見出し画像

44-2.若手心理職の厳しい現実を何とかしたい!

特集:心理職として成長する!

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.44-2

iCommunity講習会

◾️『公務員系心理職の働き方&試験対策を知る−現役の先輩に学ぶ−』

【日程】4月13日(土)9時〜12時 

【プログラム】
<前半>現役の「児童相談所心理司」、「保護観察官」「家庭裁判所調査官」にご登壇をいただき、ご自身の進路決定や現在の働き方についてお話しいただきます。

<後半>公務員系心理職になるための試験対策について、河合塾KALSの宮川純講師が解説します。そして、参加者の皆様から質問をいただき、現役の公務員系心理職と宮川講師を交えての心理職のキャリア形成についての意見交換と交流会をします。

【参加費】
🔸<有料iCommunityメンバー> 無料
https://select-type.com/ev/?ev=8oHb7ncoFwI
※「有料iCommunity」メンバーとは、臨床心理iNEXTの有料会員で、かつiCommunityに登録されている方々のことです。

🔸<上記以外の心理職及び心理職を目指す方> 1000円
https://select-type.com/ev/?ev=YwIxtlAbQws

🔸<オンデマンド視聴※> 1000円
https://select-type.com/ev/?ev=17YaQwLzEAM
※)参加者との意見交換場面を除く部分の録画

iCommunity講習会

心理職にトキメキを取り戻したい!
ー法定講習会の限界を超えてー

【日時】2024年3月20日(水曜_祝日)9:00~12:00

第1部 法定講習会の経験から心理職の専門性を考える
第2部 心理職にトキメキを取り戻すことができるか?

🔸オンデマンド視聴(自由討論交流会以外の動画記録を配信)
【視聴費】1000円
【視聴登録_4月2日まで】https://select-type.com/ev/?ev=VVPdvy6ZKwc


1.心理職のキャリア・デザインを応援する

2017年に公認心理師法が施行となり、新たな制度が動き出してから早くも7年になります。公認心理師制度ができてから、心理職の在り方は劇的に変化してきています。その間、コロナ禍もありました。現在もその変化の渦中にあるので何がどう変わっているかの全体構造は明確になってはいません。しかし、心理職ワールドが、大きな変化を経験しているのは確かです。

残念ながら、その変化は、心理職にとって望ましい変化ではない面が多くあることが見えてきました。国家資格となり公認心理師の認知度は高まり、職場は増えてきています。しかし、主体的に活動できる専門職ではなく、非常勤の実務者や技術者として、上位者からの指示を受け、不安定な雇用条件で日雇い的に仕事を掛け持つ心理職が多くなっています。

そのような厳しい状況の中でもキャリア・デザインという点で公務員系心理職は、比較的安定した雇用を確保できます。そこで公務員系心理職を目指す人、転職を考えている心理職、心理職の働き方やライフデザインに関心のある方のための講習会『公務員系心理職の働き方&試験対策を知る−現役の先輩に学ぶ−』を、冒頭に掲示した要領で開催します。現役で働いている公務員系心理職の方に「進路決定」や「仕事」についてお話をお聞きします。

具体的には、現役の「児童相談所心理司」(若手)、「保護観察官」(中堅)、「家庭裁判所調査官」(中堅)をお呼びします。また、宮川純(河合塾KALS)講師をお呼びして、公務員になるために必要な心理系の大学院試験や公務員試験の情報を共有し、意見交換をします。有料iCommunityメンバー(臨床心理iNEXTの有料会員で、かつiCommunityに登録されている方々)は、無料参加できます。iCommunityにご登録いただくと、講習会終了後も臨床心理iNEXTのコミュニティ(iCommunity)を、参加メンバーでの情報共有や意見交換の場としてお使いいただけます。ぜひ、臨床心理iNEXTのiCommunityにご参加ください。→https://cpnext.pro/lp/icommunity/


2.若手心理職の生の声を聴く

公認心理師制度の施行を受けて生じている変化の影響を最も受けているのが若手心理職です。公認心理師制度の施行前に心理職になった人は、既に旧体制の中で仕事を得ており、変化の渦中にありながらもその立場を維持すれば良いという面があるかもしれません。しかし、施行後に心理職になった若手は、誰も経験したことのない変動の中で自分のキャリアをスタートしなければならなかったのです。多くの若手心理職は、前代未聞の変動の中で、そして先が見えない中で不安や孤独を抱えながら就職活動をし、仕事を始めています。

若手心理職は、仕事に慣れること、そして生活を維持することに追われており、自らが置かれた窮状を声に出して訴えることができないのは仕方ありません。中堅やベテランの心理職の中には、変動中で自らの立場を維持するのに精一杯で、若手心理職の苦難を把握し、サポートできる余裕がない、という現状の方も多いかもしれません。職能団体や関連学会は、変動の中で複数の組織が並立し、自らの組織の勢力伸長に主な関心が向いている側面があります。組織の末端に位置する若手心理職よりも、公認心理師制度を主導する上位システムである行政との関係に注意が向きがちです。

心理職ワールドでは、さまざまなレベルで分断が起きています。そのような分断された状況の中で若手心理職は、公認心理師の時代を生き延びるために暗中模索をしています。そこで、臨床心理iNEXTでは、若い心理職の生の声を聴き、公認心理師制度導入による変化の最前線で何が起きているのかを探ることとしました。心理職になって1年〜4年の若手心理職に、匿名を条件に協力いただきました。協力をいただいたのは下記の3名です。

Aさん:心理職(公認心理師・臨床心理士)4年目 女性、主に医療分野 
Bさん:心理職(公認心理師・臨床心理士)2年目 女性、主に教育分野 
Cさん:心理職(公認心理師・臨床心理士)1年目 女性、主に福祉分野 

以下は、臨床心理iNEXT代表の下山による、3名へのインタビューです。


3.厳しい若手心理職の職場環境

[下山]今日は、心理職として働き始めて1年から4年の3名の皆さんにご参加いただき、仕事をどのように経験しているのかをお聞きします。いずれの方も公認心理師と臨床心理士の資格を取得されています。

[Aさん]私は心理職4年目です。大学院時代に想像していたよりも「何でも屋さん」だなと感じています。掛け持ちで複数の仕事をしています。国家資格になって多くの方に存在を知っていただけるようになったと思います。しかし、その分、専門的な仕事以外の仕事が多い気がします。大学院で教わってきたようにケースに丁寧に関わっていくことは難しいと感じています。

[Bさん]心理職2年目で私もかけもちの非常勤なので、時給もそんなに高くはない状況です。いかにも心理職という仕事はしていないので、「心理職の仕事って何だろう」と思うこともあります。

[Cさん]心理職1年目で、非常勤で仕事を掛け持ちして働いています。曜日ごとに違うところに勤務しています。時給は安く、収入は低いです。面接も多くなく事務とか雑用とかをすることが多くなっています。今の職場で常勤になるのは、絶対に無理だと思っています。心理職らしい職場に入って経験を積みたくても、そこに入るまでが大変です。働きたい分野で常勤職として入っていくのはハードルが非常に高いと感じています。

[下山]非常勤の掛け持ちで生活面や金銭面的にはどうでしょうか。

[Aさん]とても厳しいです。仕事ができなくなった時の保証が何もないのも不安です。今の生活は良くても将来のことを考えると心配にはなります。女性ということもあり出産などで仕事を長期でできなくなった際のキャリアなども考えてしまいます。


4.「大学院の教育」と「現場の実態」のズレ

[下山]ご自身の学んできた専門性を現場に出て活かせているという感覚はあるんでしょうか?もし、「大学院教育」と「現場の実態」のズレのようなものがあれば教えてほしいですが、どうでしょうか。大学から現場に出てみての率直な感想を聞かせてください。

[Cさん]大学院で学んだことが仕事に直結できていると思ったことはないですね。実際のところ、院で学んだことを活かせるかは、かなり努力してそれができる職場を探さなければいけないと思います。

[Bさん]私的には現状は直結していないですね。大学院時代に学んだ検査とかを、実際に今やれているかと言われたらやれていないです。面接の回数だって多くはないですね。大学院時代に学んだ知識は活かせていないのが現状です。

[Aさん]私については、検査に限った話だと活かされているとは思います。ただ、カウンセリングについては、大学院で学んだことがベースにはなっていますが、働く上ではその職場に合わせて追加で知識をつけていかなくはいけないのが現状です。その点では大学院で学んだことだけではやっていけないです。


5.大学院で学んでおきたかったこと

[下山]現在の経験を踏まえて、「大学院教育ではこのようなことをして欲しかった」ということがあれば教えてください。大学院教育というのは、教育の目的に基づいてカリキュラムを組んでいます。公認心理師カリキュラムであれば、それは「到達目標」となるわけです。しかし、実際には、それが現場の状況にそぐわないということがあります。「到達目標」と「現場の実態」がズレていたのでは、教える方も教わる側も不幸ですよね。特に教わる側は、現場に出てからミスマッチに気づき、自分で努力しなければいけなくなります。

[Cさん]福祉の分野では、来談者は制度のことで悩んでいる方が多い。その場合は、その地域にはどのような生活支援の窓口があるのか、どのような自立支援の制度が利用できるのかなどの知識がないとうまく心理支援につながりません。現場に出て、そのようなことを大学院でしっかりと教わりたかったと思っています。あとは自分の生活に関してですけど、非常勤なので保険や年金も自分でやらなければいけない。その知識がないまま社会に放り出された感じがあります。そのようなことも院で学べたらよかったと思っています。

[Bさん]大学院の授業は浅く広くのイメージがあります。そこで学んだ知識がどこの分野で活かせるのかが分からなかったです。教科書や授業では、現場ではどのような職種があるのかということしか分からなかった。実際にどのような働き方をしているのかは、学外実習に行った場所以外については知ることができなかったですね。

[下山]なるほど。「大学院での学習」と「現場での経験」の断絶がありますね。そうなると、院生にとっては、大学院での学習に基づいて就職活動をどうするのかを判断するのは難しいですね。


6.現場に出てからのリアリティ・ショック

[下山]そもそも自分がどの分野の仕事に適しているのかを決めるのも難しいと思います。多くの大学院では、院生の就活の指導や支援をする余裕はないですね。教科書に掲載されている代表的職種や学外実習で経験できる職場以外にも、多種多様な職場や職種があるわけですが、それについて大学院で学ぶことはないでしょう。だから自分でやるしかない。

さらに、現行の大学院カリキュラムであると、「自分がなぜ心理職を目指したのか」「どのような心理職になりたいのか」ということをじっくり考えている余裕はないですね。ところが、公認心理師になって心理職についての認知が進み、さまざまな職種が出てくるようになる。しかも、5分野に職場は広がっている。そのような状況の中で大学から現場への移行の準備ができないまま、修論執筆、国家試験の準備と受験をしながら、慌てて就職活動をしなければならない状況になってきていますね。

[Aさん]私が大学院にいた時は、公認心理師の試験が大学院修了後の秋であったので、比較的余裕はありました。ですので、大学院での学内実習ではじっくりと検査をする時間がありました。しかし、現場ではそうもいかず、短時間で検査をしなければいけなくて苦労しました。私の大学院では、担当ケースには全てスーパーバイザーが付いて、1から10まで教えてくれる体制でした。そのため、逆に現場に出てから一人で考えて実践しなくてはならず、とても大変でした。大学院時代から自分で考えて動くこと、その動き方を教えてくれたらよかったなと思うこともあります。後輩たちを見ていても自主性が弱いのが気になっています。

[下山]これまでの日本の心理職教育は、個人心理療法やカウンセリングを丁寧に実践することが前提になっていました。学内実習の場である心理教育相談室に来談したクライエントを、心理職が自分たちのペースで心理支援して行くプライベイト・プラクティス(個人開業)モデルに基づく教育体制になっていたのです。しかし、現場はそうではないですね。心理職よりも上位の立場にある医師や看護師、行政職、あるいは教育分野では校長を含めた教師、産業分野であれば上司がいます。心理職とは異なる上位の職種の人からの指示や要請に従って、短時間で仕事を処理しなくてはいけない。そのような時の課題処理のスキルや対処の仕方は、大学院の教育では教えてはいないですね。

[Aさん]そうですね。現場に出てその場での判断を求められることが圧倒的に多くてショックを受けました。2年間大学院で必死になって勉強してきたはずなのに現場で全然できなかった。


7.分断の中で孤立する若手心理職

[Aさん]しかも、コロナ禍で横のつながりも希薄になっていたので尚更自分が思っていることが、新人として起こりうることなのか自分の力不足かなのかも分からなくて孤独に感じていました。

[下山]それこそ、まさに分断ですね。大学院を出た後に現場で新たに学ばなければいけないことがたくさんある。しかし、その現場に出た新人の学習を支えるシステムが何もない。少人数の職場も多く、心理職が協力して新人教育を受ける体制が整っていません。心理職個人個人も分断されてしまっている。私自身の反省も込めて、大学院教育は、院修了後のことを想定していないですね。

国家資格ができたことで心理職の地位が確保されたのかというと、全くそういうことはないですね。むしろ、大学院を修了して現場に入った新人心理職は、今まで大学や大学院でやってきたこととは違う実践のあり方を求められる。しかも、それを自分で学んでいく必要もある。新人心理職や若手心理職が課題を共有しながら一緒に学び、成長する学習環境がないですね。今Aさんが言われたように孤独を感じる新人心理職の人が多いのではないかと思います。

私は、今後の心理職のキャリア発展において、院修了後の新人教育をどうするのかはとても重要な課題であると思っています。職能団体や関連学会はあるけど、複数の団体や学会に分断されていて、心理職がまとまってこの問題に取り組むことができていない。できていないだけでなく、問題の深刻さに気づいていないのかもしれないと思ったりします。


8.誰に、何処に頼ったら良いのかわからない

[下山]そのような分断状況の中で新人心理職として、困っていること、あるいは何か要望することはありますか。

[Cさん]思いつかないです。何をどこに要望するかがわからないからです。

[Bさん]そもそも自分達が大学院修了後に心理職として現場に出て、どの職能団体に入ったら良いのかが分からないです。だから、どこにどのように頼ったら良いのかを考えられない。

[Cさん]逆にいずれかの職能団体に所属したら、そこの方針に従わなければいけないというプレッシャーを感じます。それぞれの職能団体の違いもよく分からないので、判断ができないですね。

[下山]職能団体については、どこに入ったらいいかわからない。入れば入ったで、そこの方針に従わなければいけないという恐れもある。若手の自分たちが求めていることを職能団体がやってくれるかもわからないという感じですかね。

[Aさん]私もそうです。どこに頼ったらいいのかわからないという状態ではあります。ただ、私の場合は、たまたま職場に同年代の心理士さんが何人かいるのでその方たちと横のつながりを今は作って、そこで定期的に相談をする会を勝手に開催しています。


9.心理職としてのキャリアの将来が見えない

[Aさん]今になって思えば、横のつながりとか、大学院の先輩後輩も含めてつながれていたらよかったのにと思います。そのような“つながり”があれば、大学院の時代から社会で心理職として働くということがどういうことなのかが分かっていたのではないかと思います。大学院の時代から、「そのようなつながりは大事だよ」と、もっと教わりたかったです。「大学院の時に、つながりの場を提供してくれたらよかったのに」とも思います。

大学の教員をしている先生と、自分達のように現場の心理職として働いている者ではキャリアのあり方が違う。だから、大学の先生のお話を聞いて、「将来、そうなりたいな」と思うことはあっても、自分が社会に出てすぐの姿は想像できないですね。自分のキャリアの将来が見えないです。心理職のあり方も変化していると思います。だから、「少し上の先輩たちからお話を聞いたりとかできたらよかったのに」と思います。

[下山]確かに世代間の断絶もありますね。私の世代では、現場に出た時は、公認心理師もないし、臨床心理士もなかった。そもそも心理職などは世間で認知されていなかった。誰もがそういう中で手探りにやっていた。しかも少人数だったので仲間として集まることができた。その後、臨床心理士という民間資格ができて職能団体もできた。さらに公認心理師という国家資格ができて、医師や行政職など関連するステークホルダー(利害関係者)も増えてきた。それとの関連で複数の職能団体や組織ができてきた。そのような変化の中で心理職にとっては、まさに今、新しい時代が始まりつつあるわけです。

ただ、世代を重ねたことで心理職の社会的地位が安定してきたかというと、そうではないように思います。むしろ逆かもしれない。職能団体や関連学会が並立し、分断している。それで、新人や若手の心理職は、むしろ混乱し、孤立している面があると思います。しかも、各世代で経験していることが異なるので、ベテランの心理職は、そのような新人や若手の心理職の苦労がわからないということもあると思います。
(次号に続く)

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

目次へ戻る

〈iNEXTは,臨床心理支援にたずさわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/)

電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひホームページ(https://cpnext.pro/)より会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

SNSもぜひ、フォローをお待ちしています!
■X ☞ https://twitter.com/cp_inext
■Instagram ☞ https://www.instagram.com/inext_cp/
■Youtube ☞ https://www.youtube.com/@inext3759

臨床心理マガジン iNEXT 第44号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.44-2

◇編集長・発行人:下山晴彦

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?