ネット上でアジア(など)のラップ音楽のMVをどう視聴し(てい)たかの一例

【はじめに】
ライブに行きもしなければ、音楽に関する情報誌に触れることもほぼなく、ただ、夜な夜な、動画サイト(Youtube)であれやこれやのMVを視聴し始めてから、五年ほどが経過しました。ラップ音楽のMVを視聴し始めたきっかけは、その頃、自分の周囲でラップ音楽やフリースタイルが流行っていたからだと思います。ですが、フリースタイルには苦手意識があり、その後のテレビ番組の盛り上がりなどには、乗ることができませんでした。以下は、幾つかのアジアのラップ音楽を視聴した体験めぐる、感想文のようなものです。再視聴しながら再調査し、再調査しながら再視聴しており、また、書きながら思い出して、思い出しながら書いています。話があれこれと脱線していますが、ご寛恕ください。

【スキャットと「空耳」のあいだ――シンハラ語、タミル語、テルグ語】
タミル語とテルグ語。両者はいずれも、インド連邦憲法の第8附則における指定言語に含まれています(インドでは、公用語である英語とヒンディー語に加え22の指定言語があり、実際に土地土地で使われている言語も数えるとさらに多様であるそうです)。テルグ語は主に南インドの幾つかの地域で使用される言語で、インドのアーンドラ・プラデーシュ州およびテランガーナ州では公用語になっているそうです。タミル語も南インドの幾つかの地域で使われており、タミル・ナードゥ州の公用語ですが、他にもスリランカやシンガポールといった国でも公用語の一つにされています。私はタミル語のラップ音楽を聴くうち、テルグ語のラップ音楽に辿り着きました。

しかしながら、そもそもの始まりは、スリランカのシンハラ語ラップ集団、Drill Teamのサイファー(車座で順繰りに行う即興ラップの)の動画でした(「Drill Team Presents "The Cypher '13"」2013年12月1日公開: https://www.youtube.com/watch?v=7aaQQF24OL0 )。

ある日、私は、南アジアのラップを知りたい、と思い立ち、ともかくも記憶にあった国、スリランカの公用語を確認すると、英語、タミル語、シンハラ語の三つでした。それでYoutubeでシンハラ語ラップを検索したところ見つかったのが、このラップ集団Drill TeamのMVでした。フリースタイルへの苦手意識があった私がなぜこれは聴けたのかと考えてみると、何を言っているのか意味が取れなかったからであり(私は今なおシンハラ語が習得できていません)、そう考えると私は、作り手の側に対してとても失礼な観衆の一人ということになるかもしれません。声を、音としてしか聴取していなかったわけなので。――ただ、そうしたネガティヴな理由だけではなく、私はポジティヴな理由からも、少しは弁明をできると思います。質感を備えた響き、スキャット的な音を聴くのが、幼少から私は好きでした。スキャットマン・ジョンが1994年に発表したテクノスキャット、「Scatman (ski-ba-bop-ba-dop-bop)」(公式チャンネルにより公開されたMVは以下を参照のこと:https://www.youtube.com/watch?v=Hy8kmNEo1i8 )みたいな曲が、私の耳の好みを培っていました。――この曲が、ちょうど2019年の2月21日にNorikiyoがMVをアップロードした曲、「何だそりゃ?」(https://www.youtube.com/watch?v=3vwr1L30qiw)の中であげつらわれていたのが(このような全く私的な経緯から)私には印象深く感じられます。――閑話休題。

シンハラ語のサイファーを視聴し終えた私は次なるMVを探そうと関連動画を漁り始めたわけですが、そこでスリランカのもうひとつの公用語、タミル語の方も調べてみようと思ったのです。そうして出会ったのが、タミル語のラッパーデュオ、Hiphop Tamizhaによる一曲、「Club le Mabbu le」のMVでした。(2012年8月26日公開https://www.youtube.com/watch?v=wK7shf-5soU

このタミル語ラップのMVを視聴した私は、映像と音楽を貫く独特の感触に引き込まれました(さながら、クラブで撮ったボリウッド映画の一部というか)。このHiphop Tamizhaというデュオは、この曲「Club le Mabbu le」で初めて商業的な成功をおさめたようです。ちなみに、2011年の時点でこの曲はできあがっていたようで、インドの民間FMラジオ局、Radio MirchiでデュオのメンバーAdhiがこの曲を披露していたりと、すでに流通していたようです。ともあれ、少し気の抜けたように感じる陽気な響きフックが始まるのに合わせ、膝に支えられて、ひょい、ひょい、といった感じで気兼ねなく、しかし、確かなリズムを持ち律動的に横揺れする上半身の、軽やかな動きに代表されるように思えるこのMVで動き回る人体たちは、もちろん、特定のコード、というか紋切り型に縛られているものではあっても、どこか解放感を滲ませて振る舞っているように私の眼には映ります。

「Club le Mabbu le」のMVを視聴してから暫く経ってのことです。インドのラップ音楽を聴いてみようと、例のごとくあれこれと調べていた自分は、テルグ語の動画に出会いました。それは、いうなれば、Hiphop Tamizha「Club le Mabbu le」をテルグ語でアレンジしてうたってみた、というタイプの動画でした。(「Club-u-lo pub-u-lo ...........THE TAG SPUNK RAP.avi」2012年4月5日公開:https://www.youtube.com/watch?v=dPW3RlcMhzg

この動画(THE TAG SPUNKという、おそらくは、アマチュアバンドの動画です)に登場するのは二名の歌い手と一名のビートボクサーで、それにカメラマンを加えての計4名の姿が動画の終わりには示されます。画質や撮り方はもちろん、歌っている途中にちょっと言葉に詰まっていたり、ビートの刻みが安定していなかったりと、アマチュア感のある動画ですが、私は浮き浮きした気分でこれを視聴した記憶があります。私はその動画に、大仰な物言いをするならば、ジャンル意識が洗練されるとともに薄まっていくような、幸福な無知の気配を感じとったのでした(もちろんこれもまた、作り手に失礼な感想ではあるでしょう)。ただ、テルグ語ラップに先鞭をつけた一曲と評されているらしい、Roll Ridaの「Patan」がヒットしたのが2013年のことである、という風聞を耳にした今となっては、自分があの動画に抱いた、幸運な無知の気配という印象も、それなりの説得力を持っていたのかもしれない、と思ったりもします。

今ではテルグ語ラップ音楽のMVも増えてきましたが、その時、偶然にも、文化が盛り上がっていく、そのきざはしを垣間見ることができた。――私にはそのように思えたのでした(ちなみに、Roll Ridaだと、SOUND MAFIAとの一曲、「BOMBA」が好きです(MVは2017年6月16日公開:https://www.youtube.com/watch?v=ADMlAckorc8)。――しかし、この曲への私の愛着は、実は、名前つながりの別の曲への愛着に由来するものかもしれません。このテルグ語ラップの曲名は、アイスランドのラッパー、JóiPéとKRÓLIの曲「B.O.B.A」(MVは2017年9月4日に公開:https://www.youtube.com/watch?v=qIU9RkQV2xg)が念頭にあったから浮かんできた気もします。私が先に視聴していたのは「B.O.B.A」のMVでした)。

ともあれ私は私の習得していない言語で歌われたラップ音楽を夢中で聴いてきたわけですが、この偏愛にはやはり怪訝な面、危うい面もあると思います。これはオリエンタリズム、あるいは、悪い意味での見世物趣味なのではないでしょうか。しかし、このような領域に身をひたすリスクこそが、ある種の――マイナーな(?)――声、音の響きを探究しようとするときには付きものである、ともいえないでしょうか。――ここには、スキャットと異なり、意味があることを知っているけれど、やはり(私には)意味を捉えられない響きだけがあり、けれど、いわゆる「空耳」ソングを笑うように、(無意味に響いているのと変わらないのだと見限った)音声を、自分の知る秩序に強引に落とし込んで、聴取するわけでもない仕方でそれを捉えること。――いうなれば、ある種の謙虚な無知――敬虔な無神論(?)――を忘れることなく、探しものを続けること。おそらく、ここで私が取りうる、最善の振る舞いとは、そのようなものである、と私は信じたいと思います。

【ひろがる(ト)ラップ――インドネシア・韓国・日本・タイ】
私がこの手の音楽を視聴する好みの下地になっているのは、ストリートでの即興ラップではなく、ダンス音楽なのだと思います。例えば、RADIO FISH「PERFECT HUMAN」(MVは2016年4月25日公開:https://www.youtube.com/watch?v=4Bh1nm7Ir8c)も、その参照元であるSPY「GANGNAM STYLE」(MVは2012年7月15日公開:https://www.youtube.com/watch?v=9bZkp7q19f0)も、私は楽しく聴取していましたし、DJ OZMA の「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」(MVは2012年2月7日公開:https://www.youtube.com/watch?v=heXpmgakzEM)も、楽しく聴取していました。――なお、「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」の参照元は韓国の音楽グループDJ DOCの「Run To You」(2000年)であり、さらにその参照元がドイツ出身のディスコバンド、ボニーM(Boney M.)の「ダディ・クール」(1976年)であること、またボニーMの好評を下地に登場したのが、「人ですか?」(2002年頃?)や「もすかう」(2005年頃?)など、日本の「空耳」ソング系のFlash動画で参照されていた音楽グループ、ジンギスカン(Dschinghis Khan)であること、といった事柄を思い合せていくと、ネット文化とディスコ文化との交錯からなる、奇妙なネットワークを辿って、奇妙な星座のような繋がりを提示することができるのではないか、という気にもなるのですが、いかんせん、この辺りの素養が私には足りないので、一先ず、思い付きだけを書きつけておきます。――閑話休題。

私が初めて聴いた重低音のビートトラックは、インドネシアのラッパー、saykojiたちによる(愛国系、というよりは、「たちあがれ、インドネシア」系と呼ぶべきでしょうか)のサイファー、「#INDONESIASTANDUP」のMVだったと思います(2011年10月21日公開:https://www.youtube.com/watch?v=3s0ppKCCGPU)。このMVで、私はすっかり重低音ビートにやられてしまいました(yackoのパートで挿入される破壊的なほど硬質な高音からノイズに話を広げたり、saykojiのパートの加工された声をニューオリンズバウンスや電波ソングと絡めて語ってみたい誘惑にもかられますが、それはまた、機会があれば)。よくトラップ系の曲のトラックで聞こえる重低音ビートは、大抵はGucci Mane「My Kitchen」(2007)やWaka Flocka「Hard in Da Paint」(2010)で使用されているものと同じビートなのではないかと思うのですが、ある種、消尽してぐったりと鈍麻したダンス音楽とでも形容できそうな趣があるように私には思われる、トラップ系の諸楽曲に、私は、心身を持っていかれたのでした。

現在でも、韓国と日本の(ト)ラップと言えば、と訊かれればもちろん、Kieth Ape「잊지마 (It G Ma) (feat. JayAllDay, Loota, Okasian & Kohh)」(MVは2015年1月1日公開:https://www.youtube.com/watch?v=DPC9erC5WqU)の名が容易に挙がることでしょう。OG Maco「U Guessed It」(MVは2014年8月28日公開:https://www.youtube.com/watch?v=kT3OQwyvKmk)の唸り叫ぶ声と重低音ビートを下敷きにしている(というか乗っ取り、「ジャック」をしている)と取り沙汰されたこの曲の衝撃が、あちらこちらへと波及していったことは確かだと思っています。

いずれにせよ、この曲が出た前後からのラップ音楽のMVの中で、トラップ系の曲に私は沢山出合ってきました。鼓膜を劈く重低音ビートと頭蓋に響く叫喚の組み合わせを何度聴いたことかと私が思っているのは確かです。その中でも私にとって印象的だったのは、タイのラップ集団SCWのMVでした。

SCW「มา」は、2分にも満たない短かな曲です(MVは2015年9月22日に公開:https://www.youtube.com/watch?v=YQX7C2gEmYQ)。この曲ですが、カニエ・ウェスト(Kanye West)の一曲、「BLKKK SKKKN HEAD」のリミックス、ないしはカバー、というか、いわゆる「ビートジャック」となります(「BLKKK SKKKN HEAD」のMV[取り扱い注意:Exiplicit]は2013年7月23日公開:https://www.youtube.com/watch?v=q604eed4ad0)。ビートジャック、というものには各々是々非々があるかもしれませんが、少なくとも、いわゆる「うたってみた」系動画がそこまで道義的非難に当たらないのと同じ程度には道義的非難に当たらない、と私は思っています(他方、それと同じ程度には道義的に非難されるかもしれません)。いずれにせよ、SCW「มา」MVのタイトルには「[black skinhead instrumental]」というタグが付されており、カニエ・ウェストの曲のインストゥルメンタル・カバーに乗せてタイ語ラップが披露されています。

鴉の啼声のようなシャウトのエコーを伴って始まり、語気も強く言い切られるタイ語のヴァースは、ニック・ナイトの監督したPV自主規制版でカニエの紡ぐ、(比較して言えば)抑制のきいた声色で始まるヴァースよりも、アメリカNBCの番組『サタデー・ナイト・ライブ』で上演したカニエの発する、音割れめいた張り裂けそうな響きのヴァースと並べるべきかもしれません(ライブ映像版MVは2013年5月20日に公開:https://www.youtube.com/watch?v=xuhl6Ji5zHM)。

ただ、特にこのタイ語の楽曲が印象深く残ったのは、「BLKKK SKKKN HEAD」のトラックの、畳みかけるようなドラムが途切れ、耳鳴りめいた低音のみの流れる箇所が、「It G Ma」の冒頭や「U Guessed It」を思わせるような、鈍麻感を催す仕方で扱われていたからだと思います。――そこで挿入される裏返った甲高い叫びは、カニエの原曲より、先に挙げたトラップ楽曲の一節を想起させました。――思えば、OG Maco「U Guessed It」が示した、ポリゴンやテクスチャが崩れたかのような身体表象は、カニエ「BLKKK SKKKN HEAD」のPVのそれとどこか通じるところがあるようにも映ります(それにしてもこうした影響関係を憶測することの意義や是非を、私は自省すべきかもしれません)。

ブラックからアジアへ、という流れを見立てるなら、リリックでNワードを使用したことでも話題であったインドネシア出身のラッパー、リッチ・ブライアン(Rich Brian)の「Dat $tick」(2016年)や、2015年夏頃からアジア系ラップ音楽を推してきたレーベル、88risingのことにも(言わずもがなかもしれませんが)触れておくべきかと思いますが、話がいっそう錯綜してしまうので、いったん結びます。

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