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fictional diary#22 雲の波間

春になると毎年、うろこ雲のような水蒸気の波が、その町に押し寄せてくる。水蒸気なのに波、というのも変だけれど、わたしが実際にその町でみた霧は、ほんとうに空の雲が地表近くに降りてきたみたいだった。白い色の濃いところと薄いところが交互に現れて波模様になり、風の流れにのってあちらからこちらへとゆっくり動いてゆく。空に浮かぶ雲が、風のすこし強い日に流れていくのと同じくらい、ゆっくりしているけど、少し目を離すとその隙に確実に動いているような速さ。霧の海のなかで目をつぶって、10数えてからまた開けて、そのたびごとに変わる霧の模様を眺めて遊んだ。ちょうど町には、春の花が咲き始めたころだった。木を覆う淡いピンクの花びらは白い霧のなかでいっそう淡くなり、この世のものではない風景、幻か蜃気楼にしか見えなかった。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。