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fictional diary#20 小雨の効能

小雨を浴びると良いことがある、とその国の人たちは信じている。とくに愛しあうカップルや夫婦には良いのだそうだ。なにがどう良いのかは人によってまったく違うらしい。「奇跡はそれぞれ、違う形で現れるものだからね」観光案内所のカウンターのおじさんはいかにも名言らしくわたしに向かってそう告げた。いったい何が起きるんだろう、と気になって、小雨がはやく降らないかと二、三日の間待ちわびたあと、ようやくその日がきた。わたしはすこし水を弾くジャンパーを着て、傘を持たずに町に出かけた。灰色の空の下、町は細かい水滴でほんのりと湿り、木々の枝先は水を含んで重たくしなっていた。風は弱かったけれど、空気はまだひんやりと冷たく、五分もしないうちに体が芯まで冷え切ってしまった。もうだめだ、と諦めて宿に戻る途中、小雨のなかを仲睦まじく歩いているカップルを見かけた。私には見つけられなかった良いことが、彼らにはきちんと起こりますように、と知らないそのふたりの背中に願った。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。