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ボレロ

モーリス・ラヴェルの『ボレロ』。あまりにも有名すぎる曲であり、いろいろなところで聴く機会はもちろんふんだんにあったが、強烈に意識するようになったのは大学のゼミでだった。
僕のいたゼミは思想系(政治思想史)だったが、ゼミ発表はゼミ生がそれぞれひとつテーマを選んで徹底的に論じるというものだった。思想や哲学を真正面からとりあげるゼミ生もいれば、エヴェンゲリオンや宗教学(宗教そのものではないことに注意されたい)などを取り上げるゼミ生もいて、毎回楽しみだった。ある日のテーマがテクノミュージック。ミニマルミュージックを源流として位置づけ、電子音楽やハウスなどが現代のテクノにどのような影響を与えたかなどを論じた秀逸な発表であった。ミニマルミュージックでは当然ながらスティーブ・ライヒやジョン・ケージなどが取り上げられ、またここで展開された「差異と反復」が現代思想にどのように影響を与えたかなどにも言及されていたがその話を始めるとキリがないのでここでやめておくとして、2種類の旋律で繰り返される『ボレロ』もまたミニマル的な展開をもつ名曲なのだということを知った。
それからもさまざまなところで『ボレロ』に触れる機会があったが、とくに印象深く忘れられないのを以下に個人的な備忘録として時系列的に書き留めておく。


☆パトリス・ルコントのボレロ(LE BATTEUR DU BOLERO)(1992・仏)

学生時代を京都で過ごしたが、その頃京都市内には単館系のミニシアターがいくつかあった。南区にあったみなみ会館はそのうちのひとつで、メジャーじゃない映画を観るのがカッコいいと勘違いしていた当時の僕(恥ずかしい)は足繁くここに通って、いろんな映画を観ていた。
その中のひとつが『奇人たちの晩餐会』というフランス映画で、それに同時上映されていたのが『パトリス・ルコントのボレロ』である。『奇人たちの晩餐会』は猛烈に面白い映画なのだがその話を始めるとキリがないのでここでやめておく。
『パトリス・ルコントのボレロ』。全編およそ8分ほどの短編映画である。ボレロを演奏するスネアドラム奏者をひたすら映すだけというものでセリフもないのだが、このスネアドラム奏者をジャック・ヴィルレというフランスを代表する喜劇俳優が演じている。たかだか8分の作品なのでもう観てくれと言うしかないのだが、まさに顔芸の極致と言えよう。何回観ても「ブフッ」となってしまう。ちなみにジャック・ヴィルレは2005年に53歳の若さで亡くなってしまった。当時マジで凹んだことを憶えている。

https://youtu.be/NCex9IjPNCo



☆『銀河英雄伝説 わが征くは星の大海』のボレロ

社会人になり部下ができるようなポジションになって数年経った頃、当時の部下に小説版「銀河英雄伝説」を教わりドハマりして全巻(もちろん外伝も)読破した。キルヒアイスが死んだときには翌朝その部下に「お前はいったいなんてものをすすめてくれたのだ。仕事にならないではないか」とラインハルトの口調で詰ったが当の部下は涼しい顔で「よい上官とは、部下の才幹を活かせる人をいうのです」とオーベルシュタインの口調で切り返してきた。
それはともかくとして、小説版からそのままアニメ版にもドハマりした。アニメ版の中で第4次ティアマト会戦を取り上げた『わが征くは星の大海』の戦闘シーン全般にわたって『ボレロ』が劇伴として非常に効果的に使用されている。あまりのテンポの良さに最初はそれが『ボレロ』だとは気づかず、戦闘シーンの終わる直前に「あっこれ『ボレロ』だ!」と気づいて再度鑑賞し直した。

この文章を書いているのは2022年12月18日だが、銀英伝のボレロのことを調べていると、なんと12月30日から『わが征くは星の大海』が4Kデジタルリマスター版が劇場公開されるらしいではないか!なんというタイミング!!しかし福井県には公開劇場がない!!なんということだ!!!


☆ベジャールのボレロ

2007年頃の2月中旬あたりのことだったと思う。深夜1時頃目が覚めて階下に降り、何気なくテレビの電源を入れると、たまたまNHK-BSプレミアムで、たまたまプレミアムシアターを放送していた。見るともなくぼんやりと画面を見ていたが、そのときの演目のひとつにパリ・オペラ座バレエ団の「ボレロ」があった。それまでまったくバレエに興味がなく、もちろんこのときも惰性で見始めたのだが、その強烈な魅力に一発でやられてしまった。20分弱の時間の中に、人間の肉体のなせることをすべて詰め込んだような舞台。

あとでいろいろ調べてみると、振付は、かのモーリス・ベジャール。バレエを知らない僕でも名前くらいは聞いたことのある人だ。NHKで観たときに踊っていたのはオペラ座エトワール、ニコラ・ル・リッシュという人だった。一番有名なのは映画『愛と哀しみのボレロ』で踊っていたドン・ジョルジュだが、これまで男性女性問わずいろいろな人が踊っている。2015年の年末には東急ジルベスターコンサートのカウントダウンでシルヴィ・ギエムがボレロを踊り、これが彼女の引退公演となった。この頃すでにボレロに取り憑かれていた僕は大晦日の家族全員を無理やり説き伏せ(この頃はまだ結婚していたので)リアルタイムでテレ東を鑑賞した。鳥肌モノだった。
死ぬまでに一度でいいから生で観てみたい。

https://youtu.be/m5CFJlzlGKM


☆熱波師宮川はなこのボレロ

時は現在に移って2022年12月14日の大サウナ博。福井の片田舎に住む僕はもちろん参加できなかった(ド平日だし)が、熱波甲子園2022春優勝熱波師の宮川はなこ師の演舞の内容がどうやらボレロだったらしいとTwitterの投稿で目にした。そして別の投稿の集合写真におけるはなこ師のポーズを見て、「あれ?これはベジャールの…?」と思い、入手経路は伏せるが当日のはなこ師の演舞を観て確信した。「あっこれベジャールだ」と。
1959年に鹿の交尾から着想を得たと言われる『春の祭典』が成功をおさめたモーリス・ベジャールは翌年『ボレロ』を発表(以上Wikipediaより)。『春の祭典』同様『ボレロ』も生命の躍動感を前面に押し出したもので、先にも書いたが、人間の肉体にできることをすべて見せつけるような舞台だ。
熱波道もまた生命礼賛であり、生命の躍動そのものだ。そんな熱波道がベジャールの『ボレロ』と親和性が高いのはむしろ当然のことであり、なぜ今まで誰も熱波でやらなかったのかが不思議である一方、宮川はなこが最初にやったのもまた当然という気もしてならない。チャンピオンベルトを高く掲げて左右への伸張、扇ぎつつの膝を入れての着地。そのすべてが生命の躍動。
前衛的ではなく、むしろ王道中の王道。
時代の先を行っているのではなく、むしろマスターピース。
この演舞、5人中5位だったということだがあまりにも不思議だ。ここは審査員の不見識をはっきり指摘しておきたい。

ということで、はなこさんを観て、ひさびさに『ボレロ』について書きたくなったのでした。

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