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記事コメ:画期的なガン研究でも”再現できない実験”がある?

今日は下記の様な記事を見掛けたのでコメントしていこう。

記事では主としてがん研究の前臨床研究(今では非臨床研究と言うのが正しいが)について以下の内容を紹介している。

アムジェンというバイオテクノロジー企業の科学者たちが、ガンの研究について一流の学術誌に掲載された53件の画期的な「前臨床」研究の再現を試みた。 ※「前臨床研究」:医薬品開発の初期段階で、多くは試験管内でマウスやヒトの細胞を使っておこなわれる。  
その結果、再現実験が成功したのはわずか6件、約11%だった。 バイエルの科学者がおこなった同様の再現実験も、成功率は約20%にとどまった。

これは結構前に話題になった内容だと思うが、記事ではこの理由について

しかし、実際に再現実験をおこなう前に問題が発生した。元となる論文のすべてで、「報告されている実験のすべて」について、再現する方法がわかるだけの情報が提供されていなかったのだ。 実験に使った細胞の密度や、測定や分析に関する要素など、研究の技術的な側面が記されていなかった。

と情報の不足に関する課題を提起している。しかし、これは本質的におかしい指摘である。実際に、最近は多くの論文が詳細なメソッドについて記述することを求めているのだが、化学や工学の中でもとりわけ「モノづくり」に該当する分野ならともかく、生物学・生理学の様な「自然科学の真理探究」を目的とした分野においてそもそも実験手法に依存する割合が大きいのだとしたらそれ自体がおかしい。

例えば「遺伝子Aを欠損すると癌細胞の増殖が抑えられる」という命題が報告されたとする。それを再現出来ない理由が細胞の播種密度なんかだとしたら、そんなものそもそも「科学的な真理」ではない。仮に特定の播種密度でのみ再現されたとして、そんなのは「実験が正しい」だけであって「科学的真理として正しい」とは全く言えない。つまり、論文で与えられた命題について、特定の条件に拘らず幅広い条件の中で一定の再現がされないなら、それは「生物学的に真理として正しい」とは全く言えないだろう。逆に言えば、多くの生物学実験において、「結果が出る特定の条件を都合よく採用している」という実態があるのも事実である。生物学実験は命題と証明手法、その結果と考察の正しさが非常に分かりにくい分野であり、ハッキリ言って研究者を含めて多くの人間がその正しさにコミットする事が出来ないし出来ていない。同時に、絶対に真理として正しい命題であっても、実験条件が変われば再現出来なくなる事も多い。例えば細胞培養に使う血清などはロット差が大きい事が知られているが、絶対に正しいと分かっている実験であっても、バラバラの10ロットを試せば多い時で4~5ロットは結果が再現出来ない事もある。細胞を扱う実験というのは非常に複雑かつ繊細な要素が多く、何が原因でその結果になっているのかを完全に考察できる知識と知能を持った研究者は殆ど居ない。

上記の本質的な生物学的実験の実際に加え、当然ながら実験手技の問題が加わる。記事では再現実験を行ったのが製薬企業の研究者となっているが、「一般企業に技術の高い研究者は居ない」と断言できる。つまり、この記事で紹介されている結果の大部分は実験技術の低さに依存しているのは間違いない。そして、何度も言う様に生物学的実験はその得られた結果と考察が非常に難しく、極端な事を言えば「実験がちゃんと成立しているかどうか」すら正しく判断できない人間が大半である。当然、技術や知識が無ければなおさらである。

以上の様な理由から、記事にある様に特定の条件で再現できない事が問題なのではなく、「何が正しいかを判断できないこと」が問題である。また、特定の条件に拘ることが問題であり、「幅広い条件で検討が加えられて普遍的な真理かどうかを判断されること」の方が重要である。特にがん研究など、実際の臨床においてはより条件や環境が複雑なわけなので、細胞株を用いた検討で厳密な条件設定が無いと再現出来ないならそもそも意味が無いだろう。

なお、記事もそうだが、ここまでの内容は「非臨床試験」についての議論であり、実際の患者を対象とした「臨床試験」の議論になるとまた話が変わってくる。長くなるのでここでは触れないが、臨床試験の再現性や問題点はまた別の要素が絡んでくるということは認識してもらいたい。

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