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記事紹介:ゲノム編集(CRISPR-Cas9)

今日は目に留まった記事を紹介するついでにゲノム編集や遺伝子疾患について考えたい。紹介する記事は以下である。

記事の内容は世界で初めてゲノム編集による遺伝子治療が承認申請されたというものである。今回標的となったのは鎌状赤血球症などの赤血球異常に対する遺伝子治療である。高校生物の範囲で習った内容でもあるが、鎌状赤血球症というのは遺伝子突然変異によってヘモグロビンβ鎖のDNA配列が異常となり起こる遺伝子疾患である。生物の遺伝の問題でもよく取り上げられる。また、この変異はマラリア感染に対してはむしろメリットとなることが知られており、進化や遺伝的多様性に関する議論でもよく取り上げられるので有名だろう。遺伝子変異の詳しい内容としては、DNA配列が変異した結果として6番目のアミノ酸に置換が生じることが原因である。そこには本来はグルタミン酸が入るのだが、バリンがその代わりに入って合成が行われる。アミノ酸の変異がタンパク質の表現型に影響を与える事は過去にウイルスの変異などで説明した通りである。

さて、今回の治療法は、この様な血液細胞の遺伝子異常が原因となる疾患について、血液の基となる造血幹細胞に対して遺伝子の修復を試みるというものである。この手の遺伝子疾患に関して今までの主な治療法は、正常な人の造血幹細胞を移植することであった。要するに赤血球を含め、血液細胞を作る元の細胞が正常な遺伝子を持っていればよいからだ。しかしながら、これはドナー適合性の問題など課題も多く簡単なことではない。そこで、今回の治療法では患者自身の造血幹細胞を取り出し、体外で「ゲノム編集」による遺伝子の改変を行い(この場合はおそらく上記の変異を元に戻す)、それを同じ患者に戻すという治療法である。理論的には画期的かつ理想的な方法であろう。

本題の「ゲノム編集」というのはCRISPR-Cas9というシステムを使った遺伝子改変技術である。このCRISPR-Cas9というシステムは2020年にノーベル賞を受賞したことでも話題になった。このシステムは本来、細菌など高度な免疫システムを持たない細胞がウイルスなどの外来生物を撃退するために獲得した免疫機構である。細菌に特異的な配列を認識するRNA(ガイドRNA)とそれを目印にして核酸を切断する酵素の働きで、ウイルスの遺伝子を切断して排除するという機構なのだ。これを遺伝子改変に応用したものが件の技術である。遺伝子の狙った場所を切断するというCRISPR-Cas9のシステムを利用し、さらに遺伝子が修復される機構を利用して遺伝子の改変を行うのだ。要するに、狙った部位のDNAを切断し、そこが自然に修復される時に、狙った配列の新しいDNAを挿入したり、変異を誘発したり、遺伝子を欠損させたりすることを意図して行うのだ。実験室レベルで変異を誘発する際は、偶然起きた変異の中から適当なものを選んで使う事もあるが、特に臨床技術的にはこれをいかに精度よく、狙った効果を出せるかという観点で様々な工夫や技術が組み合わせて使用される。そうでなければ遺伝子を改変するというのは本来危険な行いだからだ。

この様なゲノム編集や遺伝子治療における最大の懸念は、目的遺伝子以外の場所に問題が起こっていないかどうかということをいかに保証するかということだろう。目的遺伝子の改変は治療効果などによって理解出来るが、例えば目的以外の部位に変異や欠損が起こってしまう(オフターゲット効果)場合は、それを把握することが難しい。造血幹細胞の場合、例えば予期せぬ遺伝子異常を誘発して白血病や免疫不全などのリスクとなる。この様なオフターゲット効果を最小化するためのあらゆる工夫がこの治療法でも行われていると思われる。

また、ゲノム編集や遺伝子改変は(ある意味神の領域と言えるかもしれないが)本来生物多様性や生態系への影響も考えなければならないだろう。上記の鎌状赤血球にしても、マラリアに対する対策として遺伝子が残ってきたといわれている。つまり、今後、疾患原因といえども何でもかんでも遺伝子を改変するというのは、多様性の減少=未知の危機に対するリスク増大につながると言えるのだ。もっとも、今回の様に体細胞における遺伝子改変治療であれば継代される遺伝子自体に影響はないのだが、生殖細胞に対する遺伝子改変や、生殖工学を併用したいわゆる「デザイナーベビー」の課題などは正にこの手の問題を含んでいる。今回の技術でも分かる様に、既にやろうと思えば生殖細胞で遺伝子を改変し、狙った遺伝子を持つ子供を人工的に作る事は可能なのだ。(というか真偽はともかく既に下記の様な話題はあった)

人類の長期的な生存可能性については、これを機に、こういう事も考えていかなければならないと思う。

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