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対談 都築潤×南伸坊×伊野孝行    第2回「石膏デッサンはインベーダーゲームだ」


都築潤さんは、美術史をつらぬく二つの命題があると言う。それは「形態」と「色彩」。そこに「質感」の問題を立てる南伸坊さん。話は石膏デッサンの思い出に。都築さんは長年、美大予備校でデッサンの指導をしていたことがある。伸坊さんは東京藝大を3回落ちたことがある。私、伊野は美大すら受けていない。美大受験生にも読んで欲しい第2回。(構成:伊野)

黒田清輝は名伯楽か?

伊野 西洋は自分たちのやり方だけだと、これ以上面白いことはできないって気づいて、印象派の頃あたりに浮世絵、キュビスムの頃にアフリカ美術なんかを取り入れますよね。でも、西洋以外では「色彩」と「形態」を二本柱にした論争はしてないわけですが。
現代美術は、今でも西洋美術史の文脈上にあるのかもしれないけど、西欧が絵の中心だとはもう言えないと思うから、そう考えると、色彩派と形態派のどっちが優位とか言う話はどうなってるんですかね。

 伊野くんが言うように、一人の描き手の中に両方の要素があるよね。理屈で考えると二つは対立するんだけど、両方があるから絵になるわけじゃない? 形って言ってる人も色はつけるわけだからね。色があることで出来上がるものがあるから。
でも問題の立て方としては形か色かってことよりも、やっぱり「質感」というものが関係ある気がするんだよね。もちろん抽象画みたいに質感なんてない絵もあるわけですけど。

都築 自分が描くか描かないは別にすると、見たときに認識として入って来て感情を左右するのは、質感もありますよね。

伊野 絵を描いて質感を出すのって、なかなか難しいじゃないですか。瓶が光ってるとこととか。多くの人はそれが出来る人を上手いと思ってるし、逆にホキ美術館の絵みたいに、それが出来るからって別に面白くないってこともありますし(笑)。 
ぼくは美大に行ってないので、わかんないんですけど、デザイン系も石膏デッサンはやるんですか?

都築 やりますねぇ。美術大学の受験のデッサンだと、デザイン科は形態ですね。透視図法的にちゃんと描けてるかを判断するんだと思うんですよ。質感表現は、絵画系の受験で判断されるところだと思います。

 結局、選抜する手段だよね。要するに落とさないといけない。

都築 東京藝大は試験で石膏デッサンをやるんですけど、ぼくの頃は日本画もデザイン科も確か石膏デッサンがあったと思う。黒田清輝が石膏デッサンを持ってきたおかげで。

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■黒田清輝の石膏デッサン

伊野 黒田清輝は画家としては二流でも政治家としては有能だったから、学校や制度を作って、その制度のために、今だに石膏デッサンをやらされるっていうのは不幸ですよね。

都築 二流って言っていいのかどうかわかんないですけど(笑)。でも、黒田清輝は「白馬会」というのを作っていて、日本のグラフィックデザインのパイオニアの杉浦非水とか、アニメーターの元祖の政岡憲三っていう『くもとちゅうりっぷ』を作った人ね、そういう人たちが「白馬会」から出てるんですよ。
[都築 註:白馬会にいたというのは記憶違い。杉浦非水は藝大で黒田に師事、元白馬会の画家たちと『七人社』結成。政岡憲三は葵橋研究所(白馬会付属の白馬会研究所の後身)で黒田清輝に洋画を習っている。白馬会ではないが二人とも黒田との関係は深い。]

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■杉浦非水 三越呉服店ポスター 1914年

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政岡憲三『くもとちゅうりっぷ』(1943年)

伊野 へ~。「白馬会」は藝大とは違って、黒田清輝に心酔してる人が集まった会のようなもんなんですか?

都築 ……じゃないですかね。学閥ではないと思う。藤島武二とかもいて、与謝野鉄幹のつくった文芸誌『明星』の表紙や挿絵は、みんな「白馬会」の人たちが描いてるんですよ。で、その表紙っていうのはほとんどアール・ヌーヴォーなんです。絵画をやってた人が印刷にどういう風に対応しようかっていう時にアール・ヌーヴォーになる。線でヌルヌル描いていくっていう(笑)。

 印刷の技術がね、そこまでしか行ってなかったっていうのもあるよね。

伊野 じゃあ、黒田清輝は先生としては意外に名伯楽じゃないですか。自分のエピゴーネンは求めない、放任主義だったんでしょうかね。

都築 どうだったんですかねぇ。

伊野 でも、さっき日本画の受験にも石膏デッサンの試験があるって聞いて、やっぱり害悪だと思いましたけどね(笑)。だって日本画ですよ。

 だからもう日本画の今までの歴史を、ブツッって切っちゃったんだろね。日本の絵描きの修行法っていうのがあったわけじゃない。その中で個人個人で写生をする人もいただろうけど、石膏デッサンをする人はいなかったよね(笑)。だいたい影無視なんだから。

伊野 石膏デッサンじゃない修行をしてたから日本美術が日本美術だったのに。多感で脳みそも手も柔らかい時期なんで、受験のためとはいえもったいない。

都築 ねえ。

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■ネットで見つけた2016年度入試 東京藝術大学 日本画専攻 石膏デッサン 合格者作品 。ちょっと奥さん、日本画ですってよ、日本画。

余白が空気に見えない

 日本画って影を描かないし、バックも描かなくていい。これものすごく西洋画と違うんですよ。西洋画はバックを同じ色で塗ったってことだけでさ、ものすごく変なことをしたっていう風になっちゃうんだよね。

伊野 マネの『笛を吹く少年』とか。

 マネは、ベラスケスを見て感動して同じように描いたらしいんだけど、でも日本の絵みたいにバックが全く同じ色じゃないんです。やっぱりね、遠近をつけないではいられない。手前にあるものと奥にあるものの関係を作るんだよね。
日本の石膏デッサンではバックに何も描かないのが主流だったんだけど、バックの余白と手前の石膏との関係で遠近感を作るっていう考え方だよね。
立体感っていうのはモノに光が当たっときの当たり方を詳しく見ていくことによって出来るわけじゃない。石膏は白いからその立体感をあらわすための陰影が単純化できてる。色がついてるものより簡単なんだ。トレーニングのためなんですよ。色があると複雑になるから単純にしてあるんです。
ようするに影の形とトーンを描くことが物を描くことになる。でもこっちは日本人だからさあ、輪郭を捉えようとするんだ。先生の方も日本人だから「後ろ側が描けてない」とか禅問答みたいなこと言う。「後ろ側は描けねぇだろう見えねえんだから」って(笑)。

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■エドゥアール・マネ『笛を吹く少年』(1866年)

伊野 都築さんも予備校で教えてる時に言ってたんじゃないですか「後ろが描けてない」って(笑)。

都築 えっとね「余白が空気に見えない」ってよく言ってましたね。それは正直に思ってたことなんですよ、余白が空間に見えないって。描いた部分によって描かない部分が空間に見えるっていうのが、ぼくは好きだったんですよ。自分が描いてる時も。

南 オレはさ、最初、石膏デッサンの背景まで描いててさ、周りを見るとなんか違うわけ。あー背景描いちゃいけないのかって(笑)。
結局ね、本当はバックまで描かないと実在感は出ないんですよ。バックが真っ白ってことはカンペキ逆光で見てるって理屈だから。壁がたとえ白かったとしても、角度がついてたりとかして、必ずしも石膏とバックとの関係は同じじゃないわけね。影を追って描いて行くんだけど、強調したり手加減したりして描かないと、目で見えてるような形や感じにはなってくれない。それを「空気を描け」とか言うわけなんだろね。

都築 空気とか空間とか。そういうことだと思いますね。

伊野 さすが藝大を3浪してる伸坊さんの言うことは説得力がありますねぇ(笑)

南&都築 うはははっ!

 石膏デッサンやってて思ったのはね、反射光ってのがあるわけです。室内の電灯とか窓から入ってきた光だけじゃなく、その光が壁や床に当たって石膏に当たる。石膏の置いてある台からも反射がある。そういう観察を細かくすれば立体感が出せる。一種のコツなんだけどさ、簡単に教えたくないのかね。(笑)

伊野 どうでしたか?都築さんは。

都築 私立大学の入試だと石膏よりも静物が多いですね。あと卓上とか。教えてた頃の受験はそういう感じでした。

 予備校は受験のためのテクニックを教えるって風になってて、藝大に入るためのデッサンと武蔵美に入るためのデッサンは違うって言うんだよ(笑)。何年かするとそういうのがわかって来るんだけどさ。みんな上手いヤツの真似をするから流行るんだよ。静物画の着彩もムラをちょっとつけるとカッコイイとかさ、流行りがあるんだよ。絵の具のテクスチャーを出す面白さとかね。

都築 あれ、出ますよね。

 静物画の着彩描いてる時にさ、ピカピカに光った茶筒があったんだよ。そこに周りのものが写り込んでるのを全部描いていったらさ、一挙にピカピカに光ってくるんだ。

都築 そう、最初はなかなか気づかないんですよね。気づくと面白くなって。

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■ネットで見つけた光りもの静物デッサン2点。

伊野 よく観察することで絵が良くなったり、変わったりする、っていうことはすごくいいことだと思うんですが、それ、別に茶筒描かせて、選ばないでもいいんじゃないかなと思いますけど(笑)。観察するという考えは大事ですよ。なんか他に方法ないんですかね、試験の。

 考えというよりテクニックの試験だよね。そういうテクニックっていうのは、今はYouTubeとかに、実際描いてる動画を上げたの見られるじゃない。あれで充分なんだよね。このあいだ、面白かったのはさ、今は接客のやり方を動画で見せるとみんなの技術が一挙に上がるんだって。いろいろしつこく文章でマニュアル書いてもダメなんだ。読まないから。それはさ、言ってみれば、昔の徒弟制度の時の、親方と弟子の関係なんだよね。

伊野 ああ、見て覚えろっていう。

都築 動画はいいかもしれないですね、受験のデッサン学ぶのに。

石膏デッサンはインベーダーゲームとまったく一緒

伊野 そうやって受験のテクニックを学んでも、デッサンの技術は大学に入ってしまえばいっさい関係なくなりますよね。あの基礎訓練は一体なんだったんだって。

都築 うん、関係なくなりますね。ぼくは予備校の講師を始めた時に「これは大学に入るためのもので、デッサンが上手くても絵が上手くなるわけではないし、発想が良くなるわけでもない。大学に入ったら終わるから。またゼロからスタートになるから」って生徒に言ってました。
予備校によっては神格化して、デッサンだけ上手くなって発想力のない人がどんどん生まれたりってところもあったと思うんだけど。

伊野 都築さん本人は受験する時に気づいてたんですか?

都築 えーとね、いや、あんまり覚えてないですね。先生もぼくの時は言ってくれなかったですね。たぶん知ってたと思うんですけど、いちいちそんなこと言うのめんどくさいんじゃないですかね(笑)。
でも最初に石膏デッサン描いた時に、石膏って継ぎ目があるんですよ。バリみたいなのが。あれをちゃんと描いたんですよ。そしたら下段(評価されない)になって。なんでここまでちゃんと観察して描いてるのに何でだろうって思って(笑)。

 だってあるんだからね、バリ(笑)。

都築 それがわかるまで長かったですね。デッサンって絵を描くための基礎だと思ってる人がすごく多いから、デッサンをやってないことが劣等感になってる人も結構いて……だからデッサンをやった経験があって、その上で「なーんだ、役に立たないんだ」って思うのが一番いいかなとは思いますね。デッサンの技術が必要な作画ももちろんありますけどね。

南 ピカソの話なんかをするとさ、ピカソは学校がウチだったわけじゃない、親父が画家で絵の教師でさ。それで子どもの時は面白がって描いてたと思うんだけど、まわりも「すごい、すごい」って言うでしょ。あれだけ描ければね。だけど自分じゃ面白くなくなってったわけじゃない、上手い絵が。で、いろいろやった挙句に、最後に「自分は子どもの描くような絵が描けるようになった」って。そのことを美大に行く前の、小学校の教科書とかに書いて欲しいね。

伊野 そう!だいたい世間の人は、「ピカソはあんなメチャクチャな絵を描いてるけど、ほんとうはデッサンがすごく上手いんだ」ってところに感心してますからね(笑)。逆ですよ。あんなに上手く描ける技術を捨てたことが偉いんであって。そこのところを美術の教科書に書いておいて欲しい。

都築 そういう目線はあんまりないんじゃないかな。

 うん、ないんだよ。

15歳のデッサン

■ピカソ15歳の時のデッサン

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■パブロ・ピカソ『アビニヨンの娘たち』(1907年)ピカソ26歳、上手さとの決別。

都築 デッサンはね、ぼく好きだったんですよ。デッサンから何を学んだかと考えると「要領」とか、あとなんだろ、12時間くらいで一枚の絵を完成させるとしたら、「何時間で切ってもそれぞれの完成がある」ということ。それがわかったんですよ。石膏デッサンでもふつうの人物デッサンの場合でも。それってスポーツでも覚えられると思うし、他のことでも覚えられるかもしれないけど、自分はたまたまデッサンをやってて、そのおかげで覚えたってことに感謝してますね。

伊野 ぼくもセツに行ってた時は、授業の2時間くらいで完成させるんですよ、絵を。バサバサ描いたような絵なんだけど、そんな短時間でも完成形があるってわかった。それで「なんだ絵ってこんなに早く描けるもんなんだ」と思いました。それまでは何日もかけて描くもんだと思ってたけど。

都築 そう、それと同じようなことだと思います。

伊野 でも片や、リアルな絵を見てると、完全にリアルに描けたところが完成じゃないですか。西洋の古典絵画を完成形だとすると、ターナーとか印象派の絵は、途中でやめたような絵とも言えますよね。完成させる途中で「あ、ここいいじゃん」って気づいたというか。そういうことを都築さんも感じてたということですかね?

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■ウィリアム・ターナー『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』(1844年)

都築 ああ、そういうことを感じてたのかな。よく覚えてないけど、自分の中で確実に、3時間くらいで描くと一番カッコいいなとか、30分くらいで描くならこの辺が完成形かなっていうのはありましたね。

伊野 じゃあ、石膏デッサンも未完成のカッコよさみたいなのあるんですか?(笑)

都築 あるんですよ。カッコいい描き出しとか !(笑)。

伊野 へぇ~。ぼくは完成された石膏デッサンを貼ってあるのしか見てないから、そういう段階のカッコよさは知らなかったなぁ(笑)。

都築 「描き出しのカッコいい石膏デッサンが一番カッコいい!」って思ってたこともありましたね(笑)。またそれも人によって違ってて。高校の時はちょうどインベンダーゲームが流行ってたんですけど、インベーダーゲームも人によって殺し方が違うんですよ(笑)。

南&伊野 あははは!

都築 カッコいい殺し方ってのがあって。それと全く一緒(笑)。

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■『スペースインベーダー』株式会社タイトーが1978年に発売したアーケードゲーム。

伊野 溜めておいて殺すとか?

都築 という人もいれば、最初から全部おんなじパターンで秒殺していくとか。デッサンの描き出しを見ててもそういうのあって、それぞれカッコいいんだけど。でもカッコ悪いっていうのもあって、そうはなりたくないなって(笑)。

伊野 どういうのですか?

都築 ……なんていうのかな、バランスかなぁ?いや、でもわかんないですね、また自分の年齢によっても見え方も変わってきますからね。

 うん、そうだね。全体的に進めないで、ほんとに端っこの方から順番に描き出して、途中までは完成してるって人もいるもんね。

都築 そう(笑)いる、いるんですよ。それですごく上手い人もいるんですよ。

(つづく)

第3回はこちら→「芸術やるんだったら絵なんて描いてたらダメだった

プロフィール

都築潤 
1962年生まれ。武蔵野美術大学芸能デザイン科卒業。四谷イメージフォーラム中退。日本グラフィック展、日本イラストレーション展、ザ・チョイス年度賞、年鑑日本のイラストレーション、毎日広告賞、 TIAA、カンヌ国際広告祭、アジアパシフィック広告祭、ワンショウインタラクティブ他で受賞。アドバタイジング、インタラクティブ、エディトリアル等、種々のデザイン分野でイラストレーターとして活動。http://www.jti.ne.jp/

南伸坊
1947年東京生まれ。東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。美学校・木村恒久教場、赤瀬川原平教場に学ぶ。『ガロ』の編集長を経てフリー。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。著書に『のんき図画』『装丁/南伸坊』『本人の人々』『笑う茶碗』『狸の夫婦』『私のイラストレーション史』など。https://www.tis-home.com/minami-shinbo/

伊野孝行
1971年三重県津市生まれ。東洋大学卒業。セツ・モードセミナー研究科卒業。第44回講談社出版文化賞、第53回 高橋五山賞。著書に『ゴッホ』『こっけい以外に人間の美しさはない』『画家の肖像』がある。Eテレの『昔話法廷』やアニメ『オトナの一休さん』の絵を担当。http://www.inocchi.net/



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