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キミは、色んな可能性を持つ種だ

Master of EpicというMMORPGがある。前身であるResonanceAge時代を含めると20年以上も続いている老舗のゲームだ。僕はすでに引退しているが、このゲームをオープンベータテストから体験できたのは幸運だった。

MMORPGとしては珍しく成長システムにスキル制が採用されている。職業ごとに決められた特性をレベルアップで伸ばしていくレベル制のゲームに対し、スキル制はすべての特性の中から任意に選んだ特性を個別に強化していく。

職業の縛りがないおかげで魔法が使えるキャラクターを作れるが、特性強化の合計値には上限があるため、筋力や体力などの基礎特性がおろそかになるかもしれない。自由であるがゆえに使い物にならないキャラクターが出来上がる可能性がある。しかし、一度上げた特性は下げることもできる。魔法を捨てて剣と弓だけの脳筋を目指して再び歩き始めてもいい。

戦闘に特化する人もいれば、生産を極めたり、ネタに走ったりする人もいる。そして、どの方向を目指してもそれぞれに多様性がある。色んな人たちが同じ世界を共有していると思うだけで楽しかった。

ゲームを始めると自分に合った職業ギルドを選択して所属するように促される。そこで請けられるクエストをクリアすると回復アイテムや魔法の触媒、専用装備などの物資が支給される仕組みだ。

ただし、ギルドの掛け持ちはできない。魔法剣士を目指すなら、まずは近接戦闘系ギルドに所属して必要なものを一通り貰った後、魔法系ギルドに移籍することになる。

このとき、ほとんどのギルドマスターはプレイヤーを引き止めようとする。ギルドの退会には軽微ながらペナルティーがあり、意図しない退会を防ぐのもNPCの仕事だからだ。彼らはクセの強いキャラクターが多く、威圧してきたり、聞こえないフリをして事務的なギルド退会処理を楽しいものに変えてくれる。

そんな中、鬱蒼とした森の奥に本拠地を構え、キャラも薄味な弓系ギルドマスターがいる。彼はギルドを退会しようとするプレイヤーに対して穏やかにこう言う。

キミは、色んな可能性を持つ種だ。
こんな日が来るかもしれないと思っていたよ。

辞めるんだね?

Master of Epicより、フォレール退会時のガストの台詞

色んな可能性とはもちろんスキル制のことだ。プレイヤーがギルドに入会した時点でその後の成長を予期して、やがて訪れる旅立ちの日までずっと見守ってくれていた。直接的な表現で引き止めたりはしないが、旅立ちへの祝福別れの寂しさが込められた良い台詞だと思う。

冒頭で述べたように僕はすでにこのゲームを引退している。
それでも時々この台詞を思い出すのだ。
ゲームのキャラクターではなく、僕自身も色んな可能性を持つ種なのではなかったか。
種の成長を信じて送り出してくれた人たちに恥じない生き方ができているだろうか、と。