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サッカー戦記:GOAT(史上最高)第2話

第2話:ゲームモデル


パコ先生はノートから目を離し、顔をレオンに向けた。

パコ「サッカーをする目的が試合に勝つことなら、試合に負けた方は目的が達成できないのですか?」

彼女は、あーっ、と言うような顔をして

レオン「試合に負けた方ですか? 考えたこともなかったです」

彼女は困窮した表情を浮かべ、ひとしきり考えた後に

レオン「試合に負けた方はサッカーをする目的が達成できない、のかも知れません」

パコ「まあ、そこのソファに座りなさい」

彼女が窓側にある1人がけソファに座ると、サッカー部の練習が見えた。

パコ先生は、遠くを見るようにしてフーッと息を吐き

パコ「人はなぜサッカーをするのか? これは、人はなぜスポーツをするのかと同義でもあります。この目的は教えてもらうより、自ら体感することが重要なので、レオンさんもいつか気がつくことでしょう」

レオンは腑に落ちないような仕草を見せ、眉をひそめた。

レオン「サッカーをする目的は試合に勝つことだと思います。負けたら、どんなに良い試合をしても意味がありません。負けたら次の試合がないのです。試合に勝って、結果を出して、初めて、楽しいとか、嬉しいとかを感じるのだと思います。よく人はサッカーを楽しむためにすると言います。私の父もそう言いますが、でも、それは負け犬の言葉であり、綺麗ごとです」

彼女はハッとして、今、自分が興奮していることに気がついた。

レオン「すいません。言い過ぎました」

このとき彼女の身体からは、勝つことへの激しい執着心の闘気が発せられていた。

レオンと上倉は、勝つことへの激しい執着心があるという点で同じだった。

違いは上倉の勝つことへの執着心は出世欲だった。それが選手への支配欲を生み出し、体罰、性被害へと向かわせたのだ。それら選手を支配する行為には麻薬性があり、繰り返すことで強化されていった。上倉はまさしく勝つことの奴隷だった。

上倉にとって、レオンは脅威であったし、是が非でも服従させたいと思っていたはずだ。

パコ先生は彼女を落ち着かせようとして、両手を下に向けた。

パコ「別に良いのですよ。現在のレオンさんがそう思うのならそれで構いません。少し気分を変えて別の質問をします。

サッカーというゲーム自体の目的は何だと思いますか?」

彼女は左手を顎に当て数秒考えた後に、小さな声で

レオン「ゴールすること、ですか」

パコ先生はほっとしたような顔をした後、椅子から勢いよく立ち上がった。

パコ「そうです! ゴールすること、ゴールを守ること。この2つがサッカーというゲームの目的であり、すなわち、攻撃と守備です」

パコ先生は我に帰ったように椅子に座り直した。

レオン「攻撃と守備…」

と呟き、彼女は何か思い出した顔をして

レオン「そうだ!」

と大きな声を出した。

彼女は本日のテーマであるゲームモデルについて、質問することを思い出した。

レオン「で〜その〜攻撃と守備がどのようにゲームモデルと関係するのですか?」

パコ「もう、ゲームモデルの話は始まっています。ゲームモデルとは、どのような攻撃をして守備をするのか、その約束ごとをチームで決めることです。

そして、チームで決めた約束ごと、すなわちゲームモデルの構造を言葉や図や動画で表して、言語化、視覚化することで、チームの全員が同じ絵を描くことができるようになる。後はそれを実行できるように練習することです」

彼女は、うんうんと頷き、必死にメモを取った。

パコ「選手一人一人がチームのゲームモデルを理解できたら、自身の役割を迷わずに実行できると思いませんか?」

レオン「はい、それは本当にそう思います。ゲームモデルって凄いですね」

彼女はメモを読み直して、頭を左右にひねり頷いた後、顔を上げた。

レオン「ゲームモデルの目的は分かったのですが、選手の役割とはどのようなものですか? もう少し具体的に教えていただけますか?」

パコ「そうですね〜」

パコ先生はワンルームマンションくらいの広さの第二職員室内を見回した。

パコ「あった。あった。これだ。レオンさん、こっちに来て、これを見てください」

パコ先生は後ろを向いて立ち上がり、彼女を手招きした。パコ先生の机の斜め後ろに札幌学園高校教員の組織図のようなものが貼ってあった。

彼女が近寄ると、
パコ「これは校務分掌です」

レオン「はあ、校務分掌って先生の組織図ですか!? これがゲームモデルとどのような関係が?」

パコ「校務分掌は、上から校長、教頭、その下に生徒指導部、教務部や学年主任などの教員がいて、その各部や各学年の長が主任です。その下に各学年の教員が配置されています。これは教員の仕事の分担図です。

大きな権限、大きな組織から徐々に細分化され、最後は一教員の校務分掌の役割です」

レオン「この校務分掌がゲームモデルと同じだと?」

パコ「全く同じと言うわけではありませんが、ゲームモデルも組織図で表すことができます。ゲームモデルは選手がゲームの中でどのような行動を選択するべきかの判断基準。言うなればゲームのガイドラインです」

レオン「ゲームのガイドライン、ですか?」

パコ「そうです。選手が試合中に迷うことなく自身の役割を選択できるように、選手の頭の中を整理する。これがゲームモデルの存在理由です。

チームという最も大きな組織、それが全体の役割
次に集団という組織、FWとMFの関係 MFとDFの関係、それが選手間の役割
最後に個人、選手の役割に分割されます」

パコ先生はそう話すと、パソコンのキーボードを触り始めた。

パコ「ゲームモデルの組織図があることを思い出しました。レオンさんにそれを差し上げます」

レオン「本当ですか。ありがとうございます」

パコ「ちょっと待っていてください。どこに入れたかな」

レオンはパコ先生の話に感嘆しながらも、ある疑問を持っていた。

レオン「先生、散々ゲームモデルのことを聞いて失礼だと思うのですが、サッカーは選手自らが考え判断する自由なスポーツだと思うのですが?」

パコ先生はパソコンから目を離して彼女の方を見た。
パコ「サッカーに自由があると思いますか?」

レオン「はい、間違いなくあると思います」

パコ「そうですか。しかし、自由にプレーしていいのは、クライフやメッシ、C.ロナウドのような天才だけでしょう」

レオン「クライフやメッシやC.ロナウドだけって、なぜ、そう考えるのですか?」

パコ「彼らのような天才だけが自由にプレーできるのです。彼らはゲームモデルを超えた才能を持っている。だからスーパースターなのです」

レオン「それ以外の選手に自由はないと?」

パコ先生「チームのゲームモデルに忠実にプレーできなければ試合には出られないでしょう。この傾向は年々強まっています。サッカーは自由なスポーツというより、即興のスポーツです」

レオン「即興?」

パコ「即興とは無意識に行うプレー。サッカーのプレーのほとんどは無意識で行われています。即興プレーを行うために選手は多くのプレー選択肢を持たなければなりません。ゲームモデルは即興プレーをするための選択肢を選手に与え、同時に選手のプレーを制御するためにあると言えます」

レオンも実は、即興プレーが得意で、いろいろなプレーアイディアを持った選手だった。

レオン「即興プレーは実感としてわかります。でも誰でも自分で考えてプレーできると思います」

パコ「天才はほっときます。勝手にプレー選択肢が増えていくので。それ以外の選手は…」

レオン「それ以外の選手は?」

彼女は前のめりになった。

パコ「パエリアを作ることができますか?」

レオンは後ろにのけ反った。

レオン「パエリア?  スペイン料理ですよね? 作れません」

パコ「なぜ作れないのです。考えて作ったらいいじゃないですか?」

レオン「考えても作れません。作り方がわかりません」


パコ「そういうことです。作ったことのない料理は作れない。サッカーのプレーも同じです。考えてもプレーしたことのないプレーは出てこない。無からは何も生まれないのです。

それではレシピを見たらパエリアを作ることができますか?」

レオン「できると思います」

パコ「そのレシピがゲームモデルです」

レオン「レシピが!」

パコ「選手は多くのプレーをゲームモデルからインプットして、練習して試合で使って、それを繰り返して自分のプレーにしていく。攻撃のゲームモデルを6つか7つ以上覚えると、実は創造的で多彩な即興プレーができるようになるのです。それは矛盾するようですがコントロールされた自由と言えるかも知れません。私もイカ墨のパエリアをスペインで覚えました」

パコ先生は、急に話を変えた。

パコ「レオンさん、モウリーニョ監督を知っていますか?」

レオン「名前だけは聞いたことが」

パコ「彼はゲームモデルという考え方を世に広めた人です。宿題です。モウリーニョがゲームモデルについて様々な文献で語っています。それを調べて、彼が語るゲームモデルとは何かを私に教えてください」

彼女は宿題をメモして、今日パコ先生から学んだことを読み返し、立ち上がった。

レオン「今日はありがとうございました。それではまた明日、この時間に、第二職員室でよろしいですか? それと、レオンと呼んでいただけますか?」

パコ先生は、少し目を見開いて驚いた顔をした。

パコ「わかりました。レオン。あああ、忘れるところだった。これを持って行きなさい」

パコ先生は、コピー機からコピーされたA4用紙を1枚取り、彼女に渡した。

レオン「ありがとうございます。これから一ヶ月間、ゲームモデルについて学びに来ますので、宜しくお願いします」

パコ「それではまた明日」

レオン「失礼します」

レオンは第二職員室のドアを閉めると、ほっとしたのか、身体中汗びっしょりだったことに気がついた。パコ先生にもらったA4用紙を見た。

レオン「これは!?」


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