指摘

今回は、自分の問題点を指摘されたときに
抱く感情がいっぱいあったってお話



そもそも私はかなり打たれ弱い

指摘を受けたら
雷に打たれたようなショックを受けるし
落ち込んでないように見えて
(いやめちゃくちゃ落ち込んでるように見えるかも)内心しっかり落ち込んでる
そのことについてぐるぐる考えすぎて
ネガティブループから
自力で抜け出せないこともしばしば

しかも面倒なことに
落ち込む期間が長いんだ私は


少しずつ小さくはなってくるけど
ずーーーっと心に残って
ちょっとずつズキズキさせてくる
その度に気分がちょっと曇る
何度だって思い出しちゃう

そんな打たれ弱くて情けない私だけど
ショックを受けて落ち込むだけじゃ
だめだって踏ん張れる強さはある


めちゃくちゃ綺麗なパンチを
がっつり顔面に食らって
しっかりK・Oされて
3秒以内は無理だけど1分くらいでなら
立ち上がれる強さみたいな
(ボクシングなら負けてる)

めちゃくちゃショック受けるけど
後々はちゃんと立ち直るんだよ私は!!

いや、みんなそうなのか?


まあ私の性質は一旦置いといて


「人から指摘されたことを
自分でも問題点だと思ったから
直さなきゃいけないなあ」
なんて考えていたとき、

「ん?そもそも問題点ってなんだ?」と思った

問題点
欠点
改善点
短所
弱点

少しずつ意味は違うだろうけど
なんとなく全部似てる言葉

いわゆる“マイナス”な部分というのかな
全部直さなければいけない悪いところって
感じがするよねどうしても

このときに最近聞いた言葉を思い出した
「人を一つの球体だとする。欠点があるとその球体がボコボコしてて、そのボコボコを直して綺麗な球体を目指さないといけないって思うじゃん。でもそうじゃなくて、みんなそもそも綺麗な球体で、もうすでに完全体なの。だからその綺麗な球体自体の大きさをもっと大きくするための、もっと良くするための“改善点”がまだあるんじゃないかなって。」

みたいな話を聞いたんだ

なるほどなあ
今でもすでに完全体なのか私は

もちろんこの完全体って言葉は完璧って
意味じゃないことはわかってる
私にも弱点や短所がある

だけど「すでに完全体の私」と仮定すると
指摘されたら
“ここが悪いから直しなさい”
じゃなくて
“今でも十分いいけどここを改善したら
もっと良くなる”
ってニュアンスが強くなる気がしたんだ

そう思ったら指摘してもらえることの
有り難さがとんでもなく増したの
自分では気付けない私がより良い私に
なるための方法を教えてもらえたんだって
ネガティブなことってできれば伝えたくないし
みんな悪者になりたくないって
思うのが当然なのに
それを私のために伝えてくれるのって
すごいことだなって
すごくすごく感謝しなきゃって思ったし
もっとより良い自分になりたい!ならなきゃ!って心がかっかした



人から改善点を指摘されるのって
ショックだし
かっこ悪いし
恥ずかしいし
悲しいし
悔しいし
落ち込むけど

それを言ってくれた人への感謝は
忘れちゃいけないんだ

じゃないときっと私の成長は止まる


自分では気づけない私の伸び代を
教えてくれた人は偉大だ!

落ち込んでる場合じゃないや!

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