Scoop

ゴミが散乱し、今にも崩れそうな家が立ち並び、管理が全くされていない錆びれたこの街は、昼は閑散としており、夜はカジノや闇売買、密会が酒場で密かに行われるネオン街となるとても治安の悪い街だ。国からは危険地帯として扱われ、地元の人間ですらその日を五体満足で生きられるかわからない街である。こんな街には似つかわしくないほど、小綺麗で細身の青年がとある店の前にやってきた。

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店の中に客らしき人は居らず、6人の男が酒を煽りながらテーブルを囲んで札束を数えていた。
「積荷の薬を少し頂いただけでこんなに稼げるなんてな」
「グラム一万だと知ってりゃもっと頂いてたのにな」
「調子に乗りゃバレるだろ。これぐらいがちょうどいいのさ」
男達は雇われの運び屋で、荷物の中身が高値で取引されている薬物だと知って少量を盗み、それを売って儲けたのだ。万が一バレた時の為にと別の街へ飛ぶ車を手配し、今はその時間になるまで稼いだ金を数えている最中だ。
「アレはどうするよ?放置でいいのか?」
「置いておいたって問題無いだろ。放っておけよ」
男達は雑談を交わしながら数え終わった金を鞄に詰めていく。これで暫くは遊んで暮らせると笑い合っていた所に、ドアの開閉を知らせるベルが鳴り響いた。
「なんだ客か…クローズの看板が見えなか…た…」
一人の男が振り返り、入ってきた人間を確認すると言葉が止まった。そこにはフード付きの真っ黒なローブで全身を隠した如何にも怪しい奴が立っていた。そいつは男達が囲んでいるテーブルに瓶を投げ付けた。瓶はテーブルに当たると中から白い粉を出しながら弾けるように粉々に砕け飛んだ。その瞬間にローブ人間は舞い上がる粉を目掛けて銃を放った。すると炎の渦が勢いよく巻き上がり周りの男達を吹き飛ばすように小さい爆発が起こった。男達は熱さに襲われながら床に転がり各々呻き声や悲鳴を上げている。すると店の中にローブの人間が新たに二人現れた。一人はショットガンのようなもので三人の男を撃ち殺し、もう一人はナイフで残りの三人の首を掻き切った。首を切られた男は、首からドクドクと流れ出る生暖かい血を身体中で受けながら、ローブの人間たちは自分達が麻薬を盗んだ依頼主の回し者だろうかと考えているうちにやがて死んだ。タバコと酒の匂いが充満していた店内に、血の匂いが混じった。
「派手にやったものだな…掃除してやる身にもなれ…」
盗人の男達が死んで静かになった店内に、小綺麗で細身の青年が入ってきた。
「この血の匂いって奴がたまらなく好きになると、どうも押さえきれなくってなァ」
実に楽しそうな男の声だ。ナイフを扱っていたローブの人間が喋ったのだ。
「殺し屋ならもっとそれらしく静かに殺せないものか…」
やれやれと小綺麗な青年はため息をつく。一通り部屋の辺りを見渡し、店から出ようとしたその時、足が止まった。
「…奥に何かいるな」
店の奥から微かだが物音を聞き取った。それを聞いて奥の部屋を見に行こうとしたローブの男を青年は手で制し、自ら様子を見に行った。
扉は微かに空いており、隙間からは部屋が真っ暗であることが確認できた。そっと扉を押すとギイィっと音を立てて戸が開く。そこには7歳程の黒髪の男の子が立っていた。戸の隙間から盗人の男達が殺される瞬間を見ていたのか、顔は青ざめて汗を流し、足が震えている。扉を開けた青年を見上げながら警戒するようにじりじりと後ずさる。
「ガキじゃねぇか…盗人の子供か?」
青年の後ろからナイフ使いの男が顔を出し、子供を見る。
「どうだろうな…」
青年はさも興味が無いと言った様子で言うと懐から小銃を取り出した。それを見た子供は部屋の奥へと走り出す。逃げたかと思いきや、何やら床に白いシーツで包まれた何かの前に立ち、威嚇をするような目で青年を睨みながらナイフを向けていた。その勇ましい姿に青年は意外そうな顔をした。子供の足は震えているものの、少しでも近付けば刺すと言わんばかりの目を見つめ返した。
「どうしたお前…そこに何かあるのか?」
青年が問いかけても子供は何も答えず、フーフーと呼吸を荒くしている。興奮状態で、今にも向かっていきそうだった。
「来るなら来い…でもお前は何もできやしないよ」
青年は微笑みながら一歩前に出ると、子供はナイフを構えたまま青年に向かって一直線に走り出す。だが青年は虫を払うように子供の手を叩いてナイフを落とすと、足を引っ掛けて子供を転ばせた。その時、子供のポッケからひらりと何かが落ちた。青年がそれを確認すると、落ちたものは写真だとわかった。青年がその写真を拾っているうちに子供は立ち上がり、再びシーツに包まれた何かの元に戻るとそれにしがみついた。
「…この写真はお前の家族か?」
拾った写真はボロボロで、子供とその姉らしき女性だけが確認できた。
「返せ!それは俺のだ!」
子供はシーツにしがみついたまま青年に吠える。しかし青年は気にする様子もなく子供に近づく。そしてシーツの中を見ようと手を伸ばした。
「やめろ!触るんじゃねぇよ!離れろ!」
子供は止めさせようと青年の手を掴むが、シーツは剥がれ中身が暴かれた。そこには裸の女の死体があった。顔は何度も殴られた様で酷く荒れており、死んでから日が経っている様子だった。見る影もないが、写真に写っていた女性だと青年は悟った。
「手篭めにされたのか…綺麗な顔立ちだったのに酷い有様だな…」
写真の女と見比べながら青年はこぼした。
「お前…何処かから攫われてきたのか…?」
青年が子供に問いかけると、子供は大きく首を振り、やがて目に涙を浮かべながら震えだした。その様子を見て、親によって盗人達に売られたのだろうと青年は悟った。殺しの現場を見られたからには、この子供も殺すつもりだったが、青年の気持ちは気まぐれで変わった。女性の死体を再びシーツで包むと担ぎ上げる。それを見て驚いた子供は青年の腰にしがみついて止めようとした。
「何すんだよ!姉ちゃんを離せよ!」
いくら押しても引っ張ってもビクともせず、歩き出す青年に引きずられる形で子供はくっついていた。
「おいおい、そんなもの持ち帰ってどうするんだ?」
ナイフ使いの男は青年の行動を奇妙そうに見ていた。
「…屋敷に戻る。直ぐに掃除の者を寄越すからお前らも早く消えろ」
そう言って青年は店から出ると、車に女性の死体を乗せ、くっついてきた子供を後部座席に放り込んだ。

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強制的に屋敷に連れてこられた子供は、青年の行動にただ驚かされた。自分の姉の死体を綺麗なベッドに寝かせ、何やら綿や粘土のもうなもので死体の顔を整え、化粧までしたのだ。
「どうだ…なかなか上手くいったと思わないか」
子供は姉の姿に絶句した。美人で綺麗な姉とはかけ離れていた姉の顔が、生前に戻りまるでただ眠っているかのような姿に戻っていた。
「わかりにくい写真ではあったが、恐らくこれくらい綺麗だったんだろ…お前の姉は」
子供は姉の姿を見て、涙が滝のように溢れ出た。姉の胸に顔を埋めて泣きじゃくり、青年はただ黙ってその様子を見ていた。やがて子供は泣き疲れ、そのまま眠った。

子供が眼を覚ますと姉の葬式が行われた。親に捨てられ、一文も持たない人間にはふさわしくないほど立派な墓に姉は埋葬された。
「なんで俺に…こんなにまでしてくれるんだ?」
「勘違いするな。お前ではなくお前の姉のためにしてやったんだ」
子供は素っ気なく言う青年の顔を見上げる。今まで色んなことで頭がいっぱいで考えもしなかったが、青年の顔はとても穏やかで美しく、しとやかで細い体、真っ黒なくせ毛が風に靡いてとても輝いていた。姉が一番綺麗だと思っていたが、今はこの青年がとても美しいものに見えた。
「さて、お前はこれからどうしようか」
ふと青年に見つめられ、子供は慌てて目を逸らす。鼓動がとても早くなるのを感じた。
「私の所に来るならそうさせてやろう…」
「!?…本当か?」
まさかの言葉に子供は目を見開いた。
「あぁ…今すぐ姉の隣の墓に入りたくないのなら生かしてやろう。ただしこれから先は厳しい道程になるぞ」
「…それでもいい…」
「嫌だと泣いたら殺すからな」
「もう泣かねぇよ!」
子供はムキになって怒鳴る。姉との別れで一生分の涙は流したつもりだ。これから何が起ころうと、この悲しみ以上の辛さはないと心の中で豪語した。
「ところでお前の名前は…未だ姉の名しか話さないつもりか?」
「クソ親が付けた名前なんか嫌いだ…」
「そうか…なら私が付けてやろうか…そうだな…イヴォンでいいだろう」
「なに簡単に決めてんだよ!」
まるで犬に名前をつけるかのようにあっさりと決められてしまい子供は不服そうにするが、青年は御構い無しといった様子で子供を見て笑って見せた。
「…チッ…わかったよ」
青年のその顔を見ては、認めるわけにはいかなかった。自分はこの青年にはなにしても敵わないとわかっているからだ。暫くすると、遠くに止めてある車から青年を迎えに運転手がやってきた。
「フェオドール様、そろそろ戻りましょう…ダリウス様がお待ちですから」
「そうだな…行こう」
フェオドールと呼ばれた青年は一呼吸置いてから歩き出す。イヴォンはその後ろを付いて行きながらフェオドールの背中を眺めた。いつかこの大きな男を追い越すような大人になれるだろうかと、ただ自分の成長を待ち遠しく感じていた。

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