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2020年コロナの旅33日目:善きクリスティーナの不幸、私とリダの世界

2020/1/18

この日は京都で関わりの合ったクリスティーナというチェコ人と久々に再会することになっていた。

旧市街の広場で待ち合わせる。
初めて京都で知り合ったときはピンク色の髪の毛をしていたが、今は大人っぽく紫がかった銀髪になっていた。眉毛のピアスもあいまってパンク少女という印象だが、中身は東欧の情深い女性である。優しい、というのともまた少し違う、情の深さ。

彼女が選んだ店に入る。
チェコは飲食が安いが、さすがに観光の中心地である旧市街広場のお店なので少し高い。あまりお金を使いたくない旨を伝えると、
「京都でよくしてくれたから、ここは私が払うよ!遠慮しないで食べたいもの食べてね。」
と言ってくれた。京都でよくした覚えはないがお言葉に甘えることにした。

豚の骨付き肉とステーキを頼む。それぞれクネドリキ(小麦粉の団子)と、紫玉ねぎの炒めサラダのようなものがついてくる。

美味しいご飯を食べ、ピルスナーを飲み、昔話や近況報告などをする。
彼女の姉は、彼女が大阪に住んでいた時に日本に遊びに来て日本人との間に子供を身ごもってそのまま結婚したという。「私の方が日本に興味があって行ったのに、お姉ちゃんの方が先に私の夢を叶えやがった!」と。
彼女自身は今はウクライナ人の男性と交際を始めて楽しく生活しているらしかった。

クリスティーナとしばし談笑の後、近くのきれいな映画館を案内してもらって解散。私は今日もリダとの待ち合わせ場所に向かう。

ヴァーツラフ広場で待ち合わせる。このあたりは世界で5番目に地価が高いのだと、昨日のツアーで言っていた。普通のヨーロッパの広場、というか大通りに見えるのだが。

広い場所なので少し手間取ったが、リダに長髪のアジア人男性を見出してもらい、合流。今日は初めて彼女の家を訪ねる。

トラムと電車を乗り継いで郊外の団地へ行く。
彼女は3人でアパートをシェアしているらしく、異性を連れ込むことにかなり強い抵抗があるようだった。自分はそういうことを軽々しくする人間ではない、というポーズを崩さないことにこだわりがあるらしい。他の人が帰って来るまでしか居させてあげられないよ、と強く念を押された。それは構わない。

お腹が空いたと言うと、彼女は何もないよ、と言いながらご飯を作ってくれた。米と、欧州のスーパーで一般的な味付き豆腐。これが素朴で美味しかった。彼女は「みすぼらしいと思うかもしれないけど私これが好きでよく食べてるんだ」と言った。

そのままリビングで彼女の話を聞く。お母さんとの精神的、霊的結び付きの強さ、犬への愛情など語ってくれた。お母さんは前世からの因縁であり、来世にまでつながっていくのではないか、というようなことを言ったと思う。犬は、「古き魂」だと言った。良い表現だと思ったが、騒々しい小型犬には当てはまらない気がする。

彼女の部屋は落ち着いたパステルカラーで統一されていて小綺麗に片付けられていた。淡い色合いの空間で眼を惹くのは私の胸、彼女の鎖骨くらいの高さの箪笥の上に置かれたアクセサリーや、黒檀のように鮮烈な暗色の木材でできた指輪受けなどだった。
「ガーネットだね。綺麗だな。俺の誕生石だ。」
「あらそう。赤は私の色じゃないんだけど。」
私はリダの返答や目つきのなかに、目の前の相手に心惹かれているからこそ居丈高にふるまっている人の姿を見出した。大事そうに飾ってある指輪を悪し様に言う人は、家にまで上げた恋する相手にもつっけんどんに振舞うであろう。緊張は高まりきっていた。

そろそろとグラスに水を注ぐと表面張力を見ることになるが、それでも注ぎ続けるとこぼれてしまう。一度こぼれてしまうと緊張感はなくなる。私たちはその後はお互いを慈しんで穏やかな時を過ごした。
「今はもう、私はあなたの味を知ってる。」
と彼女は言った。

日当たりのよくないアパートに暗い夜が訪れ、あれだけ泊まるなと言っていた彼女の部屋で一夜を共にすることになった。
夜伽というには奇妙な話だが、彼女は自分がチェコ人のご多分に漏れず人種差別主義者だと言った。インド人などの客に威張られると、第三世界の下郎のくせに威張るな、という気持ちになると。
「でも俺は日本人だけどいいの?」
と聞くと、
「日本人は白いアジア人だからいいのよ。」
と言われた。昔から書物ではそういう言い方があると知っていたが、自分と同年代の、高等教育を受けた人にもそういう言い方をする人がいるとは思わなかった。
自分がある程度エキゾチックな動物として好奇の目線でも見られていたことに気付き、不思議な感覚にとらわれる瞬間だった。


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