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鋏と糊

鋏と糊 - 三國一郎 1987年発刊

 映画「東京オリンピック」でナレーションを担当などした著者が、パブリックなものである新聞をいかにしてプライベートな蒐集物へと変えていくかを説いた新聞切り抜きのスクラップ帳制作指南本。

 新聞の破り方や貼り付け方といった実技面は手の使い方の基本からオススメの道具紹介まで混じえて、愛好家としての在り方のような精神面は家族への配慮まで具体例をあげながら懇切丁寧に書かれている。資料価値のあるファイル作りではなく、製作者が死ねば価値がゼロになるようなあくまで個人的な製作にしぼって言及しているのが清々しい。例えば、著者は新聞の死亡記事のうち特に関心を持ったものを切り抜いて専用のスクラップブックを作っていたそうだ。テーマが面白いので製作者の死後も普通に楽しめそうな気もするが、たしかに個人的な琴線が大きく反映されていることから公のものとしての資料価値は低いと言えるのだろう。

 新聞は基本的に朝夕で届けられる。俺は新聞を取っていないし、新聞が届いていた10代までの実家住まいでこれの一部を切り取り外部記憶として保管しようと思ったこともなく、というよりそもそも生まれてからほぼ一度も新聞を丸々読み下した経験もないのだが、この定期刊行物が保存に向かないことはその刊行スピードと表面積から容易に想像がつく。本書は紙媒体の新聞の情報価値が現代より格段に高かった昭和時代に、新聞の保存という多くの人の共通の悩みがあったからこそ生まれた作品だろう。しかし、ではインターネットが普及した現代に情報保存の悩みがなくなったのかと言うと、そうでもないと思う。ネット上のアーカイブなんて、サービスの停止や配信者の意向一発で突然無になる儚いものだ。このnoteだっていつ自分の気が変わって抹消するともわからない。
 あらゆるものの表層部分へのアクセスが容易になったというだけで、自分にとって価値ある情報との出会いが一期一会的であることは今も昔もそう変わらないのではないか。

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