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#4 「名もない学生たちの氷漬け」

その日あの娘の横顔を、間近でみた。いつも見ていると思っていた顔、けどいちどもはっきりと焦点を合わせてはいなかったのだとそのときに知る。スタジアムで、大勢の生徒達といっしょに僕たちの学校のチームに声援をおくり、マフラーでぐるぐるまきになりながら温かいお茶を飲んだ。ぼくたちは隣にいて、何も話さなかったけど、同じものを見つめて、同じ喜び、同じがっかり、同じ緊張を分け合っていた。いつもの教室では、同じことをしているようでも、てんでばらばら、実際にみんなが授業の途中で窓の外を眺めてなにを想っているのかなんてわかりゃしない。試合は続き、いよいよ、あと5分くらいでおわる。寒さをがまんするのはもう限界だったけど、ぼくは、ここにこのままこうして君とずっと立って、なにも話さないまま、時間をゆっくり流れるままに止めてしまいたいと思った。まつげが凍り、骨まで冷えて、息をすることができなくなっても。雪の中並んだ氷の像、名もない学生たちの氷漬け、と題字をつけて飾ってもいい。ここに、このまま、いまこのときのまま。あの娘の横顔と、風景、ボールを蹴る音、みんなの話し声。僕の目にうつるそのままに、凍らせることができたらいいのに。


Written by 藍屋奈々子 | Illustration by 伊佐奈月

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