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韻化ノ地上絵 Verse2:

Verse2:
カラーコーンが倒れている。
店を出た先の角に、
テールランプの壊れた車が止まっていて、
別段、困ってる素振りもなく、
ハザードだけ律儀に焚いている。
シボレーカプリスだろうか?
ガラス越しからコーンロウだけは見えたが、
輪郭から先は分からないまま、
タイヤを少しだけ右に切って走り去った。
アンテナに刺さった8ボールが小刻みに揺れていた。

デモ隊のヘイトコールがどこからともなく木霊しては、
都会のビルの間で打ち消し合いながら消えていく。
「なぁ、腹減らね?」「飯食うかぁ」
豚骨の恍惚こうこつな匂いに誘われるようにして、
天下一品に吸い込まれて行った。
Hell’s Kitchenが掛かっている店内で椅子に座り
メニューを手に取ると、2人共こってりと半ライスに、
焼き餃子はシェアする形で頼んだ。
椎名は酢コショウ派で、
肉汁と酸味の調和で楽しむ様に味わいながら、
ラーメンとライスのルーティンに舌鼓を打っていた。
「ごちそうさまー」
僕等はどんぶりの底に潜んでいる
感謝の綴りが見えるまでスープをすすり、
日増しに強くなった陽射しが
斜めに突き刺さったままでいる自動ドアを開けた。

微かに、携帯の振動する感覚があった。
名倉からだった。
永代橋辺りに住んでいるが、
野暮用でちょうど今近くにいるらしい。

ファイヤー通りで落ち合う約束を取り付けて
電話を切った。
遠くで、救急車とパトカーのサイレンが鳴っていて、
タワレコから聞こえてくるアイドルの軽快な音楽と、
ジョーバイデンの演説NEWSとが混じり合った坂を
下りていくと、Onitsuka Tigerの広い自動ドアの前を、
キンキンに冷えた空気が身体を引っ張り始めた。

「いらっしゃいませ」
慇懃いんぎんな挨拶で迎え入れられた店内で、
レコードとメシ代のせいで財布が軽くなった足は、
棚に整列したシューズの前を、
買う気は全然ないという事をアピールする為、
ノーガードのボクサーみたいな
ふわふわした顔を作りながらうろうろしていた。

アポ無しのその様子を察した感のいい店員は、
前に組んで交差した手を後ろに組み替え、
カオナシの様な無重力さを身にまとって
すぅーっと横を通り過ぎてくれた。

汗の引いたのを見計らい元来た自動ドアを出ると、
ガラスに反射して映るひねくれた靴ベラが
なんだかお辞儀をしてるように見えた。
街の活気と共に熱気が再び絡みつく。

今にも溶け出しそうな
アスファルト同士のカニバリズムで、
何とか歩道の容姿かたち
保っているような、
灘らかなでこぼこ道を進んでいくと、
少し遠くに消防署が見えて来た。

名倉に「着いた」とだけLINEを送り、
銀色に光るパイプタイプのガードレールに
尻を数秒もたげたが、
目の前にレコ屋の看板が目に入ったのをいい事に、
暑さから逃げるようにして
待ってる間だけという名目で
椎名と雑居ビルの入口正面にある
ステッカーだらけの狭いエレベーターに乗り
3Fを押した。

Record Shop『juice』
到着の音が鳴り扉が開いた。
店内はSun Raの
“Space is the place”が流れている。
木目調の真ん中の島に中古レコードが
繁雑そうに並んでいるが、
勿体無い空間など一つとして無い。
窓際の右端に試聴ブースがあり、
それと反対側の角にレジがある。

ふんわりと空気を含んだ綿飴みたいな
アフロヘアの派手目な店員は、
鼈甲色べっこういろの伊達メガネを真っ白に光らせて
マウスをコロコロしている。
僕の履き潰したシューズは
何ら迷いもなく真ん中のレコードの島に上陸して
探索を始めた。

椎名も付かず離れずの間合いを保ちながら
レコードを引っ張っては押し込む作業を
繰り返している。
名倉を待っている間のちょっとした時間潰しのつもりが
夢中になって幾許かの時間が過ぎた。
ふと気が付くと店内のBGMは
The Last Poetsの“Related to what”が流れていた。

無心で掘り続けていた。
すると、ひとつだけ見覚えのある様なジャケットが
自分の右手に掴まれながらそっと現れた。
誰かの顔写真でもなく、
SaxやなんかのJazzyな感じでもなく、
水彩画の色や線が湯気となって
宙に溶けてずっと漂っている。
想い描けない、そんな、ぼんやりとしている画だった。
ただ、どこでコレを見た事があるのかは、
どうしても思い出せない。

夢の中で見たのだろうか?
何か魅力的な魔力を感じたまま、
その答えを探るべく、取り憑かれたかの様に、
レジまで足を運んでいた。
そして、財布の側面を広げた時に魔力は解かれた。
・・・金がない。
今日の買い物で使い切っていたのを
すっかり忘れていた。

そこに絶妙なタイミングで椎名が声を掛けてきた。
「いいのあったん?」
「頼む、貸してくれ!」

僕は間髪入れずに友人に懇願した。
金銭感覚が鈍感になっているワケじゃなくて、
五感に訴えかける存在感、
運命的な何かをここまで感じた事は、
今までに一度としてない。
そんな思いが前に出て
気持ちのボタンを咄嗟とっさに押した。

店員は、12inchがすっぽり収まる
店のロゴが入ったビニール袋にレコードを丁寧に入れて
渡してくれた。
急なピンチはすっかり収まって感謝を告げると、
「お前がジャケ買いなんて珍しいな」
「初めてかもね」
とにかく感じた事のない何かを感じた事を熱弁した。

話しながらエレベーターで1階まで降りると、
仄かに石鹸の香りが鼻を掠めて消えた。
冷房で冷えた建物から一歩外に出た途端、
またあの熱気に包まれた。

「連絡来た?」
こう返す。
「いや来てない」
「既読にもなんねぇし」
電話もかけてみたが出なかった。
名倉とは結局連絡が付かなかったので
「もう帰る」とだけLINEをいれて
僕らは渋谷駅に向かって歩いた。
湘南新宿ラインの椎名と別れを告げ、
先に滑り込んで来た3番線の埼京線に乗った。
降車駅の改札に近い少し前の方の車両に移動してから、
ケツポケットから取り出した携帯のケツに
イヤホンを刺してSpotifyを起動した。

Lil Simz “Angel”

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