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青っぱな、社会の窓、全開の子どもたちを見なくなったけど・・・

昔、50年以上前の話ですが、小学校低学年の頃、クラスの
同級生のクラスの中に「青っぱな」を垂らして鼻から黄色い筋が
固まっている奴がふたりぐらいは普通にいました。

青洟(あおばな)と呼ばれる青っぽい鼻水は、たんぱく質不足に
よって分泌されることがあるようですが、やはり私が子どもの頃の
子どもたちの栄養状態がよくない家庭がまだまだあったからでしょうか?

また、黄色い鼻水は、細菌やウイルスが体内に侵入し、それを
やっつけるために働いて死滅した白血球や免疫細胞が鼻水に
含まれることで黄色っぽく見えるようです。

身体の中の免疫が働いている証拠ということで、現在のコロナ禍の
中でたくましく生き残っていける子どもとも言えます。

しかし、最近の低学年の児童で青っぱなをたらしている生徒はついぞ
見たことはありません。それだけ、栄養状態がよくなった証拠とも
言えますが、免疫力の低下は消毒過剰な現在、深刻な問題ではないで
しょうか?

いっぽう、その頃、社会の窓を全開にして遊んでいる児童もいました。
その原因を探ると、将来成功する可能性が高いというパラドックスが
想起されます。

社会の窓とは、文字通りズボンのチャックの事です。

「あ、社会の窓が開いてる!」とはやし立てられた経験を持つ貴兄も
ちょっとニヤっと微笑んだのではないでしょうか?ご多分に漏れず
私自身もよく親や友だちに注意されたものです。

原因を調べてみると、おしっこをしているときも次にやりたい事が
頭に浮かんで上の空になり、心が先走りで、窓を開けっ放しで出て
行ってしまう現象が原因のようです。

それだけ、ワクワクして次のことに集中している証拠なのです。
基本的には次のワクワクを想像して今のことにかまってられない
現象とも言えます。

そう言えば、最近の子どもで社会の窓を全開にして遊んでいる姿も
あまり見たことがありません。
また、遊んでいると必ず、口うるさい厳しく叱ってくれるおじいさんも
見かけなくなりました。

私が子ども時代は、そういうじいさんと適当な距離をおきながら、
ときには厳しく叱ってくれるありがたさとうざったさを同時に感じ
ながら、からかったりはやし立てたりしたものです。

昭和の30年代や40年代はそうした風景がありました。空き地も多く、
子どもたちが遊ぶところに事欠かなかったことを思い出します。

その意味では、携帯用のゲーム機ばかりに夢中になっている日本の
子どもたちは物質的には豊かに見えますが、かわいそうな気がします。

フィリピンのスラムで遊んでいる子どもたちにツアーで訪れたとき、
一緒に遊ぶ機会がありましたが、彼らはまったく屈託がなく、何でも
遊びにしてしまう天才児たちでした。

物質的には恵まれてませんでしたが、目が生き生きとして日本の
恵まれた子どもたちと比べて精神的な豊かさを感じました。


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