見出し画像

43-3.法定研修会で見えてきた公認心理師制度の課題(2)―誰のための講習会なのか?ー

特集:心理職の専門性を高めよう!

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.43-3

注目本「著者」研修会

複雑性PTSDの理解と臨床を深める
ー精神科医と心理職の連携に向けてー

【日時】2024年3月10日(日曜)9:00~12:00
【講師】原田誠一(原田メンタルクリニック院長/東京認知行動療法研究所所長)
【指定討論】 
大谷彰(米国 Waypoint Wellness Center 心理職)
下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表 )
【注目本】『複雑性PTSDとは何か』(金剛出版)https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b602553.html
【申込み】
◾️[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=DN8OZTgWAHo

◾️[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=bs2G0sb81mE

◾️[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=Vz5WvZEvKu0

オンライン体験研修会
<当日参加枠満員御礼!オンデマンド視聴は引き続きお申し込み受付中です!>

セルフ・コンパッションを学び、体験する
−自分とつながり、人とつながる−


【日時】2024年2月23日(金曜:祝日) 午前9時〜12時
【講師】中野美奈(福山大学准教授)
【申込み】
オンデマンド視聴お申し込みは 2024年3月5日(火)24:00 まで!

◾️[オンデマンド視聴](2,000円)
https://select-type.com/ev/?ev=M-O-iYazUY8

1. 法定講習会の「教員のみ科目(3日間)」を振り返る

前号に引き続いて令和5年度厚生労働省事業『公認心理師実習・演習担当教員および実習指導者養成講習会』を振り返ります。前回は、「教員」と「指導者」が共に参加する「A.共通科目(2日間)」を主に扱いました。今回は、「B.教員のみ科目(3日間)」に触れます。評価の議論に参加したのは、前回から引き続き、以下の2名の大学教員です。

【A様】女性 臨床心理士取得後12年、公認心理師取得後5年、教員歴5年、西日本の私立大学准教授

【B様】男性 臨床心理士取得後6年、公認心理師取得後5年、教員歴2年、東日本の公立大学専任講師

令和5年度「公認心理師実習演習担当教員・実習指導者養成講習会」申し込みサイトより引https://www.ncnp.go.jp/psy_ws/

「B.教員のみ科目」は、2023年12月後半から2024年2月前半までの間に計3回、いずれも「オンライン・ライブ配信」のみで実施され、各回定員は200名で、3回で計600名の大学教員が参加しました。スケジュールは、上掲の図に示されている3日間、朝の9時から夕方の18時近くまで、ほぼ丸1日缶詰となっていました。講師の講義だけではなく、参加者が小グループ(4名)に分かれ、講師から出された課題を話し合うグループワーク(演習)が組み込まれていました。


2. 超忙しい時期の三日間缶詰講習会はきつかった!

[下山]これまでは、「教員」と「指導者」が共に参加した「A.共通科目(2日間)」についてお話を伺いました。これからは、教員のみが参加した「B.教員のみ科目(3日間)」の講習会について検討していきたいと思います。私にとっては、魔の3日間でした。「A.共通科目(2日間)」よりもさらに疲れましたね。その理由は、2日間が3日間になった期間の増加だけではなく、実施時期の問題もありました。
私の場合、実施期間は、1月半ばの金曜〜日曜でした。その時期は、教員は大学や大学院の入試の仕事があります。また、院生が修論を提出し、口述試験に備えており、その指導があります。学生は、就活もやっているので、その相談も受けます。それ以外にも成績評価など学期末の仕事が目白押しです。そのような時期に3日間連続の缶詰研修でした。まず体力的にも疲れました。それに加えて講習会の内容についても、いろいろと考えるところがありました。

[B] 私も時期的な問題で同じように感じました。私が選んだ日程は、共通テストの翌週だったのですごい疲労の蓄積に影響しました。さらに、他の入試関係の仕事もある中での講習会だったので、「かなりしんどかった」というのが、まず感想です。あとはその3日間は「すごくグループワークが多かったな」と感じました。
全体的に「目的がよくわからないグループワークが多かったな」という印象です。コミュニケーションを促進するようなグループワークがありました。率直に言うと、「心理職の大学教員たちが、この時期にこのワークをする目的はなんだろうか」「敢えてやる意味はあるのかな」と感じました。「時間稼ぎのためのワークをしているのでは」と、うがった見方をしてしまうくらいでした。

[下山]大学教員にとっては、1年間で最も忙しい時期の貴重な時間でした。ですので、私も「しっかりと講義から学びたい」と思っていました。ところが、講習会でありながら、かなりの時間が参加者のワークで占められていましたね。「参加者で考えてください」という形をとることが多く、参加者主体で考えなければならない時間が多かったですね


3.各分野の支援全体を概説することは、実際には不可能

[下山]この3日間の講習会は、1日目の午前中の2セッションで「公認心理師による支援の実際」として、5分野の概要が概説されました。そして、その日の午後から最終日の最後までの7セッションは「心理演習」の方法論の講習が続きました。そこで、まず初日の午前中の「公認心理師による支援の実際」のセッションについて検討したいと思います。
1日目の午前中の分野別の「公認心理師による支援の実際」のセッションでは、担当講師の皆さんは「この分野ではさまざまな活動があり、私はその一部をやっているだけですので・・」、「私は、この分野の常勤の心理職ではありませんので・・・」、「自分が関わっているところの話を中心にしますので・・・」などの表現が多かったように思います。
実際、いずれの分野でも、心理職の職場は多種多様です。しかも、現場では非常勤が多く、一人職場も少なからずあります。ですので、各分野の「公認心理師による支援の実際」の全体を網羅して説明をするのは、その分野の常勤心理職であっても難しいことになります。
そのような多種多様な職場で、それぞれがバラバラに活動しているのが、日本の心理職の現実です。大きな病院や公立機関に常勤職として勤務できている心理職はほんの一部です。そのような現実を無視し、心理職の困難を取り上げないまま各分野の概要説明をするだけで良いのかと思いました。講師の方もそれが気になるのか、あのような表現をされていたのだと思います。


4.5分野を網羅できる心理職の育成は本当に可能なのか?

[B]5分野がありますが、それぞれの分野だけでも広範囲にわたり、さまざまな心理支援の活動があると思います。職場も職務も千差万別です。だから、講師の方もその一部に関わっているだけで、全てを網羅して説明するのは難しいのは良く分かります。ところで、公認心理師制度では、各分野のスペシャリストの特徴を全部兼ね備えた心理職を一人の公認心理師として育成することが目標となっているように思うのですが、どうでしょうか。

[下山]形の上では、そうですよね。到達目標はそうなっていると思います。医師は、表向きは全ての診察科に対応できることが目標ではないのかと思いますが、それと同様なのではないでしょうか。

[B]それは、かなり“酷”なことではないでしょうか。いや、実際には無理ですよね。

[下山]多分そうだと思います。しかし、「それは実際には無理なこと」とはどこにも書いてないですし、今回の講師も、「これは、実際には無理なことですが、頑張ってやってください」とは言ってなかったと思います。

[A]しかも、これは学部3年生とかでやる心理演習の授業の話ですよね。この5分野をすべて網羅しないといけないんですよね。

[下山]形の上では、そうなっていると思います。かなり無理がありますね。


5.グループワークの丸投げ傾向

[下山]では、次に初日の午後から3日目の最後まで続いた「心理演習」方法論のセッションについての意見をお願いします。

[B] 「丸投げ感」が本当に強かったですね。特に後半のグループワークではそれをすごく感じました。しかも、同じようなテーマを何度も何度も繰り返されて疲れました。

[下山]そのグループワークの内容も、“子どもっぽい”ものが多かった印象です。皆で絵を描いたり、イラストのタイトルを考えたりするものもありました。「これは大学の教員がやることなのか」と思いました。学部学生のモデル授業の内容を教員自ら経験することを意図したものとしても、その内容は、「エビデンスベイス・プラクティスを到達目標とする公認心理師を目指す大学生がやるレベルのことなのか?」と疑問を思いました。
ところが、その一方で「要対協の話し合い場面で公認心理師はどのような対応をするのが良いか」について学ぶロールプレイのシナリオを作成するという課題の演習もありました。そもそも「要対協」が「要保護児童対策地域協議会」の略であることを知らない公認心理師も少なくないと思います。私が参加したグループでは、「このような専門性の高い課題を学部生にやらせるのは適切ではない」との意見でまとまりました。

[B] 本当に丸投げ感というか、“やっつけ”でやられてる感じもしました。それを受けさせられてる身にとっては、もうしんどかったですね。

[下山]講習会の後半は、共感やコミュニケーションがテーマとなることが多かったですね。共感が重要と言うならば、この講習会を受けてる側の“疲れ”や“徒労感”にももう少し共感をして欲しかった。適切な理論的説明がないまま、一方的に「これやってください」ということが多く、大学の授業のモデルとしては、あまり質の良いものではなかったようにも思えます。

[B] 「受講している教員サイドの経験や学識を尊重して講義を考えて欲しかった」と思いました。

[A]私も同じ意見です。3日間もあったのに、ほぼ学部の「心理演習」がテーマになっていましたね。しかも、心理演習の授業練習をする講習でした。それで本当に時間を持て余す感じでした。今振り返ってもそう思います。実際に参加した教員が行ったグループワークも、学生がオリエンテーションとかでやるような内容だった。例えば、これから心理を学びますという人たちが仲良くなるためのオリエンテーションでやるような内容でしたね。


6.「心理演習」方法論の各講義の体系性の欠如

[A]「このレベルのワークをこの貴重な時間を使って教員が体験することに何の意味があるんだろうか」とすごく感じました。同じ時間を使うならば、せっかく実習担当の教員が集まってるんだから、「実習先との付き合い方で今困ってること」など具体的な課題を話し合うことができればよかったのに、それが全く無かったですね。そのような課題はたくさんあるのに、それを話し合う機会が無く、実習担当教員としての迷いについて回答が得られることも無かった。ただ、学生の立場を経験させられたという感じでした。

[下山]確かにそうでしたね。それから、講師の出身大学の教材や所属団体の資料を、大学名や団体名を連呼しながら教示されるということもありました。あるいは、20年以上前の古い文献に基づく講義もあり、「今、これを学ぶ意味があるか」と疑問に思うことが多くありました。素朴なワークがあるかと思えば、あまり使い勝手が良くないと思われる具体的な知識や情報を教示するだけの講義もあったように思えます。

A先生が指摘されていたように、学部「心理演習」を3日間使って経験のある教員が学ぶ必要があるのかという基本的な疑問がありますが、それに加えてそれらの複数の講習内容の関連性や体系性がほとんど無かったことも問題だったでしょうか。各セッションの講義がどのようにつながって発展するのかが理解しづらかったですね。

B先生も指摘されていましたが、同じような内容が繰り返されたり、以前の講義の内容が、その後の講義の内容の前提となっていなかったりして、聞けば聞くほど混乱をする側面がありました。例えば、前日の講習会でアセスメントの重要性が指摘されているのに、うつ状態のクライエントの事例に対して、アセスメントとは関係なしに共感の重要性を指摘する事例が出されていたということもありました。

このように受ける側が3日間の連続講義を通しての一貫性や関連性を感じることが難しく、体系的に学習する体験ができなかったように思います。このような体系性のない連続講義を受けて、学ぶ側は、「心理演習」で何を教えたら良いのかという困惑が、逆に増した面もあるのではないでしょうか。


7.「大事なことを並び立てる」という公認心理師制度の特徴

[B] 私も、心理演習のセッションは「同じことを繰り返している」という感じはすごくしました。これは、5日間かけてやる内容ではなく、もっと短くできると思いました。「なぜ5日間をわざわざかけたんだろうか」、「敢えて長時間する意味があったのか」と疑問に思いました。さらに、そこから穿って考えると、公認心理師のカリキュラム、さらには制度全般に関して、「とりあえずあれも大事、これも大事」というように、現場の状況とは関係なしに、大事なことをなるべく多く並べ立てるという傾向があるなと思いました。

[下山]絵に描いた餅みたいなことでしょうか。

[B]そうですね。その公認心理師制度の特徴がこの講習会にもすごい出てるっていう気がしました。

[下山]なるほど。その点では、この講習会を通して公認心理師制度のあり方、そしてその問題や課題が具体的に見えてきましたね。「何が公認心理師制度なのか」ということに関して、出てきているのは表面的な情報だけであって、現場の状況に即した実質的な内容が出てきませんね。高度な到達目標やコンピテンシーといった形式的な情報が掲げられ、語られる反面、実質的に行う演習として提示されるのは非常に素朴な内容であったりします。このギャップがあまりにも大きく、その落差に不安を感じるのは私だけでしょうか。

[A] 講習会を運営している方たちがどれだけ一枚岩となってシェアして企画し、作成をしたのかが疑問に感じられる内容ですね。セッション間で重複や齟齬がたくさんありました。資料一つにしても「ここは重複してるから、別の内容にしよう」とか、なぜ事前に調整しなかったのかな」と疑問に思いました。

[下山]各セッションで、実践者間の連携反省的実践ということの重要性が繰り返し語られていました。その点に関して、このような講習会においても講師間の連携や講師の反省的実践は必要であると思います。常に講義の内容が受講する側にどのように伝わるのかを見直して、主催者や講師が連携して内容の調整をする必要があります。そのような反省的実践や連携をしていることが、必要ですね。


8.「講習会は、本当は誰のためのものか」という本質的疑問

[下山]もちろん講師の先生方も、ご自身の経験から講義の内容を一生懸命考えていただいたことは理解できました。また、ワーク中に受講者が疑問や意見を書くことができるシートが用意されていました。ただ、出された課題に対してのグループの議論を記載するので精一杯でした。しかも、各セッションの連携が取れておらず、繰り返しも多かったので、特にグループワークについては、受講者として「丸投げされている」、「押し付けられている」という感じを持ってしまった方もいたのではないでしょうか。

[B]「講習をする側の人たちがどういう気持ちなのか」については、私も思ったことがありました。あるセッションで講師の方が「すみません。もうちょっとで終わります。」と何度も繰り返して言われていました。冗談っぽく場を和ますために言われておられのだと思います。
しかし、それを聞いていた私には、「やらなければいけないからやってるんです」という感じが伝わってきてしまいました。それで、受講者側としても、「講師もそういう気持ちでやっているのか」と思い、一層「この研修は何のためにやっているのだろう」と思うようになりました。そして、「この講習は、いったい誰のためのものなんだ」という疑問を強く感じるようになりました。

[下山]「この講習会は、本当は誰のためのものなのか?」は、とても重要な、本質的な“問い”ですね。その疑問は、「誰が、誰のためにこの講習会をしているのか?」という、講習会の主体は誰なのかという“問い”にもつながりますね。講師の方も、やらされている感があったのかもしれません。


9.結局、「心理演習」で何を教えれば良いのか分らなかった

[下山]ここで、「B.教員のみ科目(3日間)」講習会の全体について、改めて見直したいと思います。「心理演習」に含まれる事項として、ア)心理支援に関する知識及び技能の習得、イ)心理支援を要する者の理解とニーズの把握及び支援計画の作成、ウ)現実生活を視野に入れたチームアプローチ、エ)多職種連携及び地域連携、オ)職業倫理及び法的義務の理解があることが示されました。そして、今回の研修では、最初の事項の「ア)心理支援に関する知識及び技能の習得」の4要素である「1)コミュニケーション、2)心理検査、3)心理面接、4)地域支援をテーマとした方法論が講じられました。しかも、それをロールプレイを含んでやるということでした。

[B]今回の「心理演習」の方法論のセッションが扱ったのは、上記のア)〜オ)の最初のア)の部分だけだったことを考えると、一体「心理演習」全体として何をどうすれば良いのかの見当がつきません。その他の事項を加えて心理演習という一つの科目でやるのは、それ自体が無理だろうと思うのですが、どうでしょうか。

[下山]しかも、それが、だいたい学部3年生で実施する「心理演習」の授業においてですよ。実際、院生だって、ア)〜オ)の事項をマスターしている人はいないでしょう。さらに言えば、それらの事項をマスターし、実践できている公認心理師は、日本に何人いるでしょうか。少なくとも、私は全く自信がありません。しかも、それを学部3年生に教えるというのは、その現実性の欠如を考えただけでも恐ろしくなります。

[B] ア)の事項を構成する4要素のどれ一つをとっても、それだけで一つの科目ができるぐらいのことだと思います。

[A]そのように不可能なことを求められていることは、公認心理師制度ができた時からの問題であったと思います。厚労省に提出する資料からしてこの心理演習では具体的な内容をカバーしないといけないことになっています。「多職種連携や地域連携に関してはこういうことします」とか、「心理面接に関してはこういうことします」とか、細かく計画を立てて出さないといけないわけです。実際に実施するのが不可能に近い、物凄く大変なものを最初から想定して公認心理師制度が作られているのだ、ということです。

[下山]当然のことながら、現実は全く追いついてないですからね。

[A] そうですね。しかも、それをカバーするための、今回の3日間の講習会でやってる内容はお絵かきみたいなワークばっかりになってしまっている。とても悲惨な状況だと思います。


10.チグハグな講義内容によって逆にモチベーションが低下する

[下山]そうですね。そこまで日本の大学教員もレベルが低くないと思うのですが・・・。その一方で、ものすごく専門性のレベルの高い内容を到達目標として求めている。世界中のどこでも求めないような広範囲の内容も求めている。とてもチグハグな印象のある講習会でした。

[A] 凄くチグハグでしたね。提出させる書類や用意しなければいけない公的なものがとても大変な割には、そのことに関する具体的な事柄が全く扱われなかったのは、実習担当教員として、とても残念でしたし、辛いことでした。

[下山]そのようなギャップを埋めるために講習会があったのかと思いましたが、実際はその逆でした。むしろギャップが広がる感じがしました。ギャップがあるならば、それは現場サイドで埋めていきなさいというメッセージなのかとも思いますね。

[A]そういう意味で押し付けられた感じがありました。

[下山]丸投げされているような、押し付けられているような、「やれなかったら現場の責任です」とも聞こえかねないような話です。でも今の日本の現状だったらあんまり改善するようには思えないんですよね。公認心理制度は、心理支援をパブリックサービスとして発展させるためにとても重要な役割を担っていると思います。多くの心理職は、協力したいと思っている。しかし、その進め方が現実にそぐわないし、一方的に現場に押し付ける傾向が強い。

その結果として、できないことをやらざるを得ないので、皆さん、疲弊してきている。そうすると、学習性無力感となります。心理職の将来に夢も持てなくなる。教員も、さらには学生もモチベーションが下がってくる。その結果、心理系の学部や大学院を受ける学生の数も減ってきている。私は、そのような状況を感じて、とても心配になっています。

[B]公認心理師職養成の多忙さと徒労感は、多くの若手教員の間で共有されてきています。私が知っている教員で、もう実習担当が嫌になって公認心理師養成から離れた人がいます。これから、そう考える人がどんどん増えていくと思います。私自身も、正直異動することを考えました。心理職育成にやる気のあった実習担当教員が去ることで、教育のレベルが下がり、悪循環になってきているのが実態です。公認心理師制度を運営する方には、現場の教員のモチベーションの低下をまず知ってほしいと思いました。


11.来年の「法定講習会」への要請

[A] 現場の教員ってものすごく大変な思いをしています。学外実習のあり方についても、さまざまな意見があって判断が難しい。講習会の運営サイドの皆さんには、現実を踏まえた上で、どのような演習や実習が望ましいのかについて、具体的なモデルを示して欲しかったのですが、それは示されませんでした。
また、学部で実施する「心理演習」は、心理職を目指す学生が自らの適性を判断するとともに、教員サイドからするならば、学生の適性や能力を評価する役割を持つという点で、とても重要な授業であると思います。ところが、このような「心理演習」の役割を想定した講習にはなっていませんでした。むしろ、今回のような入学オリエンテーションの仲間づくりのようなワークを実施すると、逆に心理職になることを安易に勧誘してしまう危険性があるのではないかと思ってしまいます。ですので、学生の進路決定における「心理演習」の役割を意識した授業案を提示していただければと思っています。

[下山]今後、法定講習会を企画・運営する方に期待することは、現実を踏まえた上での具体的な授業モデルを示してほしいということですね。来年度に向けての要望としては、現場の大変さに共感がないまま到達目標や理念形態を押し付けるだけの講習会にはしてほしくないと思います。その結果として、現場の心理職が疲弊し、徒労感だけが残るのは悲しいですね。
ただ、今回の講習会では、「多くの学びを得ることができました」、「とても参考になりました」と言った感想を述べられた参加者の方もおられました。それは、私が参加したワークのグループメンバーとは異なる感想でしたが、いろいろな意見があっても良いと思います。私の立場としては、何か問題があるならば、それに気づいて変えていくことが心理職の本質だと思っているので、そこは大切にしたいですね。

[B]講習会のグループワークの話し合いにおいて、当初私は、自分が課題に対応できていないことが問題なのかと思っていました。しかし、思い切って「この課題の目標設定はちょっと無理だなと思います」と発言してみました。そのグループでは、ベテランの先生方が多かったんですけども、共感してくれる先生方が多くいました。それをきっかけに、皆さん本音をドンドン出すようになりました。
この講習会では、皆さん「思っていることを言ってはいけない」という暗黙の了解というのがあったのかもしれません。忖度をして本音をずっと言わずにいた参加者の方も多くおられたと思います。今後は、より率直に相互が話し合える講習会にしていただけたらと思っています。


12.心理職が本音で語り合える場が欲しい

[下山]心理職が本音を言えなくなってしまうのは、危機的な状況ですね。私が参加したグループでも、「この課題、無理があるね」と一人が言えば、皆んな「そうだね。この課題は適切ではないということをワークシートに書いて講師に伝えよう」と話し合って、そうしました。最後に、今回の座談会に出席されての感想を聞かせてください。

[A]このような意見を共有できてよかったです。私だけだったら辛かったなと思います。講習会の場で批判的意見が出なかったのは、表面的にすごい真面目ないい子を演じる方々が多いからだと思います。

[B] 私も講習会で感じた率直な気持ちを誰にも共有できないままでいたら、本当にしんどかったと思います。講習会のグループワークでも、一度本音で話せるようになると、皆さん正直に不満などを話せる雰囲気になりました。その経験から考えると、最近は教員同士や心理職同士でも、本音で話すということが少なくなっているなと思いました。

[下山]心理職の間で、いろいろなレベルで分断が進んでいるということがありますね。そのような環境では、自由な発想で心理職が育つということが難しくなりますね。今回の講習会の見直しを通して、現場と到達目標のズレも含めて、さまざまなレベルの分断が解消されるきっかけになればと願っています。ご協力をありがとうございました。

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

目次へ戻る

〈iNEXTは,臨床心理支援にたずさわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/
電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT 第43号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.43-3

◇編集長・発行人:下山晴彦


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?