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琉球廻戦

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琉球廻戦 10(最終話)

琉球廻戦 10(最終話)

【什】

舞浜母は彦の動きを舌で絡め取って封じた後、万力の様な力で彦の両肩を掴んで固定し、唇を重ねた。側から見ればディープキスの様に見えた筈だ。

人は何故キスをするのか。

キスの起源については諸説あるのだが、母親が幼児に餌を口移しであげていた頃の名残とする説や、塩を手に入れられなかった貧困層がなんとか塩分を得ようと他人の頬周りを舐めていた事から転じたとする説などがある。

いずれにせよキスとい

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琉球廻戦 9

琉球廻戦 9

【玖】

島袋は自らが野球を始めた頃の事を思い出していた。あれは小学生の頃だったか、両親に初めて連れられていったプロ野球の試合に感動したからだったと思う。野球をやりたいと言った自分に、父親は最高級のバットとグローブをプレゼントしてくれた。両親は交通事故で他界してしまったが、自分が腐らず前向きに生きてこれたのはプロ野球選手になる夢があったからだ。県内屈指の野球名門校の豪南高校に野球推薦で入ってからは

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琉球廻戦 8

琉球廻戦 8

【捌】

「…もうそろそろ勘弁してくれんか。その甕一杯で末端価格100万はくだらん高級酒なんじゃぞ。」 

粟国は彦に酒をやったことを後悔しながら言葉も通じないであろうオランウータンに懇願していた。彦は愚米仙を50Lは飲んだであろうか。凡人ならばコップ一杯飲めば廃人と化す魔酒をである。

しかし突然酒を呷る手をピタリと止めたかと思うと、彦は先刻自らが突き破って闖入して来た酒蔵内の大穴へと視線をやっ

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琉球廻戦 7

琉球廻戦 7

【漆】

酒蔵の外壁を恐らく素手で打ち破って彦と島袋が蔵の内へと闖入した。彦の目は特級極悪蒸留泡盛【愚米仙】が500立法メートルもの量溜め込まれた巨大な甕に釘付けとなっている。

愚米仙。その酒をひと口でも口にした者は精神を侵され、平和だった日常を悪夢の様な行動で台無しにしてしまうようになる。それでも愚米仙を飲む者が後を絶たないのは、愚米仙を飲んで死亡した者の表情が悪夢から解放されたかの様な喜びに

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琉球廻戦 6

琉球廻戦 6

【陸】

読谷村地下の檻を脱出した彦は島袋を背負って沖縄県北部へ向かって走り始めた。

檻を破って地上に出た後、背負われた島袋は確かに見た。彦の両脚の大腿が生ゴムを詰められたタイヤの様に太く変形した後、ビキビキと音を立てながら平常時の倍近くに膨れ上がったかと思うと、込められた力を地面に向かって叩きつけ、凡そ1トンはあろうかと言う彦の巨体がランボルギーニカウンタックの様な恐るべき初速で北へ向かって発

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琉球廻戦 5

琉球廻戦 5

【伍】

舞浜兄弟と呼ばれたにも関わらず、奥から出てきたのは男二人と女一人であった。二人の男は全く同じ中肉中背、眼鏡をかけた一重瞼に短髪であり、おそらく一卵性双生児かと思われる。この二人が暑川の呼んだ舞浜兄弟で間違いはなさそうに見えた。しかし問題は二人の間に仁王立ちしている一人の女である。

それは身の丈にして3メートルはあろう巨大な生物であった。全身が鋼の様な筋肉に覆われており、現代人とは思えな

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琉球廻戦 4

琉球廻戦 4

【肆】

知念は自らの持てるありとあらゆる知恵、知識、教養、権謀術数を脳内でフル回転させていた。これから自分に降りかかるであろう尋問を巧く掻い潜り、これまで通りの生活を続ける道を探っていた。

暑川塩麹。

この男は暑川組の組長としてはまだ日が浅かったが、関西の方でもその悪名は轟いており、兎に角考えが読めず気分屋で、自らの意に沿わない者は問答無用で葬ってきたサイコパスである。

「なぁ、なんで彦逃

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琉球廻戦 3

琉球廻戦 3

【参】

島袋は小便を漏らしたまま暫く座り込んでいたが、漸く抜けた腰が治ると立ち上がり大城の様子を見に行った。

大城は完璧に死んでいた。

疑いようの無い完璧な死。外野から内野へ送球する時に発揮した剛腕も、盗塁する時に見せた瞬足も、投手の放る球を見分ける選球眼も、全てを失って転がっている。命を失うとはつまりこういう事なのだと、全身全霊で物語っていた。

島袋は大城の骸に向かって手を合わせて「すま

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琉球廻戦 2

琉球廻戦 2

【弐】

「なにこれ、作り物?」

大城はやっとの思いで思考を言葉にする事に成功した。

「この猿、生きてるわけ?」

島袋もそれに続く。

二人の眼前には身の丈3メートルはあろうかというオランウータンが鉄の檻の中で鎮座していた。身体が一定のリズムで膨らんだり縮んだりしている所を見るに呼吸をしているのは明白で、つまり生きている。

「このオランウータンは親分が大阪の兄弟分から好意で譲り受けたものら

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琉球廻戦

琉球廻戦

【壱】

どこまでもダラダラと続く坂を登った先に、高校があった。

季節が初夏という事もあり、モノレール古島駅の改札を出た生徒たちは日増しに強くなる日差しを全身に浴びながらこれから坂道を登る苦労を思い辟易するのだった。油照りして凪いだ道を汗を垂らして歩きながら学び舎を目指して歩く経験は、後々彼らにとって青春の思い出となるのであろうが、当の本人達の表情は険しい。

生徒たちが目指す学び舎はその名を豪

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