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メリー・ポピンズとヴァイオレット・エヴァーガーデン

 もともとあまり漫画を読む習慣がなく、またアニメを観ることもあまりなかった。離婚してからというもの、自分の自由な時間がふんだんにあるので、Amazon PrimeやNetflix(いい時代になったものだ)で、それまで食わず嫌いに近かったアニメをちょこちょこ観るようになった。最近ハマったアニメは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。アニメをほとんど知らない僕でもその名前は知っている(そして、僕はその名前をあの事件で初めて知った。悲しいことだ)あの京都アニメーションの作品である。

 ストーリーなどについて書かれた記事は数多あるのでここではとくに触れないが、いやそれはもうハマった。ここであらためて「京アニの映像美」について語る必要もないだろう。また劇伴の音楽も、もうこれでもかと言わんばかりに素晴らしい。Netflixではアニメ版1~13話、特別編、外伝を鑑賞できるが、なんど観たかわからない(そしてなんど泣いたかわからない)。その中でも、もっとも泣ける話としては第10話が挙げられることが多く、これにはおおいに同意するものである。それはもう第10話を観て号泣するアメリカ人の動画を観て号泣するほどだ。

 でも僕がいちばん好きなのは第7話であり、これには過去に観た映画が大きく影響している。その映画は『メリー・ポピンズ』(1964)。大女優ジュリー・アンドリュースの映画デビュー作品で、彼女はこの作品でアカデミー主演女優賞を獲得した。彼女の主演作品としては『サウンド・オブ・ミュージック』の方が有名かもしれないがそれはともかくとして、僕の生まれるより10年以上前のミュージカル映画だ。最初に観たのはいつかわからないくらい幼かった頃。家庭用ビデオが普及するようになってからは録画したものをなんども繰り返して観たが、やがてそれはDVDに取って代わった。子供の頃は観ていてただただ楽しかったものが、DVDを手に入れたオッサンは『メリー・ポピンズ』を観るたびむせび泣くようになった。とくにラストの”Let’s Go Fly a Kite”のときには、一緒に歌いながら号泣している。その光景はとてもではないが他人に見せられたものではない。

 この映画に登場するのは1910年のイギリスのとある銀行家の家庭。この家庭に家庭教師(原語ではnannyであり「乳母」とも解釈できるが、登場する子供たちがそこそこ大きいのでここでは「家庭教師」としたい)としてやってくるのがメリー・ポピンズだ。普段は雲の上に住んでおり、絨緞生地の大きなかばん(しかも四次元ポケットのように次々に物が出てくる)、持ち手がオウム(しかも喋る)になった傘を持った、魔法が使える快活な美人(しかも自分の美貌にかなりの自信を持っている)の家庭教師。子供たちは、画面の中も外も、たちまちメリーに夢中になり、一緒に不思議な体験をして、歌って踊るのだ。

 そして、驚いたことに、54年ぶりに続編が制作された。その名も『メリー・ポピンズ リターンズ』(2018)。僕はもちろん映画館で観たが、冒頭で隣家の海軍提督が登場するシーンで懐かしさのあまり涙腺が決壊し、以後エンディングロールまで泣きながら鑑賞した。その光景はとてもではないが他人に見せられたものではない。(そして『リターンズ』には驚きの出演者が登場し、驚きのパフォーマンスを披露するが、それはまた別の話だ。)

 さて、ヴァイオレットの話に戻ろう。彼女には彼女を取り巻くさまざまな所持品がある。第1話で革製とおぼしき手袋をもらい、第2話でシリーズ全体を通して彼女を象徴する服装(制服?)となり、第3話ではタイプライターを入れた革製のトランクで「自動手記人形(作中の、代筆を行う女性の職業名)」の養成学校に出かけている(トランク自体はもともとヴァイオレットの所持品であり、第1話から登場している)。なお、エメラルドのブローチはもはや彼女の一部なので「所持品」には含めない。そして第7話で日傘が登場する。

 第7話でヴァイオレットは、水色の日傘を手に、助走から湖へと跳躍。僕はシリーズ屈指の名シーンだと思っているが、最初に観たときには『メリー・ポピンズ』だ!と大感動した。メリー・ポピンズは、雲の上から愛用の傘を手にふわりふわり舞い降りてくる。傘を手に空を飛ぶのは、僕の中ではがっちりメリー・ポピンズのモチーフなのだ。

 メリー・ポピンズ視点で『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観てみると、特別編ではミュージカルが登場(『メリー・ポピンズ』はミュージカル映画だ)し、外伝ではヴァイオレットがなんと家庭教師になる!またメリー・ポピンズは外出時には必ず手袋をはめるし、そういえば服装もなんとなく似ている。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』には『メリー・ポピンズ』要素が満載だ!(こじつけだとの異論は受け付けない。)

 そんなわけで、Netflixで『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にどっぷりハマってしまい、となれば当然劇場版を観ようかという話になってくる。結論から言うと2回観て2回とも号泣した。アニメシリーズをここまで一生懸命になって観たのは初めてだし、同じ映画を映画館で複数回観たのも初めてだ。ストーリーについて触れた記事は数多あるのでここでは触れない(ことわっておくが書くのが面倒だからではない)が、劇場版はシリーズ集大成として、重畳なストーリー、緻密な描写、圧倒的な映像美をもって鑑賞者に迫ってくる。「アニメシリーズを観ていなくても楽しめる劇場版」との評を多く見かけるし事実その通りだとは思うが物事には順序というものがある。当然ながらアニメシリーズを観て特別編を観て(それぞれ2回ずつ以上が好ましい)外伝を観てから劇場版を鑑賞すべきだ。高級フレンチでメインディッシュだけ食べるような下品な振る舞いはいただけない。

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