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土足な君は永遠をも通り過ぎる #2000字のドラマ


さっきまで動いてなかったような気がしていたのに、心臓は正直だ。


駅の下のすぐ近くにあるコンビニの前に彼女は居た。

普段は真っ直ぐに整えられている髪は、今日は軽くウェーブがかったように見えた。


「早かったね!お腹すいた〜!なに食べる?」


僕に微笑みかけている。



彼女はいつも僕の心に土足で入ってきた。


高校に通う電車の中で、目の前に立っていた彼女のイヤホンから、銀杏BOYZの「夢で逢えたら」が尋常じゃない音量で流れていた。僕は絵を描くとき、銀杏BOYZを同じように垂れ流していたから、単純に目の前の彼女に興味を持った。

いつも何故か神妙な面持ちで聞いている彼女を、中吊り広告を見るフリをしてよく観察した。伏し目になった時によく分かる長い睫毛が綺麗だった。

そんな顔しながら聞くような曲だろうか。こんな朝から思い悩む誰かでもいるのだろうか。彼女に出逢ってから本がずっと読み終わらなかったり、降りる電車を逃したりと一方的に僕は思い悩んでいた。

もちろんこんな冴えない僕が話しかける事が出来る訳もなく、時間が過ぎていった。と見せかけて、僕は話しかけた。


「いつもなんでそんな顔で銀杏聞いてるんですか?」


「は?」


憧れの銀杏GIRLの第一声は、「は?」の一言だけだった。


真面目だけが取り柄だった当時の僕は、皆勤賞を毎年学校からいただくほどの優等生だった。校長先生が何を思ったのか「毎年皆勤賞のご褒美として、渡り廊下の掲示板にお前の絵を飾ってやろう!」と恐ろしく得意げに言ってきた。

別に絵を認めて貰った訳じゃないのに、飾ってもらっても嬉しくないと思っていたが、いざ見慣れた渡り廊下の掲示板に自分の絵があるのを見た時は、流石に自然と心が熱くなるものがあった。


絵を見て感想を述べる人が自分が居ない間にここを通ったとしたら… 絶対に聞き逃したくないと思い、少し離れた柱の側からしばらく覗いてみたり、

或いは誰かが通りそうになったら、相乗効果を狙い、あたかもたまたま見かけて心を奪われてしまった人を演出するべく、絵の前でうっとりとした表情を作ったりもした。

そんな下手な小芝居も虚しく、誰一人と立ち止まって絵を眺める人は居なかった。


誰も見向きもしない絵が飾られているのが公開処刑のように思えてきた。アホらしい。何が皆勤賞のご褒美だ。ふざけるな。しっかり僕の絵を見た事もないくせに。

自分で引っ剥がしに行こうと思ったその時、何故か僕の絵の前に銀杏GIRLが立っていた。

これは走馬灯の一種か何かだろうかと棒立ちになっていると、僕の絵に近づき、携帯を向けたような気がした。

そして目をまん丸にして、何とも読み取りにくい表情をしている。


毎日学校に行っているのに、彼女と学校が同じという事には気付けていなかったらしい。漫画のような展開に心が踊った。

ただ、あんな失礼なファーストアタックをしてしまったものだから「その猿の絵僕が描きました」なんて言うと、イカれているかもしれないという疑問符を自らビンゴにしにいくようなものだ。すっかり怖くなってしまって、その日は話しかける事が出来なかった。


もう一度出逢い直すチャンスは訪れず、意気消沈と過ごしていたが、翌年のクラス替えで彼女と一(イチ)は一緒のクラスになり、知らぬ間に友達になっていた。一は唯一の僕の友達で幼馴染だった。そのおこぼれをいただいた形で彼女と関わる事が出来る様になり、自然と学生生活の青春の全てを三人で過ごすことになった。彼女の名前は音といった。


僕より先にちゃんと音に出逢った一は、己に宿ったコミュ力の精霊を武器に、当たり前のようにお互いが心を開き合っていた。

そんな二人をずっと、今もこうして少し後ろから見ているのだ。


制服を脱ぎ捨てた僕達が川沿いに捨てられている。

この道を三人で歩くのは久しぶりになっていた。


「私達ってこれからどうなっていくのかなあ」


何故か後ろにいる僕だけに聞いてきた。


音はそんな事を言っていても全く怖がってなさそうに見える。きっとこういう所が好きなんだと思う。

そう言えば、あの僕の猿の絵を見てどう思ったのか聞いた事がなかった。いや、聞くことが出来なかった。もうそんな事はとっくの昔にどうでもよくなっている。


君を見ていて思う。

この日々もどうせ勘違いだろう。
こんな勘違いばかりを重ね、時には糧にして、ずっと生きてきただけな気がする。


それでも当たり前にしてしまいたいこと、誰かとの日々があったのだ。

これがずっと当たり前で居てくれたらどれだけ幸せだろうか。どれだけ生きてるという事に代えれるだろうか。

また同じように秋や冬や春がなんとなくやってくるだけだと思う。

仕事場が急に楽園になったりはしないし、辞めたい事は辞められないし、叶わない夢もあったし、これから叶うかも分からない。それでも毎日が迫ってくるのだ。そう思うと怖くて足がすくむ。


だが、この僕達の日々には、目の前に君がいる。素敵な彼女に出逢わせてくれる音楽もある。説明出来なくたって、認められたい、認めたい何かがある。


もうそれでいいじゃないかとも思う。


この漠然とした不安の中に吹いている風はきっと穏やかだ。



相変わらずこんな事をまじまじと考えている僕はかなりいたいが、目の先で、夕暮れの空に意気揚々と飛び跳ねる音の姿が見えた。一が大袈裟に手を叩いて笑っている。



僕は走り出す。


今だから走れる。


でもずっと走っている。



この体でこの風をずっとずっと切っている。


明日はどんな景色が目に飛び込んでくるだろうか。


大丈夫。僕達はただ幸せの中にいる。



オレンジ色に差し掛かった夕日に君が携帯を向ける。


世界で一番美しい光景だ。



「もうこんな時間か〜!一緒に居ると1日が過ぎるのがほんと早いね!」



僕達に笑いかける。



待ち受け画面で猿の目が光ったのが一瞬見えた気がした。




風は今日も優しい。














最後までお読みいただきありがとうございます。


あまり優しくない日々を一緒に強く生きれますように。

同志たちへ。愛を込めて。









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