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『食」が動かした人類250万年史』生命科学と食の組み合わせ(世界の歴史)

 著者は生命科学者でありながら、食の歴史に詳しく、本書はその二つの知識の組み合わせから生まれたものになる。

 人間はあらゆる動物の中で、もっとも食べ物を美味しく食べれるように進化したと筆者は言う。臼歯(きゅうし)が発達したのは、デンプンなど根に蓄えるイモなどのとても硬い食物繊維の多いものを食べてきたからだ。(原生のイモは現在の栽培品種のように柔らかくない)一方、発達した犬歯や裂肉歯をもたない人間が本格的な肉食をするためには石器という道具が必要だった。

 肉食によって大きくなった脳では、特に大脳の最前方に位置するブロードマン10野が発達した。しかもブロードマン10野は本来まずいものを美味しいものに変えてしまうことができる。人間以外の動物は苦いものは口にしない。コーヒーや唐辛子料理により、βエンドルフィンなどのホルモンによって痛みを和らげ、快楽を生み出すのがブロードマン10野の役割だ。また人間は、発達した鼻腔に口の中にある食べ物の匂い(口中香)が送り込まれ、豊かで深い味わいを感じるようになる。

 本書は食の歴史を、先史、古代、中世、近世、近代、現代に分けて解説している。特に中世におけるイスラームの拡大が、アラビア半島という砂漠地帯という貧しい地域から生まれ、食料の生産力の上がる地域を支配していったとする説は面白い。また、もともとサトウキビからの砂糖の製糖技術は、7世紀のはじめにインドからササン朝ペルシアに伝わったものだが、砂糖の大規模農園はイスラームからはじまり、ヨーロッパに伝わったことで、大航海時代以降に砂糖のプランテーションが進んだ(植民地であった国々が、宗主国に輸出することを目的とした作物を栽培する為に開発された大規模農園)という説も面白い。赤ちゃんの口に砂糖を入れるとうっとりとした嬉しそうな顔になるように、人間は生まれたときから砂糖を美味しいと思う。そのため中世のように甘いものが少ない時代には、砂糖がプランテーションの植民地拡大の大きな動機になったというのだ。

 近代では空気中の窒素から化学肥料を作るハーバー・ボッシュ法がドイツで生まれ、このイノベーションが農業による食料生産が飛躍的に向上した。ちなみに第二次大戦後、ドイツはハーバー・ボッシュ法を秘密にしようとしたが、発明者のボッシュ自身が工場の建設に必要な情報を戦勝国に渡してしまったらしい。
 現代の食ではフードテックを取り上げているが、私としては「野田モデル」というシステムの普及が日本において盛んになることを望む。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。