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fictional diary#11 誕生日みたいな


一見、どこの駅にもあるようなありふれた売店に見える。コーヒーや紅茶、ジュースやちょっとしたお菓子を駅のホームで売っている、そういう店。わたしがそこで初めて買い物をしたのは、偶然がきっかけだった。その日わたしは次の街に向かうために、長距離電車に乗ろうとしていた。でも昨夜からの大雨と風の影響で電車が止まってしまい、いつまた動き出すのかわからない電車を、駅でしばらく待たなくてはいけなくなってしまった。駅構内のアナウンスはスピーカーの調子が悪いらしく、音が割れ気味であまり聞き取れないので、電光掲示板のあるホームからあまり離れないようにしようと、そこのすぐ近くにある売店を探した。そうしてわたしはそこにたどり着いた。メニューの写真を見ると、飲み物のほかに、いろんな種類のケーキも売っているらしい。半ばやけになっていたので、ケーキも食べることにし、写真を指差しながら店員さんにチェリーパイと紅茶を注文した。カウンターの中の緑色の目の女の子は無言でうなずいて、不敵なほほ笑みを浮かべた。くるりと後ろをふりむき、木の戸棚をあけて、そのなかから大きなお皿に乗ったチェリーパイを、ホールまるごとひとつ取り出し、どんとカウンターに置いた。そして、誕生日のケーキを切り分けるみたいにして、パイをひとりぶん切って、薄茶色の油紙につつんでわたしに、はいどうぞ、と差しだした。駅の売店でまさかホールケーキを直接切り分けるなんて、とびっくりして、あやうくお金を払うのを忘れそうになった。右手にチェリーパイ、左手に熱く濃い紅茶の入った紙コップを持って、電光掲示板のところまで戻ってみると、新しいメッセージが赤いランプとともに点滅していた。近くのベンチに手に持っていたものを置いて、リュックサックから辞書を取り出した。どうにかこうにか解読したところによるとどうやら、電車は今日はもう動かないから、今日は帰って、明日また駅に来てください、と書いてあるようだった。ますますびっくりして、わたしはとりあえずそこに立ち尽くしたまま、紅茶を飲んで、パイをかじった。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!