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【007】「車育のすすめ」その1 岡崎五朗

食育という言葉を耳にすることは多い。けれどその狙いや中身まで詳しく知っている人は少ないと思う。おそらく「子供にちゃんとしたものを食べさせる運動」程度に捉えている人が多いのではないだろうか。もちろんそれも重要な要素のひとつだが、食育の目的は他にもある。文部科学省は、2005年に制定した食育基本法の目的を以下のように定義している。

・食べ物を大事にする感謝の心を育む
・好き嫌いしないで栄養バランスよく食べることを推進する
・食事のマナーなどの社会性を身につける
・食事の重要性を知り心身の健康を保つ
・安全や品質など食品を選択する能力を身につける
・地域の産物や歴史など食文化への理解を深める

食べることは生きること。命の源泉である「食」をあらゆる角度から見つめ直し、それを通して「生」の質を向上させるのが食育の真の目的。Good food makes better life というわけだ。

ならば「食」を「車」に置き換えても同じことが言えるのではないか。自由な移動はわれわれの基本的な権利であり、また人類のDNAに刻まれた本能でもあるからだ。そこで「車」をあらゆる角度から見つめ直し、それを通して「生」の質を向上させることを「車育」と定義する。するとあーら不思議、上で挙げた食育と車育はかなりオーバーラップすることに気付く。

・クルマを大事にする感謝の心を育む
・好き嫌いしないであらゆるタイプのクルマを選ぶことを推進する
・運転マナーなどの社会性を身につける
・クルマの重要性を理解し安全を保つ
・安全や品質などクルマを選択する能力を身につける
・各国の産物や歴史などクルマ文化への理解を深める

教科書風の表現になってしまうのはいささか気になるところではあるけれど、言いたいことはほぼ伝わったと思う。クルマなんて動けばいいとか、燃費がよければなんでもいいとか、広ければいいとか、安ければいいとか、そういうこだわりをなくした姿勢は長期的に見て移動の質、ひいては生活の質を下げていくことにつながる。もっとこだわり、もっと多く知り、深く考え、より正しいものを求め、楽しんでこそ、よりよい生活を送れるのだということを、車育を通して子供たちに伝えていきたい。

それは、子供たちの将来のためにわれわれ大人が何をしてあげられるのかを考えることに他ならない。たとえばチャイルドシート。日本ではちょうど物心がつく年代にあたる5歳児の着用率は44%に過ぎない。その子自身の危険性もさることながら、チャイルドシートに座らないで育った子供が将来免許をとったとき、あるいは友人のクルマに同乗したとき、バスやタクシーに乗ったとき、果たして後席でもちゃんとシートベルトをするのか?残念ながら期待はできない。現状では過半数の親が、クルマのもつリスクと、リスクを低減させる術を子供に教えていないからだ。
 
大人がクルマを楽しみ、カッコよく付き合う姿を子供に見せることで、憧れを喚起するシーンもめっきり減ったように感じている。日曜夕方の渋滞の高速道路。ミニバンの運転席には疲れ切った表情のお父さん、隣には眠りこけたお母さん、子供はといえば後席でゲーム、ときどき友達とLINE。こんな移動で子供がクルマを好きになるはずがない。また、運転が下手な男はモテないというかつての常識も変化しつつあると聞く。

もちろん、昭和世代の古い価値観からの提言という側面もあるだろう。それは自覚しつつ、でもクルマは最低でも200万円はする高価な買い物。維持費もかかる。それだけ払うんだから楽しまなきゃもったいないよね、というシンプルな想いと、一歩間違えたら命を落とす乗り物だという意識は世代を超えて共有したいし、それが親世代の責任であるとも思っている。

電動化、シェアリング、自動運転、コネクテッド。今後クルマの在り方はどんどん変わっていくだろう。しかし、たとえシェアリングでもどんなクルマを選ぶかでドライブ中の気分は変わるし、自動運転になってもそれは同じこと。クルマ選び、運転マナー、安全知識、国やブランドによる違いの提示、新しいサービスを使った新しいクルマの楽しみ方など、車育としてやっていかなければならないことは山ほどある。INSPIRATIONS/Mobilityでは、今後も折に触れこのテーマを採りあげていくつもりだ。


岡崎五朗 Goro Okazaki
1966年東京生まれ。青山学院大学理工学部在学中から執筆活動を始め、卒業と同時にフリーランスのモータージャーナリストとして独立。著書に「enjoyユーノスロードスター」、「パリダカパジェロ開発記~鉄の駱駝から砂漠のスポーツカーへ」などがある。2008年からテレビ神奈川「クルマでいこう!」のメインキャスターを務める。

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