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「好き」って尊いね(『さかなのこ』)

大学時代にコーヒーチェーン店でアルバイトをしてポワッと思った「カフェをやりたい」という漠然とした思いを叶えるために活動をしている自分の、
あれやこれや、好きなものを探求していける境遇はとても恵まれている。

人それぞれ、自分がやりたいことを叶えるには、きっといろんな障壁がある。

そこそこ偏差値が高い進学校に通っていたとき、成績一位を取ってしまうほど勉強ができる子が絵の専門学校を志望しているのを、その子の担任が制止して大学を勧めた、という旨の話を聞いたことがある。
また、中学校で同級生だった子は高校卒業後の進路で、大学進学を親御さんに許してもらえずに公務員やさまざまな職能を目指す専門学校に進学した話も耳にした。

年齢を重ね、テストの成績や学歴、就職先を気にしているうちに、かつてなりたかった姿、好きだったことは過去に置いてきた、夢なんて覚えてねえなんてこともある。「好きなことがあっていいなぁ」と羨ましがられることもザラにある。

俺は幸い、自分のやりたいことに対する親の理解(というより諦め)に恵まれている。スーツなんか着たくねえと地元で編集者になったことも、転職を機に上京することの報告も、デザイン会社への勤務で上京したかと思えばさっぱりやめて都内でバリスタになっていたことも、「急だなあ、、、」と呆れられながら働き口、生き方を制御されずにいる。都内で働いていたコーヒーショップのクセの強い同僚にも、心底助けられていた。
コカ◯ーラの営業正社員や大手ファストファッションの店長職を辞めて来た人、はなから就職活動なんてしてない人、(自称)元ヒッピーのおじさん。ライフカタログをつくったら分厚くなるに違いないほど多様な経験や価値観を携えた人たちと過ごした日々は、素晴らしく楽しかった。
東京は、生き方・働き方がとても多様で、それを許容する社会があった。
サンドイッチ屋で働いているダンサー、ピザ屋のウェイターのモデル、写真家やイラストレーター。そういうのもありなのか〜と、刺激を受けてきた。



人と違くていい

今回観た映画は、さかなクンの自叙伝をもとにした映画『さかなのこ』。一番好きな映画監督・沖田修一さんによるものだと知って観に行った。

お魚が大好きな小学生・ミー坊は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。他の子供と少し違うことを心配する父親とは対照的に、信じて応援し続ける母親に背中を押されながらミー坊はのびのびと大きくなった。高校生になり相変わらずお魚に夢中のミー坊は、まるで何かの主人公のようにいつの間にかみんなの中心にいたが、卒業後は、お魚の仕事をしたくてもなかなかうまくいかず悩んでいた…。そんな時もお魚への「好き」を貫き続けるミー坊は、たくさんの出会いと優しさに導かれ、ミー坊だけの道へ飛び込んでゆくーー。

『さかなのこ』サイトより

まだ公開されたばかりでネタバレになりそうなことは書かない方がいいかなと思うので慎重に、簡単に映画を見た感想。
のん(能年玲奈)さんが主演で、男の役・ミー坊を演じている。これが当たり役だなあと感じさせられた。なつかしのイケパラみたいなもんじゃなくて、演者が男でも女でも関係ねえやという役だからなのか、ポーッとしている感じが合っていたのか。

それから、友達がやさしい。「お魚博士になりたい!」という、得体の知れなかった存在を志すミー坊に、同じく「なんだそれ?」と感じる周囲が、数年後も変わらず夢を追いかけているミー坊に対してピュアに「なれるといいな」と応援するシーンに、一分ぐらいかけてじわじわ泣いてしまった。

人の夢を折る一例として、奇人扱いにとどまらず「常識」や「普通」にその人を押し込もうとする。ただ、奇人・変人はそのままでいい。見守るか、見ていられないのであれば、見なくていい。「ふ〜ん、そっか」もやさしさ。

あとは、CHAIによる主題歌『夢のはなし』を、歌詞を見ながら聴いてください。




話は逸れるけれど、この映画を観ていて『青春漂流』が浮かんだ。個人的名著すぎて、友達に渡して、買い直す、を繰り返している。3回くらい買い直して、それも最近渡しちゃったのだけれど。

表紙にはこう書いてある。

あらゆる失敗の 可能性を見すえつつ 大胆に生きた人こそ よく青春を生きた というべきだろう

内容説明を引用すると、

一度は挫折し方向転換した若者たち。その大胆な選択が成功だったかどうかを語ることはまだ出来ない。何しろ彼らは、迷いや惑いの青春の真っただ中にいるのだから。自らも不安や悩みの放浪の旅から自己確立をしたという著者は、職業も種々な11人の若者たちと夜を徹して語り合う。鮮烈な人間ドキュメント。

紀伊国屋書店ウェブストアより引用

とある。是非読んでみてほしいです。これから買い直して、また、誰かに渡すと思う。


自分は、応援する側にいたい

ありがたいことに、周りの友達で、相談事や話を聞いてほしいときに頼ってくれる人がちらほらいる。自分が好き勝手やらせてもらえてきた経験からか、相談事に対して否定することはない。「やってみたらいいじゃん」「なんとかなるっていうか、なんとかするでしょ?」という、なんとまあ無責任なことを平気で言う。そのかわり、全力で応援する。身銭もまあまあ切る。応援 a.k.a 身銭切り。

コーヒー屋さんを志した大学時代、コーヒーに感じた可能性というのが、「寄り添い力」みたいなもんだった。サポーター。12番。
サッカー以外、あらゆることにおいて長続きや継続とは無縁な自分がコーヒーを好きでいられるのは、コーヒーをきっかけにして人を応援できる、人を和ませられるからなのだと思う。

この映画で見つけた2者。目標を追いかける人と、それを応援し、支える周りの人々。自分は、応援する側にいるのが心底、性格的に合っている。
ただ、まずは応援する側にいるために叶えようとしている「カフェをやりたい!」という自分の目標を、支えてくれる人がいることを忘れちゃいかん。物件探し、頑張ります。家族、親族、おともだち、知人、いつもありがとうぎょざいます。

あと、青春漂流みたいなインタビュー誌、新潟で作ってみたい。


駄文、お読みいただきありがとうございナス。

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