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fictional diary#29 流行りの葉っぱ

その町の市民病院の中庭には、大きな木が何本か生えていたけど、どの木にも葉っぱはひとつもついてなかった。緑の季節、公園の木や道路沿いの街路樹もみんな青々と葉っぱを茂らせている時なのに、どうしてだろうと思って、病院の門のまえでじっと立っている門番のおじさんに聞いてみた。薄い色の短い髪と、水色の瞳。ブロンドの髪のひとはまゆげやまつげまでブロンドなのは何度みても不思議にみえる。濃い紺色の制服はこの季節には暑そうだ。おじさんは最初、わたしが何を言っているのかわからなかったみたいで、目をまるくしてじいっとわたしを見つめていたけど、木を指差して不思議そうな顔をしてみせたら、理解してくれたみたいで、ああ、と言ってその理由をおしえてくれた。昔、ある本のなかで、余命わずかな女の子が、だんだん散っていく落ち葉を自分ののこりの命にたとえた話、知ってるかい、と聞かれたので、わたしはこくりこくりと頷いた。その本が去年の夏にドラマ化されたんだ。この国の一番の若手人気女優がその役を演じてね、大ブームになったんだよ。病院のテレビ室でもみんなで見てたんだ。その次の秋はひどかった。ここに入院してる患者たち、たいして症状の重くないひとや、盲腸で入院してるひとまで、誰も彼もが熱心に葉っぱを数えだしたんだ。みんなドラマの真似をしたがってね。看護師たちが困って院長に相談したら、院長は庭師にたのんで、木から葉っぱをぜんぶ取っぱらった。それでこうなったんだ。今年も、一時期より落ち着いたけど、まだブームが続いてるからな。そこまで聞いてわたしが、院長は木を切ろうとは思わなかったのかな、というとおじさんは、だって流行りだからな、あと2年もすればみんなさっぱり忘れるさ、そうしたらまた葉っぱを茂らせたらいいじゃないか。そう言って木を見上げた。木は病院の建物よりも背が高かった。一番上の梢にはスズメが列になってとまっていて、葉っぱのないのを気にもせず、ちゅんちゅんと元気に飛び回っていた。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。