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「もういいよ、ササ美さん」(4)_完

前回↓

「ねえ、ママ!!ちょっと聞いてる!!」

娘のササ子に揺さぶられ、ササ美は我に返った。

(1)の冒頭だ。ワカナさんに大葉をそっと挿入された後、ササ美さんは頻繁に物思いに耽った。そして、そこには生真面目な彼女らしく、自分への憤りと悲しさがあった。

「私に隙があったのかしら。ササ男さんを愛する気持ちはこんなに強いのに、私はなんて愚かなササミなんだろう。」。所詮は単なる食品。どのような意志が存在しようと、それとは無関係に、料理される運命。愚かか否かなんて、本当は関係ない。ただ、人間だって、地位や名誉、女社会のマウンティングなど愚か極まりないことに人生の大半を費やしているが、所詮は神の遊戯。地球の中のミジンコ。宇宙の中ではせいぜい国単位で何かの微生物。ササミも人間も、大差はない。

「もういいよ、ササ美さん」

ササ美さんが意識を集中した時、ササ男さんの声がはっきりと聞こえた。

「ササ男さん!!?ササ男さんなのね?!ごめんなさい、私。。。」

ふーっと、ササ男さんが微笑みながら深い息を吐くような音が聞こえた。それは、幼い子が駄々をこねた時に母親から出る、幸せなため息のようなものだった。

「ササ美。落ち着いて。僕は大丈夫だよ。確かに、丁寧な処理をされたとは思わなかったけど、サキさんは基本、食べ物を無駄にしないから、ボイルササミは冷凍され、サキさんは筋ごと食べてたから、僕は嬉しかったよ。」

「だけど、ササ男さん、あんなひどい捌き方ないわ、許せない。。。」

「ササ美。僕の一部はまだ冷凍庫に入ってるから、自分の分身のコントロールがまだうまくいかない。けど、食べられ前に、君と一緒に会話していた時と、今と一体何が違う? 同じだよね。そして、面白いことに、自分の一部が食べられることで、僕は今までの記憶の一部を少しずつ取り戻しているんだ」
「僕が昔人間だったとは話したね。人間は食べ物みたいに、食べられたりはしない。だけど、人間だって、生きている間に、哲学的な死を何回も経験してるんだ」

「哲学的な死?どういうこと? 全く意味がわからないわ」

「ごめんよ、ササ美。これを説明するには、すごく時間がかかるし、うまく説明できる自信はない。けど、そういった精神的な死と物理的な死は、僕には大差はないんだ。人間としての人生も、僕はやりたいことをやったし、そしてササミとしての一生も、きちんと食べてもらうことで全うしようとしている。まあ、人間に比べたら、確かにあまりにも短いけど。けど、それってすごく美しいことじゃないかな。前世で漠然として感じていたことが、今回、明確になった。そんなすがすがしい気持ちなんだよ」
「ササ美。僕たちはすごく幸せなんだよ。どのようなものであれ、生が有る限り、死は必ず訪れる。技術の進歩によって、退化してしまった人間は、こうやって離れてたり、体の一部がなかったら、なかなかコミュニケーションは取れない。でも、僕たちはこうやってできている。スーパーでパックされて、その後、全く調理もされず廃棄されたりしたら、僕もちょっと悲しいけどね。ちゃんと料理してくれるところに行けただけで、幸運だよ。調理した人とその周りの人が、ちゃんと食べてくれて、それが体の栄養となる。こんな感覚、人間だった僕にはなかったんだ」
「それに、ワカナさんが調理してるところ、僕はちゃんと見ていたよ。いい人じゃないか。筋取りなんて、すごく丁寧だし、僕は興奮すらしたよ。一体、何に遠慮してるの? 安心してササミであることの幸せを享受してほしいって思うよ」

「やだ、ササ男さん、見てたなんて、なんだか、すごくエッチだわ」

ササ美さんが、一層、頬、いや全身をピンク色に染めていたところ、ふっとササ男さんの気が遠のいた。分身の冷凍ササミが食べられたのだろうか。

ササ美さんには彼が言ってることは、ほとんどよくわからなかった。だけど、彼の言葉は甘美で高貴なことのように思えた。王女がこっそりと食べる極上のチョコレートのように。

「ササ男さん、初めて、私を呼び捨てにしてくれた」

翌日。

ササ美さんは少しだけ、和らいだ表情を見せていた。二回目であるにもかかわらず、ワカナさんはササ美さんの曲線に沿って、そっと包丁で撫でた後、丁寧にフォークで筋をとった。「あん。もう、いや。。」

そう呟き、ワカナさんが中に大葉を入れやすいように、少しだけ柔らかくした。ワカナさんは今日は大葉だけでなく、梅肉もそっと挟んだ。爽やかな酸味が、ササ美さんの全身へと伝い、えもいわれぬ快感が訪れ、人知れず、絶頂を迎えたのちに、ピクピクと全身が痙攣した。無論、それは誰にもわからないほどの、かすかな変化だけれど。

「ササ男さんなんとなくわかった気がする。全ては巡り合わせだと。ありがとう」

ササ美さんは、女として、いや、ササミとして産まれてよかった、と思えた。豚肉や牛肉だったら、脂身が邪魔して、大葉や梅肉の酸味の爽快さが薄れる。鶏肉でもモモ肉の脂が冷えた時の、うっすら白い膜が大葉につくのは、やはり美しくない。

持ち前の淡白な肉質のおかげで、様々な姿に変えられる。そう、それがササミ。

そして、ササミも女も貪欲だ。

「ワカナさん。なかなかの捌き方だったわ。大葉も梅肉も、すごく、よかった。次は、バジルとトマトで洋風ね♡あっ、カレー粉を全身にまぶして、中にぎゅっとチーズも入れて欲しい。早く♡」

------ fin-------

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