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2020年コロナの旅19日目:博物館めぐり、花

2020/01/04


この日はホステルが用意している朝食バイキングを利用してみた。1食で60クローネなので、650円ほどか。パン、ジャム、バター、シリアル、牛乳、ヨーグルトが供された。スーパーでパンやヨーグルトを買ったほうが安いのだが、便利ではある。


食後に、宿に新しく入ってきたシモンというアルジェリア人の美青年と意気投合した。ドイツ語を勉強しているということで、話しこんでいるともう昼を過ぎている。

今日は土曜日。多くの博物館が入館無料となっている。シモンは長旅で疲れたので宿で少し休むという。一人博物館めぐりとしゃれこむことにしよう。


最初の博物館はHallwyl(ハルウィル)博物館。フォン=ハルウィルという貴族の邸宅がストックホルム市に寄贈され、その美しい建築や調度品などの見学を通して当時の貴族の暮らしぶりが伺えるという趣向の博物館である。私がかつてボランティアをしていた江戸東京たてもの園の高橋是清邸を思い出す。

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この立派な建物群の隙間に挟まるように建っている。


外見は思ったよりもこじんまりしていたが、ともかくも入ってみよう。


重厚なドアを開けて中に入ると、執事の格好をした紳士が待ち構えている。
「あちらで入館証をお取りください。」
というので入館証をもらいに行くが、当然お金は払わない。シール状になっているそれを胸につけて紳士のもとに戻ると、快く中に通してくれる。


外から見ると地味だったとはいえ、一つの家族の住居としてはやはり破格な大きさなのは間違いない。見学順路としてまず二階に上るのだが、その階段の大きさや細工の豪華さが普通の家のそれではない。

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上っていくとシャンデリアがいくつか下がっており、それぞれに美しい。


ビリヤード部屋、趣味で鉄砲をあつめた部屋などはさすがに貴族の暮らしの色が濃い。日本風の調度が施された部屋もあり、綺麗な紗綾の模様の壺など、高そうな美術品で溢れんばかりであった。

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家としてはとんでもない豪華さだったわけであるが、博物館としてはそこまで見どころが多いわけではない。30分ほどで一通り見学して、次の目的地へ。


次は私がストックホルムで最初に滞在した思い出の地、ガムラスタンにある王室武器庫に行く。

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王室武器庫はその名の通り王室の武器庫の中身を公開しているわけだが、それに絡めてスウェーデンの戦争の歴史についても展示してある。ここでは面白い兜や、馬具を見ることができた。

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最後に、離れ小島にあるストックホルム近代美術館に行く。先日訪れた国立博物館がある島の、さらにもう一つ隣の島にあるこの博物館へは、欄干にスウェーデン王家の王冠が彫刻された豪華な橋を渡って歩いていくことができる。

外装からしてなるほど、モダンで先進的な建築である。スウェーデンらしく、ミニマリストな印象がある。入館すると、まだごく新しい建物のようで非常に清潔かつ美しい。人でごった返していたが、おそらく今日無料の博物館の中でここが一番見ごたえがあるだろう。有料の部分も含めると、1日で全て見るには骨が折れそうな広大さであった。

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まずお菓子の家がテーマらしき特設展を見て、常設展のコーナーに移動する。

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常設展は非常に広大で充実していた。私はあまり現代アートに詳しいほうではないが、面白い展示もなかなか多かった。

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しかし率直に言って、私は展示品よりも、私と同じく展示を見に来ていた、ある女性に興味をひかれていた。その人は私と同じくらいの年のように見えたが、少し若いかもしれなかった。ボブカットの髪は赤みがかった茶色で、真っ青な目でまじまじと展示品を見ていた。背は高くはなく、おそらく165センチ前後と思われるが、均整の取れた体躯をしている。何か惹かれるものを感じたため、よっぽど声をかけようか迷ったが、静かな美術館でそのようなことは恥ずかしくてできない。というか、何の脈絡もなく異性に声をかけるなど、どこであっても恥ずかしくて出来たためしがない。まあ綺麗な人もいるもんだ、という感想を抱くに留まる。


その後も私は次から次へ展示室を転々としたが、おそらく同じタイミングで入館してきて、しかも展示品を見るペースが似ているようで、その女性は結局ほとんど最後まで私の視界のどこかにいた。


私は、宇宙が「こんなにもチャンスをやっているのにまだ声をかける勇気も出ないのか?」と語りかけてきているように思われ、恥ずかしいような悲しいような気持ちになったので展示を見るのを早めに切り上げて帰ることにした。


外に出ると、日が沈んだ直後だった。午後4時前。暗く美しいストックホルムの黄昏時に、橋の上で一人、勇気を出して女性に声をかけられなかったことについて思いをめぐらせた。水路の上には帆を畳んだ帆船の繊細な骨格が浮かび、遠くを見遣るとエリザと見たスリュッセンの工事現場のクレーンが見える。空は紫の色相を幅広く示している。


しばらく呆然としていたが、あまりの寒さに歩き出す。MAXでご飯を食べて帰ろう。


宿に着いて、シモンか誰か知り合いがいるかも知れないと考えて食堂に行くと、驚くべきことが起こった。誰もいないすっからかんの食堂に、近代美術館で見かけた例の女性がいたのである。私は見なかった振りをして彼女の座っている横を通り過ぎ、一度食堂の隅に座り、もう1度しっかり後ろ姿を確認する。今日何時間も視界の隅に出たり入ったりしていた後ろ姿に相違ない。


私は1度自室に退却し、大急ぎでシャワーを浴び、髪を乾かして食堂に戻った。またも彼女の横を通り過ぎて隅っこの席に座る。スマホに集中する彼女の後ろ姿に緊張してしばらく逡巡するも、これは神様が計画してくれた巡りあわせに違いないというほとんど確信に近い信念を胸中に見出した瞬間に、声をかけないほうが良い理由を脳が思いつく前に思い切って声を出した。


「あの、すみません。今日美術館にいなかった?」
「うん、近代美術館でしょ?あなたもいたよね!」
「え、気づいてたの?」
「うん、ていうかね、私はあなたがこの宿に泊まってるの知ってたから、美術館で見かけたとき声かけようか迷ってたんだ。」


どういうことか分からないが、嬉しい。彼女は続ける。


「昨日、もう一人男のこといたでしょ?その人と話してるの、見てたの。」


どうやら昨日、カトー青年と話しこんでいた時に、彼女も食堂にいたらしい。言われてみればいたような気もするが、私はカトー氏とかなり議論が白熱していたので全く気付かなかった。


「ああ!そういえば昨日も食堂にいたね!」
「ほんとに覚えてるの?無理して覚えてる振りしなくてもいいよ。」


彼女はふざけた感じで笑いながらそう言った。今思うと、女優のアナ・デ・アルマスに似た顔をしていた。たじろいでいるのを見せないように、嘘じゃないよ、と答える。名前を聞くと、花、と名乗った。イギリスのBathという町の出身で、20歳だという。冬休みに人生はじめての一人旅をしており、明日の朝にはもう宿を発ってイギリスに帰国するという。


連絡先を聞きたくてうずうずしながらも、下心があると思われたくないので世間話を続ける。


「この後も旅を続ける予定だから、もしイギリスを尋ねた時のために連絡先教えてよ。」


か何か言えればよかったのだが、その時は緊張してそんなこともできずに当たり障りのない会話で石橋をたたき続けた。


そうこうしているうちに、先日知り合ったニュージーランドの旅人、ネルソン先輩が食堂に入ってきた。間が悪いなあと思いつつ、不自然にならないように二人を引き合わせる。

どういう話の流れか忘れたが、いつしか我々は当時のアメリカ大統領トランプの話をしており、ネルソン先輩は水を得た魚のように滔々と持論を展開していた。ネルソン先輩は思い込みが激しく、学は無いがグーグルで得た知識を総動員して自説を補強するタイプの人間であった。政治については詳しくはなさそうだが、言いたいことはたくさんある、という風だった。

そして若く綺麗な女性を前に自らを売り込みたい意図もかなり明確であった。というのも、私は政治にそもそも興味がなく、4年前のアメリカ大統領選の話題に於いて話せることなど一つもなかったため長いこと沈黙しなければならなかったのである。ネルソン先輩は学はなくても愚鈍というわけではなく、空気が読めない人間でもない。通常なら私に気を遣って積極的に話題を変えさえしただろう。しかし翻って今のネルソン先輩は、十中八九空気を読んだうえで、あえて自分の独擅場を維持しているように見うけられた。


私は圧倒的劣勢に興ざめし、かつネルソン先輩(38)の大人げなさにも気持ちが萎え、会話から抜け出したい気持ちに駆られ出した。しかし今ぬけては、花に「話題のあまりの高度さについていけなかった猿」と思われたり、ネルソン先輩に「我が意を得たり」と思われたりするのではないかと思うと不愉快だったので、意地っ張りな私は、同等かそれ以上に不愉快な、その場に居続けるという選択をした。


ネルソン先輩と花だけが話し続ける気まずい状況の中、白人の男とアジア人の女のペアが食堂に入ってきた。彼らは私を見ながら何か2人で話し合っている。何を話しているのか訝しんでいると、女の方が


「日本の方ですか?」


と、わずかに訛りのある日本語で話しかけてきた。私は一躍会話の中心に躍り出るチャンスに高揚しながら、そうだと答える。彼女は名を名乗り、私たちは同志社大学で交換留学中に出会って交際を始めたのだ、という。聞けば、彼女は台湾人で、男の方はスウェーデン人らしい。彼女は、ヨーテボリ出身の男の実家にクリスマスの間遊びに行っており、今はストックホルムで二人旅行中なのだという。思わぬ京都の縁に感動しつつも、私は目論見が外れて花とネルソン先輩が依然として次期アメリカ大統領が誰がいいかについて話しているのに気力を大いに削がれてしまい、結局食堂を出ることにした。去り際に、なけなしの元気をふり絞って去り際に花に部屋の番号を聞く。


「201だよ。」


「おお!同じ部屋じゃないか!」
と言ったのは私ではなくネルソン先輩だった。私の部屋は204だ。


とぼとぼと部屋に戻り、靴を脱ぎ、下のベッドで寝ている人相の悪い中東系の男を起こさないように2段ベッドの上段に上ると、隣で相変わらず青髪のパンクカップルがイチャイチャしていた。

それまではどちらかと言えば不快だったが、その時だけは彼らがとてもうらやましく思えた。私を日本に置いて蒸発したかつての恋人、箆のことをふと思い出す。彼女は元気にしているのだろうか。


横になり、寂しさが外的なものでもあるかのように薄汚い毛布に身を包んでしがみつく。花のために洗った髪の毛の、シャンプーの香りに包まれながら眠りに就く。

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次回予告

2019年12月17日に始まった私の世界旅行。1年越しに当時の出来事を、当時の日記をベースに公開していきます。

明日は2020年1月5日。花との別れの後、ロヴィサおすすめの景勝地に行ってみることにします。大雪の中、新たな女性との出会いに恵まれることになりますが…

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