闇の自己啓発会『ルポ中国「潜入バイト」日記』読書会

 9月1日、闇の自己啓発会は都内某所で、西谷格『ルポ中国「潜入バイト」日記』読書会を行いました。今回は木澤佐登志さんはお休みで、役所暁が夏バテから復帰。いつもよりゆるふわな雰囲気で進みました。

※これまでの活動については、こちらをご覧ください![第3回は編集中]
第1回記事「品川の中心で不平等を語る 『不平等との闘い ルソーからピケティまで』読書会記録」(『ひでシスのめもちょ』2019年1月29日)
http://hidesys.hatenablog.com/entry/2019/01/29/132231

第2回記事「著者と語る『ダークウェブ・アンダーグラウンド』読書会」(『ひでシスのめもちょ』2019年4月08日)
http://hidesys.hatenablog.com/entry/2019/04/08/001537

第4回記事「ゼロ年代から加速して 海猫沢めろん『明日、機械がヒトになる』読書会」
https://note.mu/imuziagane/n/ne2008f83b1a4

第5回記事「著者と読む『ニック・ランドと新反動主義』読書会」
https://note.mu/imuziagane/n/n8ace6af18729?magazine_key=mbd28cf65025b

参加者一覧

役所暁
政治学などをやっていたはずだが何も思い出せない編集者。タピオカ太りをして夏が終わった。
江永泉
読んでいたはずだが何も思い出せなかった『戦闘美少女の精神分析』。油そば太りをして夏が終わった。
ひでシス
よく旅行に行くけどどこで何をやったか思い出せない。仕事中に明治ブルガリアヨーグルトを食べてたらヨーグルト太りして夏が終わった。

画像1


■はじめに

【ひで】 皆さんは中国に行ったことはありますか?
【暁】 自分は一度香港に行きました。凄く治安が良かった印象で、だからこそ今の状況は本当に大変だな…と思います。当時も普通のオタク雑誌を買ったら、裏表紙に『中国共産党による愛国教育反対!』みたいな広告が出ていて、びっくりした記憶があります
【江永】 自分は行ったことはないです
【ひで】 ぼくは学生時代、ほぼ毎年中国に行っていました。中国国際航空は北京乗り換え、中国東方航空は上海乗り換えでアジア各都市に就航しているんです。で、乗り換えのときに中国で一旦降りても航空券のチケットの値段は変わらないので、バックパック旅行のたびに北京に10日間とか上海に7日間とか泊まってましたね。時間のあるときにおすすめです。

■第2章「反日ドラマに日本兵役として出演してみた」

【江永】 映画『リング』のパロディ作品である抗日(反日?)短編ドラマの話(79頁)が面白かったです。中国兵が再生したフィルムから出てきた貞子が中国の村の人々の優しさでいやされ、村の青年と恋仲になり、で日本兵が襲来して村民が全滅、貞子がいわば「人民の貞子」と化して日本軍に報復する、という。
 日本でも貞子や伽椰子が萌えキャラ化されており、原作の悲愴感を剥ぎ取られた、いわば「かわいい」貞子や伽椰子(の名を冠した萌えキャラ)が登場するホラーとラブコメの混ざったweb上の同人小説を幾つか見た記憶があります(2016年の映画『貞子vs伽椰子』以前のト書き形式のSSでは「男「貞子!伽椰子!富江!ゆき!早く起きろ!」」などが有名でしょうか)。
 特に貞子の場合は、鈴木光司の原作を読んでいくと、『ループ』(1998年)に至って仮想世界の話とか出てきて大変なことにるので、そういう二次元的なキャラになるのも、もっともだという心持ちにさえなっていきます。
【暁】 表現の自由が規制されてる中で娯楽を作るとなるとネタが限られてしまうという話でしたね。反日貞子は、決められたフォーマットに則っていれば何してもええやろ、みたいな開き直りですこです。

【江永】 反日ないし抗日エンタメだと、1960年代末の革命現代京劇の一つ、『紅燈記[红灯记]』の一場面をひとに紹介され映像で観た記憶があって。印象深かったです。

 あと同じひとに中国のテレビドラマの話を聞いたことがあって。どうも1970年代末からの改革解放政策を経て家庭にテレビが普及、90年代初頭から多チャンネル化していき、低予算で娯楽ドラマをたくさん作れるようになって、そういうときに都合がよくボコボコにできる敵キャラとして、日本兵という設定が使いやすかったらしい、みたいな話を聞いた覚えがあります。
【暁】 「小説家になろう」で、オタクをイジめる陽キャならいくらでも叩いていいみたいな。
【江永】 そういうノリですね、たぶん。時代劇でいうなら悪代官みたいな感じ、いや、もっとカマセとかモブっぽい感じでしょうか。悪の秘密結社の戦闘員みたいな、雑に成敗しても構わない(同情や共感を絶ちきって眺めてもよい)キャラを、どのようにして造形するのかという話なのかな、と。
 基本的には戯画化されたキャラをひとは同情や共感なしに笑うことができると思われますが、戯画的な誇張の裏に何か切実な思いを想定してそこに没入するという機制もある。例えば、空知英秋の『銀魂』のTVアニメ版などは、そういう道化た身振りとその裏のエモみ、そのギャップを見せる方法を作劇で多用していた印象がありました。
 視覚的な造形とイデオロギーの関係は難しいですね。村山慶『セントールの悩み』(2011年より連載開始)がその辺りとても面白くて、といっても私は残念ながらアニメ未視聴で、蛇頭の南極人のケツァルコアトル・サスサススールが登場したあたり(はじめの方)までしか読んでないんですが、これは「形態差別」にかなりセンシティブな社会(例えば「蛇人」は差別なので南極人と呼ばなくてはならない、など)でのケンタウロスや翼人のJKの日常を描いた話でした。で、『セントールの悩み』以後に創作されたト書きSSなんですが、「男「…へ?」 魔娘「だから…」」(2013年)という長めのSSがあって、これはこれで様々な種族が登場するファンタジーSSなんですけど、唯一同情しなくていい悪役として「似蛇族」という蛇頭の種族が設定されていて、造形とイデオロギーの関係について、多文化主義みたいな観点からみて対照的な話だったので、その二つをセットで覚えています。
 話を戻すと、これもひとに聞いた話ですが、扱いづらいのは「漢奸」らしくて、この言葉は、フランスでいうコラボラトゥール(対独協力者)みたいな意味合いのようですが、いわゆる十五年戦争での対日協力者とされた(真偽の判然としない場合もあったようですが)人々ですね(有名人で言えば、1933年の小説、村松梢風『男装の麗人』で名が知られ、1948年に「漢奸」として処刑されたとされる川島芳子でしょうか。あとは万葉集や近松門左衛門や井原西鶴のほか近代文学の翻訳でも知られ、文化漢奸との謗りを受け投獄もされたという銭稲孫とか)。いわば「裏切者」(との謗りを受けた人)なので、わかりやすい善悪の話に落とし込めない。
【暁】奸って字を見ると「君側の奸」を連想しますね。こちらは歴史小説等で悪として描かれがちですが、日本に協力した(とされる)人たちについては、時代が近いし分断を生むからネタにはしにくいのでしょうか。まあ、絶対悪のほうがわかりやすいですもんね。
【ひで】 上海の街中の食堂で炒飯を食ってたときに飯屋でテレビがついていて抗日ドラマがやってたんですけど、店員さんと一緒にそれを見てたんですよね。で、お金を払うときに「お前何人だ」って言われて「日本人だ」って返すと店員さんが驚いていた。市井の人たちは反日映画をどんな感情を持って見てるのかな、とその時は思いました。

■第4章「婚活パーティーで中国人女性とお見合いしてみた」

【暁】 この章では、著者が中国の婚活に参加し、他の参加者の見た目をボロクソ言って、編集者に「お前が言う?」って突っ込まれてたの笑いました。でも中国の高級ホストクラブで働いた(第5章)だけあって、筆者は顔も身嗜みもこざっぱりはしてましたね。
本書に出てた、 中国の女性は男性に見た目を求めないっていうのはいいなと思いました。日本ってやっぱり男女とも身だしなみのことって色々言われますけど、ジェンダー差もあるじゃないですか。特に女性は化粧・パンプスは当たり前、「見られる性」として恥ずかしくないようにしろ、という抑圧が凄いですよね。中国は男女ともに身だしなみを気をつけていない人が許されるっぽいのが、ある種の平等かなと思いました。
【ひで】 上海みたいな都会だと女性もしっかり化粧をして出勤をしている人が多いんですが、家の周りは田舎で道端にあるニーハオトイレ形式の公共トイレでウンコをしてから地下鉄に乗って出勤してます。ぼくも上海の公共トイレを使ってみたことがあるんですが、便器(?)に水が張られていないからウンコをすると湯気が立ち上ってきてお尻が暖かいんですよ。で、トイレ同士の仕切りはないから向かいに座ってトイレをしている人の顔が見える。家、オフのときの生活がこういう感じだから、「ウンコをしてたら他人の顔が見えるよね」的な感じで「化粧をしていない人もいるよね」という受け入れられ方をしているのかなとちょっと思いました。

画像2

最近のニーハオ・トイレのイメージ

【江永】 視覚的な要素ではないですが、日本のオタクだと体臭が話題にされがちですよね。いわゆる「ネトゲ廃人のボトラー」という都市伝説(?)しかり、ある種のオタクは基本的生活習慣(この場合は特に洗濯や入浴でしょうか)に支障をきたしている、というステレオタイプがあるのかなと思います。でも、なんでみんな香水とか使わないんだろうと気になったりもします。平安京の貴族も入浴はそれほどせず香を焚いたりしていたらしいし。
銘柄でいったら「ボディファンタジー」のジェンダーレスなものとか、例えばラーメン一杯とかマンガ本一冊を我慢すれば買えるような値段の香水でも、つけておけば周りから「すごくいいにおいする。柔軟剤の匂い?」とか言われたりすると思いますよ、きっと。
【暁】 香水はつけてる男性少ないから、ブルーオーシャンですよね。身の回りでも香水つけてるおじさんがいるんですけど、ちょっとやるだけで「あの人洒落てるね」って言われるんです。
【江永】 そうですね。ちょっとお金を使えば、言ってしまえば「ごまかせる」ものなのでは、という気がします。体臭関連で言えば一時期「デオコ」が話題になっていましたが、男性の匂い/臭いの粧いも、いわゆる恋愛市場、婚活市場でどんどん扱っていくようになるだろうと思いますし、そうした実利も離れて、もっとポピュラーな文化または創意を表現する手段になっていくかもしれません。あと香りで言えば、最近では「OKOCROSSING」という、お香文化を振興するプロジェクトもでてきているようです。
【暁】 女性をモノ扱いするヤバイ思想のではなく、普通にテクニカルな要素をまとめた『恋愛版進研ゼミ』みたいなのがほしいですよね。キャッチフレーズは「進研で私に恋しなさい!」
【江永】 行動や性格を変えるのは時間も費用も相当かかるし、変わらなかったりしますからね。何にお金を使うかを考え、いろいろ試した方がいい気もします。
【ひで】 北京の人はともかくとして、より都会的な上海の人たちでも香水をしている人たちは少なかったです。

【ひで】 中国の女性はともかく三高、高身長・高収入・高学歴を気にするって本に書いてありますね。
【暁】昔の日本もそんな感じでしたよね。中国の人は異性の服装を気にしないけど、別の基準があるということですな。そこは平等ではないか….。
【江永】 そういう意味では、何に「生理的嫌悪」を覚えて、何に「本能的魅力」を感じるか、という違いなのかもしれません。もちろんここで言う「生理的」や「本能的」には社会的に構築された面も(あたかも不可避に自明な自然さを装って)含まれているわけですが。
【ひで】 お金というか、お金を稼げる能力が男らしさを表現する傾向は、日本よりも中国でのほうが強いかも知れません。

画像3

公園にお見合いコーナー(人民網日本語版) http://j.people.com.cn/n3/2016/0425/c94659-9049126.html

【暁】 出会いがない人がどうするかって国を問わず難しいと思いますが、周りではやっぱり友人の紹介で付き合うのが上手くいってるみたいです。前提知識の共有率も高いし、層も似た感じになる。そして事故物件に当たる確率は低い。
【江永】 日本の生涯未婚率(50歳まで未婚の人の割合)は、1920年から60年くらいまで男女ともに2%くらいで、そこから上がり始め、といっても90年頃までは男女とも5%程度。で、そこからさらに上昇して、2017年には男性で23%、女性で14%くらいになったらしいですね。
【ひで】 日本で未婚率が上がっているのは地域共同体がぶっ壊れて自由恋愛市場になったから、みたいな話がありますね。中国だとお見合いが機能しているんでしょうか。ルポでは未婚者の親が子供のプロフィールを雨傘に貼って広場に置いて相手を探す、みたいな話が書いてありましたけど
【暁】 雨傘運動ならぬ雨傘婚活…!
【江永】 著者がいる場所が都会だから、お見合いとかをするための共同体が欠如しているんじゃないでしょうか。
【ひで】 あーみんなマンションに住んでるから。
【江永】 地方の村落だとお見合いが機能していたりするのかな、と思ったりしました。

■中国と日本の衛生観念

【暁】 日本で中国人学生の寮の管理人をする話(第7章)あったじゃないですか。共有スペースはマジクソ汚いみたいな。日本人が共有スペースは綺麗にしようとするのと逆ですね。日本の学生寮って上下関係厳しいところも多いので、あれもまた別の地獄ですけども。
【ひで】 みんな土足で家に上がるから床が真っ黒に汚れてる、それを金タワシで削って綺麗にする、みたいなことが書かれてましたね。日本でマンションを持ってても中国人に貸したくないのはわかるという感じです。
【江永】 日本の学校文化では「みんなが一緒にすること」にだけ、厳しい感じなんですかね。
【暁】 どっちが居心地いいかは人によるんでしょうね。
【江永】 そうですね。それはそれとしてそれら以外の選択肢も欲しいです。

【ひで】 筆者が上海の中国人経営お寿司屋さんで働いたルポでの、厨房の描写はエゲつなかったですね。パッと見キレイな厨房なんだけど、みんな食材を床に置くし、エプロンも洗われていないみたいな。
【暁】 「中国人は4本足のものなら、テーブルと椅子以外なんでも食べる」みたいな都市伝説がありますけど、この本ではテーブルの上どころか床の上にボウルを置いて地べたで食べる職場が複数出てきて、びっくりしましたね。でも、本書で描かれる中国の人々の価値観は諸々合理的で、衛生面以外は自分と考え方が合いそうだなって思いました。

■中国と日本の働き方

【暁】 中国では職場で出勤するときも退勤するときも挨拶をしなくていいとか、最高だなと思いました。
【ひで】 出勤退勤も自由だし、すぐに雇ってもらえてすぐに辞めれるのはすごいなと思いました。ルポでは「辞めたい」って言ったら明日から来なくていいことになってましたね。でも働いた1週間分の給与は律儀にちゃんともらえる。
【江永】 日本の就業規則って、よく知らないんですが、法律で決まっているものなんですか?
【ひで】 法律で「雇うときに渡せ」って決まっているものですね
【暁】 日本だと雇うのも首切るのも時間・コストがかかるから派遣業が蔓延るんでしょうね。
【ひで】 この本を読んでいると、中国で派遣業者が入り込む余地ないですよね。クビを切るのにコストがあまりかからないから直接雇用してしまう方が早いし安い。
【暁】 日本だと派遣で3年雇われたら直接雇用にしなきゃいけない制度がありますけど、3年経つ前に首を切られるだけなので意味ないですよね。派遣先は結構な金叩いて雇ってるのに、派遣社員が受け取るのはピンはねされた低賃金でしかなくて、モチベーションも上がらないですし、派遣会社以外誰も得しない制度ですよ。

【江永】 考えてみると、学生のバイトって使いやすいですね。時間外労働バリバリの環境で過ごしてきたから、そういう労働を強いられても馴れているし、上下関係を躾られているからシャドーワークもさせやすいし、生存賃金を計算する意識も身に付いていないから安く使える。
【暁】 家庭にいる女性がパートとして安く使われるのと同じ構造ですよね。各家庭にフリーライドした人件費ダンピングが行われていて最悪です。
【江永】 それこそ「家事労働に賃金を」(イタリアのフェミニストの日訳著作に同名のものがあります)という感じで、全部可視化したほうがいいのかなと思うんですけども、やっぱり難しいですよね。計測したり査定したりするのもビジネスになっていくので。可視化して、見えなかったことが見えるようになると、個々の行動も変わっていくだろうし。基本的には親密さに基づく互助に負債とか契約の意識が挟み込まれる流れになるのでしょうが。

【江永】 労働をすると、生半可に経済学とか経営学的とか法学とか行政学とかに関連しそう(と自分では思い込んでるよう)な、知見や観念を身に付けてしまうわけですが、専門的な知を学んだひとに検討してもらうと、例えば学問上の想定だと市場に包摂できないはずのものまで市場に包摂できると思い込んでいたりする。働くとかお金を使うとかするだけで、働くとかお金とは何なのか、わかった気になってしまっていることに気づかされます。この前にマルクス主義フェミニズムの話を教えてもらったときにも実感しました。何か万物の理論に相当するかのようにみたいに思い込み、市場原理主義などを漠然と捉えていた自分に気づき、マズかったなと反省しました。
【ひで】 「市場が包摂できないものを包摂していく」って方向性だと、ぼくは出産を公務員の労働にしてもいいと思っていますけどね。
【暁】 薄い本みたい…!変にお気持ちで子供を作ってくれっていうより、お金を出すなりなんなりで動機付けしてくれた方がいいですよね。婚姻関係ではなく子供に直接投資するシステムを作らないと。政府は子供の貧困を解決する気はあるのか?っていつも思います。
【江永】 外国人労働者を使い潰している(と批判してもよいと思える事例を報道で見かけた気がしますが)のって、自前で負担するのがイヤだから、外部から労働力を運んできて消費している、ってことですよね。
【暁】 外国人実習生制度は搾取労働だ!ってついにBBCに告発されて。日本の経営者にはナチュラル差別感情みたいなのがあるのかなと思ってしまいます。日本はアジアのリーダーだからお前ら貧民を雇ったるわ、みたいな。最低すぎる。田舎に行くと日本人の若者も不払い労働をさせられることありますよね、あれと同根の病理を感じます。

(BBC:日本で「搾取」される移民労働者たち)

【ひで】 中国でのブルーカラー労働者の状況ですが、ルポでは衣食住のうち食と住がみんな保証されていましたね。農村部から都会に人が出てきてブルーカラーになっているから、住むところとまかない飯はとりあえず出してあげる。で、月3万円ぐらいのお給与を出す。
【暁】 本書でも潜入先の賃金について、高くはないがギリギリ暮らしていける給与だ、みたいなのがしょっちゅう出てきましたね。
【ひで】 う〜ん。貧民層にとっては日本のほうがまだ暮らしやすいとは思いますけどね……。月の給与が3万円ってキビしいですよ。ご飯だって1食100円はしますし、スマートホンなんかは日本と値段は同じなので。
【江永】 皆したたかだ、みたいな話も書いてましたね。
【暁】 日本だとしたたかだと嫌われますよね。自分で考えて物を言う大(学院)卒じゃなくて兵卒が欲しいのか?みたいな。
【江永】 いわゆるビジネス本とか自己啓発本における兵学、軍事学的な語彙や観念の流通、テキストの関連性とかを調べてみたいですね。あとマネジメントって、どういう来歴のある観念だったのか、とか。
【暁】 なまじ自分が労働者としてできすぎていた人は、マネジメントに回ったときにできない労働者にキレてパワハラしたりとかが問題になりますね。兵卒として有能なのと管理職として有能なのは違いますから。
【ひで】 マネジメントのできる人間がマネジメント層に行くべきですよね。実務者として優秀な人間がマネジメントを上手くできるわけではないのに。
【江永】 経営役やマネジメント役には徳が必要、みたいな見方がなんとなく広まっている気がしていて、マネジメントの技術がないのを徳でカバーしようとしているのかな、と思ってしまいます。つまり、現場で改善してくれと圧力をかけるかわりに規則を曲げてでも面倒を見てあげる、それが徳があるお上の役目、みたいな感じになる。
【ひで】 ルポだと、上に策があると下に対策あり、みたいなのが出てきていましたよね。日本では部下をマネジメントできない管理職はたくさんいますが、「下に対策あり」な中国でもマネジメント層は上手くマネジメントをできていないんでしょうか。
【江永】 その場合は、ルールを明示されているから個々の私情で判断がその都度覆るわけではないので、それはそれでいいんじゃないでしょうか。成文法が有名無実化して慣習法が幅をきかせると、ルールと環境がわからなくて外から口出しできないから、自助努力で改善するように外圧をかけるしかなくなる。
【暁】 日本の企業に勤めていて、企業って思ったより合理的ではないんだなと思いました。ここの人員を強化すればもっと伸びるのに…というところを増やさず、社内政治で強い部署ばかり人増やすとか横行してますもん。
【ひで】 非合理なことをやっている企業は倒産して市場から排除される、というのが近代経済学的な考え方です。
【江永】 その理屈でいうと、きちんと競争してもらうために大企業でも大銀行でも倒産させるべきなんですよね。労働者は商品と異なり供給過剰でダブついたからって処分したりできない(逆に供給不足で必要だからって―他所から「輸入」でもしない限り―いきなり増やせない)から、きちんと「健康的で文化的な最低限度の生活」を保障して人材を保守(保存?)しておく、みたいな話になる気がします。あと競争を不公正にしているものはどんどん告発して改善していく。例えばブラッド・カツヤマなどは既存の証券取引所で超高速取引を利用した不公平なやりかたが横行しているからって、新しく証券取引所を設立したそうですね(インベスターズ・エクスチェンジ)。

そういうこともしてもいいわけですよね。そういえば、気になってたんですけど、派遣事業者って、労働力の転売屋なんですかね。それとも卸売業者なんですかね。自分はいろいろ勉強不足で、不適切な前提や粗雑な観念に立脚して理解してしまっていることも多そうなので、きちんと学びたいなと思います。
【暁】 派遣は雇用の流動性的にはあってもいいけど、試用期間みたいなものとして、特に問題なければ直接雇用するようなシステムにしないとダメですよね。
 今日話していて、合理的な判断のできる企業に転職したいという気持ちを一層強くしました。

■第6章「爆買いツアーのガイドをやってみた」

【ひで】 ツアーガイドの話で、ガイドが同胞を騙しまくって、免税店からキックバックをもらいまくってる、っていうのがヤバかったですね。
【江永】 ニュースでもちょっと前にやってましやよね。中国から来た観光客が日本に来てぼったくりみたいな免税店で商品買ってるんだけど、実はそこの経営者も中国人で、…みたいな報道を見た記憶があります。
【ひで】 あれ入ったことあります? ぼく昔、大阪日本橋の免税店に中国人のふりをして入ったことがあるんですけど、中の商品ってめっちゃ高いんですよ。わけのわからん酵素粉末とかが売ってる。で、レジで会計をしようとしても中国のパスポートがないと買うことができない。
【暁】 最近は爆買いって落ち着きましたよね。家電って一度買うと壊れないからでしょうか?多分通販で済むようになったとかなのかと思いますが…。
【江永】 この前伊勢丹に行ったら、黒髪の子供が伊勢丹の店内の通路というか床に座ってました。ぺたっ、て。そばにいた家族とおぼしき人たちが大きなスーツケースとか持ってたんで、観光の方だったのかなと思いました。
【暁】 ルポではお台場ツアーの話も出てましたね。先日、お台場に行ったときに訪日の方々を大勢見かけて、随分雰囲気が変わったなと思いました。お台場は元々対外用の砲台跡地だったので、そこで海外の人たちが楽しんでくれるっていう時代の流れは平和的でいいですね。文字通りの“ダイバーシティ”を体現している。
【江永】 ファッションやマナーや衛生観念の話をするときは、好悪の感覚や趣味判断にあれこれ混ぜこんでヘイトスピーチにならないよう気をつけないと大変ですね。
 匂い/臭いとかの不快感を、排斥したい人物類型に固有の属性みたいにみなしてしまうこと、あるじゃないですか。心が汚いと顔も汚いとか、道義に悖る言動は生理的に気持ち悪いとかみたいな。そんなことないのに。
衛生観念の違いみたいな話だと、ルポの第1章で「中国人の感覚では、「視覚的に汚れが見えない状態」であれば問題ないとする傾向があるらしい」(31頁)って、どちらかと言えば批判的に描かれているんですけど、日本でも公共交通機関だと少なくない人が「視覚的に汚れが見えない状態」だからなのか誰が何回触ったかもわかんないような手すりとか吊革を、けっこう無造作につかみますよね。
【暁】 あれも普通に汚いと思うので、実はあんまり触らないようにしています…
【ひで】 インドネシアで住んでいたときは、床に座ってバナナの皮をお皿にして手づかみで食べますけど、別にみんな汚いとは思ってなかったですね。国によって衛生概念は違うんでしょう。

■終わりに

【江永】 全体的に、監視社会みたいな話はあまり出てませんでしたね。
【暁】 中国だとBL作家がたくさん捕まってましたけど、あれってエロがダメだからなんですかね? それとも同性愛だから?
【ひで】 同性愛だからっていうのもあると思いますよ。同性愛は社会を壊すと思われている。
【暁】 世界を壊す愛ってそれもう沙耶の唄じゃないの…。硬直的な社会はどんどん壊していかないとダメですよ。本書でも、同性愛は昔違法だったから今でも厳しい雰囲気が残っていると書かれていましたね。ゲイの男性がこっそりホストクラブに通ってくるという話もありました。
【江永】 ただ、90年代後半から、中国では、同性愛の(制度上の)非犯罪化と脱病理化の動きが進んでいるみたいです。ちょうど今年の6月、北京LGBTセンター事務局長の辛穎の講演会「1995世界女性会議の後 中国LGBT運動は野火のように拡がった」が日本で開催されていたらしく、ハフポスト日本版に記事が上がっていました。

 このあたりの話、歴史とか背負って身体を張って語る人もいるなかで、私が口にするのは烏滸がましいのではないかとも感じてしまいますが、ジィドやプルーストやジュネを扱ったアメリカの研究者レオ・ベルサーニの論考「ゲイのアウトロー」(原著初出1994年)の冒頭「Should a homosexual be a good citizen?」という問いかけを想起させられます。あるいはアメリカの研究者リー・エーデルマンの論考「未来は子供騙し:クィア理論、非同一化、 そして死の欲動」(原著初出1998年、2019年に藤高和輝訳)なども。
【暁】 結局、王道を行かない人間が弾圧されてしまうっていうのは、日本でも中国でも一緒ですよね。日本より苛烈か。
【江永】 弾圧が苛烈な分、下からの突き上げも、したたか、ということなのでしょうか。なんといっても、「易姓革命」の本場だし。

【暁】 どうでもいいですけど、アワビって中国でも女性器の隠語なんですね(第5章)。でも日本だとエロの色はピンク系って言いますけど、中国では黄色だとあって「そこは違うのだなぁ」となりました。
【ひで】 蘇州の赤線地帯に行ったときは、女性がショーケースに並んで赤色の光で照らされて陳列されていたんですけど、エッチは黄色のイメージなんですね。へ〜。
【江永】いま気づいたんですけど、第3章「パクリ遊園地で七人の小人と踊ってみた」の話だけ本当に誰も一言もしてませんね…。

次回は、ジェイミー・バートレット『ラディカルズ 世界を塗り替える〈過激な人たち〉』読書会を予定しています。お楽しみに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?