、命を落としてしまうかもしれません。日本社会の中で当たり前となっている皆保険制度に入れず、治療の手立てを奪うことは、一人の人間の健康や命を脅かすことにもなるのです。


▶「患者はだれ一人取り残さない」医療支援

 日本では、2002年頃までHIV陽性で受診する移民の多くを、在留資格のない移民が占めていました。在留資格がなければ医療費助成の制度が使えず、エイズ患者となった移民は多額の負担を恐れて治療をしり込みし、病院にたどり着いた時には、すでに重篤な状態となっていることが多かったのです。多くの移民患者が日本で命を落とし、あるいは、多額の医療費の負担がのしかかってきました。

 受診の遅れは、感染の拡大にもつながります。このような深刻な事態の中で、2003年頃から移民エイズ患者の医療の権利を守り、治療環境を改善するための取り組みが始まりました。そこでは国籍や在留資格にかかわらず、医療通訳の確保、医療制度などの正確な知識の広報、出身国に帰国する際の確実な橋渡しの方法について、知恵を絞りました。そして、治療に携わる人たちが、日本もしくは出身国側で確実に治療ができるよう、支援策を出し合いました。

 早期の受診により、移民のエイズ患者たちの治療も進み、支払う医療費の負担も軽くすることもできました。エイズ治療の拠点とされた病院も、数多くの移民患者を受け入れ、多くの命を救ってきました。移民の間でのエイズ発症を減らすことも役立ってきました。「エイズ患者はだれ一人取り残さない」という決意で、早期発見、早期治療の流れを作ったこと、移民の治療に欠かせない医療通訳を整えたこと、そして、病院や地域のソーシャルワーカーがいつでも相談に乗り、治療継続や生活再建の支援ができるような仕組みづくりに努力したことが、多くの患者の命を救ったのです。このような努力を、すべての移民に向けておこなう必要があるのではないでしょうか。

 病気やけがは人を選びません。国内で生活するすべての移民に対し、差別なく公的医療保険をいきわたらせること、医療通訳を確保して、受診の壁を取り除くこと、そして困ったときはいつでも相談に乗れる体制を整え、治療継続や生活再建の支援ができるようにすること、それが、だれ一人取り残さない社会づくりにつながります。

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