見出し画像

10年前の僕は、tofubeatsなんて聴きながら恋をしていた

満員のフロアで流れる音楽に、僕はいまいち乗り切れないでいた。

音楽で身体を揺らしながらも、頭の片隅ではあの子を探していた。この満員の観客の中に、もしかするといるかもしれない。そんな期待が微かにあった。

このライブの主役、tofubeatsがきっかけで出会ったあの子。今どこで何をしているのかはわからないが、この場に来ていても不思議ではない。

tofubeatsメジャーデビュー10周年を記念したライブが、2023年11月26日に恵比寿The Garden Hallで開催された。

クリスマスを控え既に、恋人たちの一大デートスポットと化した恵比寿ガーデンプレイス。この中にある小綺麗なホールに、1500名の観客がぎっちりと入っている。この落ち着かない環境で見るtofubeatsのライブは少し違和感があり、少し遠くから眺めているような感覚があった。

そんなとき、この曲が流れた。

「朝が来るまで終わる事のないダンスを」

2012年、深夜のクラブで何度も聴いた曲。11年前の記憶がフラッシュバックする。気づけば僕はあの頃のように音楽に身を委ねていた。

2012年、朝が来るまで終わる事のないダンスを

渋谷かどこかにあるライブハウス、観客は多くはないが少なくもない。tofubeatsは「朝が来るまで終わる事のないダンスを」を流していた。

開けたフロアの前方で、ボブヘアの女の子が楽しそうに踊っている。僕は少し離れた場所で音楽に乗りながら、彼女の踊っている様子を見ていた。まわりには僕や彼女の友人たちがいる。

彼女と目が合う。彼女はにこりと微笑む。胸が高鳴る。彼女につられて、僕は思わず動きが大きくなる。音楽と一体となるような感覚。そこに彼女がいた。

朝が来るまで終わる事のない音楽を
朝が来るまで終わる事のないダンスを

いつまでもダンスを踊り続けていたいと思った。

僕は彼女に恋をしていた。

2013年、水星


「あれ、来てたんだ! 言ってくれたらよかったのに」

僕は大失恋をして、その傷がまだ癒え切らないころ、tofubeatsが出演するクラブイベントに来ていた。たしか代官山の箱だったと思う。そこに彼女がいた。彼女と会うのは数ヶ月ぶりだった。

イベントがはじまる。彼女は以前と変わらずに、ボブヘアを揺らしながら楽しそうに踊っていた。終盤になり「水星」が流れる。tofubeatsの歌に合わせて、観客が思い思いに歌っている。

きらきら光る星のはざまでふたりおどりあかしたら
もっと輝くところに君を連れて行くよ

彼女が踊っているのが見える。彼女と目が合うことはなかった。既に彼女との関係は終わってしまっていた。音楽は既に終盤を迎えていた。それでも僕は、音楽が鳴り続けるあいだだけでもダンスを踊っていたいと思った。

2023年、水星

10周年ライブは最後の曲を迎える。tofubeats最大のアンセム「水星」だ。盟友・オノマトペ大臣がゲストで登場し、リリース当時のタッグで曲を歌う。

10年前のあの頃と同じように大合唱になる。そこにいる誰もが、それぞれの思いとともに「水星」を歌っていた。

最後の音楽が終わり、10周年ライブは幕を閉じた。終演後のロビーで何人か見覚えがある人がいたような気がした。その中にあの子もいたのかもしれない。

かつて同じ時間を過ごした人たちが、10年ぶりに同じ会場に集まったかもしれないこと。もう会うことはないのかもしれない。それでも同じ空間で、あの頃の音楽を聴いてダンスを踊ったことはかけがえのない時間だと思う。

会場を出たあと、僕はここ1年半のあいだ、シェアハウスで出会った友人たちと合流し、居酒屋へと向かう。10年前の音楽は既に鳴り止んでいて、記憶は余韻となってうっすらと残っていた。

いつかは音楽が止まり、ダンスは終わる。それでもあの頃の曲が流れれば、きっとまた思い出すのだろう。

僕たちはそういうことを繰り返して生きていく。

この記事が参加している募集

イベントレポ

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?