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ビジネスモデルキャンバスで学ぶ事例~9割が失敗すると言った服のサブスク、”エアークローゼット”成功の秘訣~【後編】


 この記事では、ファッションサブスクで国内トップクラスのユーザー数を誇る『airCloset』について、その発想の経緯や成功の秘訣などについて記述している。前編からの続きなので、ぜひ前編から見ていただきたい。

目次
前編
1.BMCとは
2.創業者の想いとairCloset発想の経緯
3.ファッションレンタルサービスの発想
後編  ⇐ここから!
4.ユーザーのことを第一に考える
5.最後に
番外編
6.地道なコスト削減の取り組み
7.ユーザーの離脱率を低下させるための取り組み

4.ユーザーのことを第一に考える

 「仕事や育児で忙しい女性向けのファッションレンタルサービス」という基本のサービス形態が決まった。これを読んでいる読者の皆さんなら、このサービスをさらに具体化するうえで、どのようなモデルを考案するだろうか。ここで読む手を止めて考えてみてほしい。

 彼らは当初、どのようなモデルを考えていたかというと、「お洋服が一覧で表示されて、借りたいお洋服をユーザーに選んでもらうモデル」を考えていた。だが、これには大きな問題があった。それは「忙しい女性」というユーザーのことを第一に考えれば、明らかになる。

 彼女たちの日常生活を想像してみよう。彼女たちの日々の生活は、「朝食を作る→メイクや服選びなど朝の支度をする→子どもを幼稚園に送る→仕事に行く→子どもを迎えに行く→夕食を作る」というように、朝から夜までほとんどすべての時間を仕事と育児に費やし、自分のために使う時間がほとんどないはずである。そのため、数多くある服を閲覧し、その中から欲しい洋服を選ぶ手間をかけられない可能性が高い

 加えて、自分で服を選ぶモデルだと結局いつも自分が選んでいる服を選ぶだけになってしまい、本当の意味で「ワクワク」する体験を生み出せないのではないか。この状態では、『airCloset』が一番価値を届けたい忙しい女性に利用してもらうことはできない。「いかに忙しい女性に”手間なく”、ワクワクするファッションに出会ってもらうか。」このことを突き詰めなければならない。

 そこで、創業者の天沼さんが考えたのは、「パーソナルスタイリング」という仕組みだ。
 パーソナルスタイリングとは、ユーザーが職業や服のサイズ、全身の写真など約50項目の10分程度で終わるアンケート(注1)やどのようなシーンで活用するコーデが欲しいかなどのパーソナルデータを送れば、airClosetが「AI」と「プロのスタイリスト」を駆使して、ユーザーに合った洋服を選び、届けてくれるという仕組みである。

 このことで、ユーザーは服選びに時間を費やす必要がなくなり、忙しくてもサービスを利用しやすくなる。さらに、スタイリストが服を選んでくれるので、普段自分では選ばない、自らをさらに輝かせてくれるような洋服に出会うことができ、「ワクワクするファッション感動体験」を届けることが可能になる。

パーソナルスタイリングの仕組み(自主作成)

(注1)アンケートの一部に、パーソナルスタイリング診断というものがあり、骨格やパーソナルカラーを自動的に診断してくれ、それを基に「似合うスタイル」や「見られたいスタイル」などのイメージ画像を提示してくれる。さらに、「パーティーに着ていけるような華やかなコーデはいい」「仕事に来ていける落ち着いたコーデがいい」という要望も送ることができ、より自分のニーズに合ったコーデと出会うことが可能になっている。
画像出典:airCloset公式HP 「パーソナルスタイリング診断」
〈https://www.air-closet.com/personal-styling-shindan/〉

 では、パーソナルスタイリングをどのようにして実現しているのだろうか。カギとなるのは、AIスタイリストだ。

 AI構築については、AI活用・データ分析を行うデータサイエンティストの専任チームがあり、システム構築も内製化して、素早くAIを洗練化させられる状態を創り上げている。
 さらに、ユーザーから使用後に送られてくるコーデの評価をAIに蓄積し、AIのレコメンドの精度を向上させることで、よりユーザーに合ったコーデを提供できるような状態を創り上げている。

 スタイリストについては、独自の研修等を行い、プロのスタイリストとして十分な価値を提供できることを会社が認めた方が300名以上在籍している。

 なぜ、300名を超える多くのスタイリストが参加してくれているかというと、「オンライン」でスタイリングできるというこれまでにない価値をスタイリストに提供できているからである。『airCloset』におけるスタイリングの業務フローは、AIにより提示された十数着のコーディネートの候補とユーザーのパーソナルデータを基に、スタイリストがユーザーにあった服を選ぶという手間がかからない形になっている。対面のコーディネートであれば、1日に2〜3人のコーディネートしかできなかったところを、AIを活用したオンラインでの業務を可能にしたことで、生産性を飛躍的に向上させているという。
 1人でも多くのコーディネートを行い、スタイリストとしてのスキルを洗練化させられ、オンラインで仕事ができる気軽さを『airCloset』はスタイリストに提供しているため、多くのスタイリストが参加してくれるのである。

 さらに、AIが提案したコーディネートからスタイリストがユーザーに合った服を選ぶパーソナルスタイリングの仕組みは、「特許」を獲得しており、他社が真似できない仕組み作りがなされている。また、使えば使うほど『airCloset』にデータが蓄積し、自分に合った服が届くようになるため、ユーザーと強固な「継続的関係」を結ぶことができ、離脱率を下げる仕組みになっている。


パーソナルスタイリングについて (自主作成)

 ここまでの話をBMCにまとめると、airClosetはKey Activityの「パーソナルスタイリング」によって、「洋服が一覧で表示されて、借りたい洋服をユーザーに選んでもらうモデル」から「スタイリストがスタイリングした洋服を、ユーザーに届けるモデル」へと変化させ、忙しい女性がサービスを利用する手間を削減した。そしてKey Resourceには、「AIとスタイリスト蓄積した顧客データとパーソナルスタイリングの特許」が入る。

さらにユーザーのことを考える

 『airCloset』の価値提供を実現するための取り組みはまだ終わらない。
 『airCloset』はレンタルサービスなので、服のレンタル期間が終了したら、次のユーザーのためにクリーニングを行う必要がある。クリーニングについて、最初は「ユーザー側に行ってもらい、服を返却する形」を想定していた。

 だが、ここで一歩立ち止まって考えた時、天沼さんは、忙しい女性の方に対して、いつまでに返してくださいとか、クリーニングして返してください、では「時間の価値」を高められていないと考えた。

 そこで「ならば返却期限を無くして好きな時に返せる形にして、クリーニングも我々がさせていただく。そうすればお客様が時間を気にせず届いたお洋服をたくさん着ていただけるし、お返しいただいたら次また新しいお洋服が届くまで待つだけでいい。忙しい中でも、たくさん“ワクワク”するファッションとの出会いが作れるんじゃないか」と考えた。

 本来、レンタルサービスの在庫管理において必要なことは、保管・検品を行うことだが、そこに「クリーニング」まで入れこむ、「独自の倉庫管理システム」を構築しようと決意したのだ。
 そうすることで、忙しい女性が、洋服を着用し、そのまま返却したら、次また新しい洋服が届くまで待つだけでいい、手間がほとんどないサービスを実現できる。


倉庫管理システムの仕組み (自主作成)

 ただ、このシステム構築にはかなりの苦労があった。
 保管・検品だけでなく、クリーニングまで倉庫で行うというシステムは当時存在せず、ゼロから練り上げる必要があったのである。自社で倉庫を創り上げることはコストが高すぎるため、既存の倉庫会社と手を組もうと考えたが、当時クリーニングの機能まで持っている会社は皆無で、パートナー探しはかなり難航した。
 
 それでも地道に倉庫業を運営する会社に足を運んでいると、ターニングポイントが訪れる。「寺田倉庫」との出会いだった。
 寺田倉庫は、1950年に創業され、現在はワインや美術品をはじめとした保管が難しいモノの保管サービスや、顧客が保管品をいつでもスマホから1つ1つ確認でき、個別に保管品の配送もしてくれる次世代のトランクルーム、minikuraなどを運営している企業である。


寺田倉庫のビジネスモデル図解(井上研究室監修のBM図解を基に作成)

 寺田倉庫の担当者に創業メンバーが『airCloset』の物流面についての課題を話すと、「うちだったら、3カ月でやれるんじゃないですか」と答え、すぐに『airCloset』を実現させるために必要な仕組みを書き出していった。そして3ヶ月で本当にこの仕組みを構築してしまったのだ。
 
 なぜ寺田倉庫はこの課題を解決することができたのだろうか。それは、寺田倉庫がminikura事業で「顧客から預かった荷物を開封する」という業界のタブーに挑み、個人顧客向けに個品管理サービスや、オプションとして「クリーニングサービス」も提供し、これまでの倉庫では成し得なかったオペレーションを開始していたからである。そして、minikuraのシステムと他企業のサービスを連携させるAPIを構築し、物流プラットフォームを他企業に提供するビジネスモデル、minikura+をちょうど考案していた最中に、airClosetと出会ったのだ。
 天沼さんも「寺田さんが『作ってみよう』とおっしゃってくださったので前に進みました。それがなかったら、サービスは開始できていなかったかもしれない。このタイミングで、事業会社とパートナーシップをしっかりと組めたのは重要な出来事でした」と語っている。
 
 寺田倉庫の協力を取り付けたことで、倉庫管理システムの構築がスタートする。
 倉庫内での主なオペレーションを寺田倉庫と協力して創り上げ、クリーニングなどのメンテナンスに関しては中園化学の協力も得て、クリーニングの仕組み作りをゼロから構築していった。この仕組みを創り上げたことで、さらに忙しい女性が『airCloset』を利用する手間を削減することが可能になった。
 
 ここの話をBMCにまとめると、『airCloset』は、寺田倉庫や中園化学というパートナー企業とタッグを組み、Key Activityである「独自の倉庫管理システム」を構築した。そのことで、「ユーザーが服をクリーニングしてから返却するモデル」から「クリーニングをairCloset側で引き受け、ユーザーは服を着用し、そのまま返却するだけの手間が少ないモデル」に変化し、さらに忙しい女性が手間なくサービスを利用できる形が実現されたのである。

airCloset利用の流れ
(airCloset 2023年6月期第1四半期決算説明資料p9を基に自主作成)

 また、ここまで読んでくれた方はお分かりだろうが、『airCloset』の提供価値を「ワクワクするファッションと出会う感動体験」だけで片付けてしまってはいけない。忙しい女性に利用してもらえるように「手間のないファッションレンタルサービスを通したワクワクするファッションと出会う感動体験」を提供していると言い換えた方が適切であろう。

(注2)寺田倉庫と倉庫運用の面で、提携していたのは2018年まで。現在はminikura事業などで引き続き連携をしている。その後は、大和ハウス工業が開発した施設に物流拠点を移し、大和ハウス工業とパートナー関係を結んでいるため、記載している。 (注3)airClosetは現在12ブランドのアパレルと関係を持ち、服の仕入れを行っている。アパレル会社のメリットは、①「新規顧客開拓のためにairClosetと手を組むことで、ブランドに認知を獲得することができる点」、②「物販事業だけではお客様から服の評価の声を多く得ることができないが、airClosetを活用すれば、お客様から服についての評価を多く獲得でき、商品開発に活かせる点」が挙げられる。

5.最後に

 『airCloset』は、「忙しい女性に価値を届けることを第一に考える」ことで、パーソナルスタイリングや倉庫管理システムという独自の仕組みを考え、それらをAIやスタイリスト、キーパートナーによって実現した。
 現在『airCloset』は約80万人ものユーザーを抱えるファッションサブスクのトップ企業へと成長し、2022年には東証グロース市場に上場した。ユーザーからは、「出かけること、人と会うのが楽しくなる」、「仕事から帰ってくると『airCloset』の袋が届いており、試着したら気持ちが晴れやかになって、疲れ切っていたにも関わらず買い物に出かけた」、小さな子どもから「今日のママはキラキラしていてお姫様みたいと言われた」など多数の「感動体験」のコメントが寄せられているという。創業者たちが実現したかった「忙しくても“ワクワク”するファッションと出会う感動体験」は確実にユーザーに届いているようである。
 
 
 ※番外編では、ここまでで伝えきれなかったairClosetの強みや魅力を分かりやすく補足説明してあるので、興味のある方は併せて見てみてください!!
 
 
 
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