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#5「紫のインクのペン」

あの娘がいつも使っている、紫のインクのペンには秘密があることを、わたしはもう知っている。あの娘は詩人だ。子どもみたいなつるりとした顔、まっすぐな目の動きからは、まったく予想もできないような、めくるめく官能的な、濃く煮詰められた花の蜜のような薫りの詩を書いている。でもわたしは、それがなぜだかわかってる。あのペン、紫色のインクのペンは、彼女の手を流れる鼓動を読みとり、心臓の奥で鳴っている、時間の音楽のかけらを、一粒ずつ言葉にかえて、さらさらと紙に書き出すのだ。わたしはもうその秘密を知っているから、ふと、あのペンをとって、わたしの音楽を知りたくなった。けど、手にとることはできなかった。こわかったのだ。わたしの心臓の奥に隠した、知られたくないことまで、インクは書き出して行くにちがいないから。あの娘が詩人でいられるのは、ペンのおかげだ。でもあの娘は、自分の奥の奥の秘密までさらけだしても、平気な顔をしていて、わたしはその横顔を見つめて思った、ああ、このひとは、詩人なのだ、と。


Written by 藍屋奈々子 | Illustration by 伊佐奈月

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