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踏切_5

7月が終わる。私の大好きな7月が終わってしまう。試される休日だ、もう昼過ぎじゃないか。ひとは休日になるたび試されている。休日にしなくちゃならない何か、つまらない何かから重大な何かまで、人は休日にそれを済まさなければならない。夕方近くなると怪しくなる、敗北の色が濃厚になる。それが平日の休日で役所関係の手続きだったりするともうだめだ、老人にオンラインは無理だ、役所にしたってオンラインはまだ夢だ、夢見る役所だ。だいたいデジタル庁とかがある時点で知れている。それが部屋の掃除だったりすると厄介だ、男は思っている、まだできるよ。深夜になったって出来るじゃないか。老人が深夜に掃除をした試しがあるか? こうして人々は次々に敗北していく、すべてが次の休日に持ち越されてゆく。休日とは試される日の別名である。
何もしない日が休日じゃないか。と思うかも知れない、けれどそれは微妙に少し違う、敗北し結果何も出来無かった日が休日なだけだ。事後的にそれは休日と呼ばれる。何もできなかった休日だ。ならば勝利の日をなんて呼ぶ? 役所手続きが完了した日を、部屋の掃除が完了した休日を人はなんと呼ぶ? 好きに呼べばいいさ、そんな日はけっして訪れない、夢見るだけだ。老人はその事を知っている。知っているからこそ老人なのだ、試される夢見る老人だ。
だいたいなんで踏切なんだ? 思いつきにも程があるじゃないか、モードの話をはじめた時なんで踏切にしようと思ったのか思い出せない、老人の為せる技だ。何か取っ掛かりがあったはず。『オッペンハイマー』はなんでまだ日本公開されないんだよ、くだらない“じじい達”は邪魔するなよ!、ってそんな話じゃないのか? これは身辺雑記じゃないのか、身辺雑記だっていいじゃないか。開き直りか?
休日に老人の繰り言を書いてみた。

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