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『シン・ニホン』10万部突破の御礼と、ここまでを振り返って(NewsPicksパブリッシング)

「NewsPicksパブリッシング」を創刊してから8ヶ月。
とても嬉しいニュースがある。
『シン・ニホン』がレーベル初の10万部を突破したのだ(いまは電子含め12万部まで数字が伸びている)。

10万部を突破してすぐのミーティングは、チームメンバーの前で「いやあ、10万なんて単なる節目ですからね」とカッコつけてしまったが、心の中ではしっかりガッツポーズしていた。
結果には人並み以上にこだわりがある。

メインストリームへのこだわり

かつて、僕は「ひとり出版社」を立ち上げようと本気で考えていた。
本をつくるだけではなく、「本が生き残る仕組み」をつくりたい、と思っていたからだ。
ただ、その後いろいろと悩んだ末、NewsPicksの中で出版部門を立ち上げる道を選んだ。

自分だけのひとり出版社をつくれば、すべて自分の思い通りの、小さく、しかしとても純粋な場所ができたことだろう。でも、それでは出版業界全体には何の影響もない。

純粋で小さなオルタナティブを立ち上げるより、自分はメインストリームを1ミリでも動かしたい。
そう思ってNewsPicksに来たからこそ、業界内でもヒットの基準と呼べる10万部は素直に嬉しい。

あらためて、『シン・ニホン』という大作を新興出版社に預けてくださった安宅和人さんに御礼を申し上げたい。そして、それを売ってくださった書店、運んでくださった取次のみなさんと、小人数で理想の展開を実現してくれたチームメンバーにも。もしひとり出版社をつくっていたら、10万部なんてありえなかった。

メインストリームに一石を投じたなんて言える日はまだまだこない。
だけど、せっかくの機会だから、創刊からここまでの本を「なぜ出したのか」に焦点を当てて振り返ろうと思う。ずっと走ってばかりだったので、たまには。

「新たな現実を創ることが最高の批判である」

0.1秒の奪い合いから脱し、「スタンスの明確な出版社」を目指したい。
そう宣言してレーベルを立ち上げた。

現在のマーケットに最適化するのではなく、「こういう未来を創りたい」という明確な意志が宿った本、どこに向かいたいかの矢印が明確な本をつくりたかった(我ながら恥ずかしいことを言うやつだと思うが、本音なのでしょうがない)。

自分たちの意志を明確にするために「経済と文化の両利き」というコンセプトも掲げた。

「新たな現実を創ることが最高の批判である」

これは、創刊の『他者と働く』(担当編集:中島洋一)中の一節だ。

そして、レーベルが立ち上がった理由そのものでもある。

全体的に厳しい状況が続く出版業界の中で、なにかを言葉で「批判」するだけのかつての自分が嫌だった。何か形をつくりたかった(その「何か」はよくわかっていなかったが、とにかく一歩踏み出すことにした)。

実際にレーベルをゼロから立ち上げると決めてからは数えきれないほどの失敗を重ねた。

「ああ、今ここにいるのが自分でなければ、もっとうまくやれただろうに」と何度思ったか数えきれない。人生の悔しかったことランキングトップ10は編集長になってからの一年に集中している。

「新たな現実を創ること」はまったく理想どおりにはいかない。

温めてきたアイディアが全然通じない。

数字がついてこない。

次々に緊急の仕事が舞い込んで、大事にしたかったことに時間をかけられない。

が、それでも口だけのかつての自分と比べると前に進んでいると思えた。
今も思いどおりにいかないときは、この言葉を思い出す。

ままならない経済の中であがく

自分は言葉の力を信じて出版業界にきたわけだが、最近残念ながら言葉「だけ」の価値は相対的に軽くなってしまった(少なくともそう捉えられるようになってしまった)と感じる。
何かを口にしたとたん、「じゃあそれを自分で形にしてみたら?」というブーメランが返ってくるからだ。
どんなに素晴らしい言葉も、「新たな現実」を創らなければ変化は生まれない。
そして、「新たな現実」を創るためには経済的に持続可能なビジネスモデルが必要不可欠だ(そして、理想と経済をバランスよく両立させることは極めて難しい)。

だから僕は経済(的観点から見て成立すること)をとても大切にしている。
その観点から事業の立ち上げには強い関心があり、レーベルでもこの分野は重点的に本をつくった。
『他者と働く』と並ぶ創刊のもう一冊『編集思考』では、NewsPicksの元編集長でもある佐々木の、新しい発想を生む思考術を形にした。

『編集思考』で新たな発想を生み出し、『他者と働く』でわかりあえない他人と協働する。自分自身でやってみて実感したが、先の見えない中新しい取り組みを立ち上げるときほど、他者との対話を必要とすることはない。

しかし、発想と仲間だけでは「新たな現実」は創れない。事業として成功させるには、また違ったノウハウが必要になる。

そこで新規事業開発のプロ、アルファドライブのCEOでありNewsPicksの執行役員でもある麻生要一に『新規事業の実践論』を書き上げてもらった。

社内の巻き込みや合意形成も含めて、ここまで実践的な本は他にないと自信を持って断言できる。
(結果的に創刊してすぐ身内の人間の本が2冊出ることになったが、二冊とも最適の著者だったから、世に出すことにためらいはなかった)

そして、5/29、共著『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動するか』を出版した。
起業家17人の起業当時の思考と行動を、投資家である堀さんが中心となり徹底的にインタビューし、経営学者の琴坂さんと体系化した、新しい起業のバイブルだ。「具体的実践」と「抽象的論理」をここまで往復した本はなかなかない(往復を重ねすぎて500ページを超えてしまった…が、全ページとても密度は濃い)

自分の中では社内起業家向けの『新規事業の実践論』と、起業家向けの『STARTUP』の両方を出せたことが本当に嬉しい。
起業もいい。社内で事業を立ち上げるもいい。「新たな現実を創る」ためのチャレンジがどんどん生まれてくる未来が、ゾクゾクするほど楽しみだ。

否定ではなく肯定をベースにする

メディアビジネスに身を置くと痛感するが、否定は人のアテンションを奪いやすい。
「今の自分のままではダメだ」という自己否定は、購買意欲を掻き立てる。

それでもNewsPicksパブリッシングは極力、否定ではなく肯定をベースにするスタンスを大事にここまでやってきた。

すでに、これだけ世界は素晴らしいーー。
そんなメッセージを強烈に投げかけてくれるのが、副編集長の富川が担当した『21世紀の啓蒙』(発行・発売草思社)と『世界は贈与でできている』だ。

『世界は贈与でできている』では、いわゆる人文書と呼ばれるテーマを扱った。
この贈与というテーマを「経済を、もっとおもしろく。」を掲げるNewsPicksから出せたことに、小さな達成感を覚えている。
NewsPicksパブリッシングは「経済と文化の両利き」をコンセプトに掲げているが、それは「経済を、もっとおもしろく」するには文化が必須だと考えるからだ。

経済は(それがなければ、「新たな現実」が生まれないという点で)必要条件ではあるが、経済「だけ」ではつまらない。自分なりの意志をこめた、「意志ある経済」こそが僕にとってはおもしろい。そして意志を生み出すのは、その人の感性だ。文化は感性を育てる。だからこそ人文知をはじめとする「文化」をNewsPicksパブリッシングは大事にしたいと思っている。

『世界は贈与でできている』はまさにタイトルどおり、この世界がいかに誰かからの贈り物に満たされているか、そして、日頃僕たちはいかにそのことに気づいていないかを実感させられる一冊だ。

このコロナ禍で、いかに僕たちの社会が、医療関係者、教育関係者などに支えられていたか(そして今までいかにそのことに無自覚でいたか)を思い知った人も多いのではないだろうか。
この本を読み終わると、世界が変わって見える。読む前には見えなかったものがはっきりと見えてくる。

最後のページをめくった時に「ああ、こういう本を出したかったんだよな」とクラクラしながら思ったのをよく覚えている。

『21世紀の啓蒙』はrational optimism(合理的楽観主義)を本づくりのポリシーとする富川の真骨頂のような本だ(申し添えておくと、本書は草思社とのコラボ作品であり、純粋なレーベル発の本ではない。NewsPicksは主にプロモーション面で貢献した)。

『暴力の人類史』の著者スティーブン・ピンカーが、まさにメディアを中心とする否定的な物の見方を覆し、現代の世界を肯定するために執筆した大著だ。

そしてレーベル初の10万部となった『シン・ニホン』は、まさに「希望を灯そう。」という、創刊宣言文に掲げた言葉を象徴するような一冊となった。

日本の危機の深刻さを誰より深く理解しながら、それでもなお「この国は、もう一度立ち上がれる」という肯定のスタンスを崩さず、しかも再生のロードマップまで一人で描ききってしまった著者の安宅さんは、本当に日本の宝だと思う。

意志に基づくこと、自分のあり方に自覚的であること

ずっと書店における「0.1秒の奪い合い」、アテンションの奪い合いから抜け出したいと思っていた。
ではその対極にあるものとは何か?
それは、買い手が売り手のスタンスや世界観をきちんと理解する、言い換えれば文脈についての情報量が多い状態での購買体験だろう。

「どこの誰がつくったかわからない商品」を「機能」で選ぶのではなく、
「誰がどんな意志でつくったかを深く理解した商品」を「世界観」で選ぶ購買体験のほうが、はるかに豊かだと僕は思う。

レーベル自体もそうした「世界観」を作っていきたいと思っていたところで「D2C(Direct to Consumer)」という、小売や広告代理店を通さずダイレクトに消費者とつながり、強烈な世界観を共有するビジネスモデルに出会った。

ともすると綺麗ごとに聞こえる「世界観」という言葉が、実際のビジネスで競争力の源泉になっていることに興奮した。

明確な意志を持ち、それを伝えることが、顧客からの支持につながる。そんな世界がいちはやくきてほしくて本を作った。

いまや誰も「IT企業」という言葉を使わなくなったように「D2C」という言葉自体も、いずれは当たり前になり肯定的に霧消していくかもしれない、という話を著者の佐々木さんと校了後に話した。そんな未来がくれば最高だ。

余談だけど、個人的には「これがビジネス書!?」と思わず突っ込みたくなるほど振り切れたデザインがとても気に入っている。

『フルライフ』は創刊の『他者と働く』と同じく中島が編集を担当した一冊だ。
(余談だが、富川と中島の編集者としてのスキルたるやすさまじく、日々編集長ヅラして仕事をするのがちょっと恥ずかしい)

著者の石川善樹さんは謎に満ちた人である。Amazonの紹介文をそのまま引用するが

予防医学・行動科学・計算創造学・概念工学からビジネス・事業開発まで、
縦横無尽に駆け巡り、「自分の仕事は難しい問題を解くことです」と豪語する、謎の学者

なのだ。

なんでもやってしまう善樹さんだが、ただ、「僕が研究するすべてのテーマはウェルビーイングに結びついているんです」と一度伺ったことがある。
ウェルビーイングというと、自分のあり方を整えるというニュアンスの静的な言葉に思えるが、善樹さんはWell-being(どうあるか)にWell-doing(何をするか)の概念を組み合わせることで、人生100年時代を自覚的に生きるための時間戦略を示した。

経済だって、結局ウェルビーイングを手に入れるための1つの手段にすぎない。「働く人が、働くことで何を手に入れるのか」を問うという意味で、ビジネスの究極のテーマを扱った本だとも思う。

…かなり駆け足で振り返った。本当なら一冊ずつnoteを書きたいところだ。

結局、僕たちのつくってきた本は「経済と文化の両利き」を増やし、「新たな現実を創る」ことにすべてがつながっているのだとあらためて気がついた。

もうそろそろ、人に未来を聞くのはやめよう。
そしてどんな社会を僕らが作り、残すのか、考えて仕掛けていこう。
未来は目指し、創るものだ。
(『シン・ニホン』「はじめに」より)

クソマジメなnoteになってしまった。チームメンバーにおもしろくないぞと突っ込まれるのが怖いが、性格だから仕方がない。

これからも、思う存分自分たちの意志を乗せ、経済と文化の両利きを増やすための本を出していきたい。

もしNewsPicksパブリッシングのスタンスを少しでもおもしろがってくれるなら、ぜひ月一で発信しているNewsletterに登録したり、noteをフォローしたりしてみてほしい(ここまで出した本は、一部を除き、「はじめに」と一章をnoteで公開している)。

NewsPicksパブリッシングはまだまだ小さなレーベルだ。

全然、これから。でも、これからどうなっていくかわからないその不安定さにこそ、僕は全力でワクワクしている。

「意志」を持ってこの「経済の中で仕掛け続ければ、どう転んだっておもしろい。

どうか見守っていてください。

これからも、NewsPicksパブリッシングをよろしくお願いします!

NewsPicksパブリッシング創刊宣言文「希望を灯そう。」

「失われた30年」に、
失われたのは「希望」でした。
今の暮らしは、悪くない。
ただもう、未来に期待はできない。
そんなうっすらとした無力感が、私たちを覆っています。
なぜか。
前の時代に生まれたシステムや価値観を、今も捨てられずに握りしめているからです。
こんな時代に立ち上がる出版社として、私たちがすべきこと。
それは「既存のシステムの中で勝ち抜くノウハウ」を発信することではありません。
錆びついたシステムは手放して、新たなシステムを試行する。
限られた椅子を奪い合うのではなく、新たな椅子を作り出す。
そんな姿勢で現実に立ち向かう人たちの言葉を私たちは「希望」と呼び、その発信源となることをここに宣言します。
もっともらしい分析も、他人事のような評論も、もう聞き飽きました。
この困難な時代に、したたかに希望を実現していくことこそ、最高の娯楽です。
私たちはそう考える著者や読者のハブとなり、時代にうねりを生み出していきます。

希望の灯を掲げましょう。
1冊の本がその種火となったなら、これほど嬉しいことはありません。

令和元年
NewsPicksパブリッシング 編集長
井上 慎平



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