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世界観の突き合わせ(プリント版巻頭言、先行公開)

メールマガジン等をスローダウンさせ、2021年秋の完成を目処に、絶賛プリント版制作にエネルギーを注いでいる、ユニークローカルメディア「凜」―RIN
今回は、プリント版の巻頭言(編集長からの挨拶的な文章)が完成したので、先行公開。

世界観の突き合わせ

雑誌を制作するにあたって、読者のあなたに「面白かった」と思ってもらえれば、それは作り手のぼくにとって最も喜ばしいことだ。雑誌に限らず、多くの文化産業の作り手にとって「面白かった」という言葉は、最大級の賞賛だろう。ぼくを含めそれらの作り手は、欲を言えば世界中の人々から「面白かった」と言われたい。けれども、残念なことにそれはなかなか難しい。
雑誌という情報の集合体を例に考えてみると、ロックバンドが好きな人は「これから注目の若手バンド特集」に対して、面白い!と思うかもしれないが、音楽に全く興味のない人にとっては、それは途端に「どうでもいい情報」となってしまい見向きもされない。また、ロックバンドシーンの本当にコアなファンにとっては、その特集で紹介されているバンドを既に知っているかもしれず、その場合も「こんなこと知ってるよ、つまんねーな」と評価され、面白い情報にはなり得ない。

結局のところ、受け手(評価する側)がこれまで経験したことや考えたことといった人生の文脈の延長線上に、ポンと情報が置かれてしまう以上、その情報が面白いかどうかは受け手のこれまでの人生の文脈によって決定される。

では、そんな情報というものが、現代においてどのような環境に置かれているかと言えば、アテンションエコノミーと呼ばれるような、殺伐とした状況に追い込まれている。SEO対策では、まずどの検索ワードを狙うか、YouTubeの動画ではどんなタイトルでどんなサムネイルにするかが重要になっており、「いかにネットユーザーのアテンションを集めるか」というゲームが、色々なところで開催されている。ネット空間以外でも、センスの悪い本屋に行けば、露骨に煽りっぽい下品なタイトルの自己啓発本や、イデオロギーを刺激するほとんどデマと言ってもいい過激なタイトルの本が、どーんと目立つ棚に置かれている。中身を追及することよりも、マーケティングを重視したそれらがのさばる状況に辟易としているのは、きっとぼくだけじゃないだろう。

近所に好みの飯屋がなければ、自分が台所に立つしかないように、世の中にぼく好みの情報がないならば、自分で作るしかない。というわけで、この雑誌は編集長のおかふじりんたろうが1人で企画・編集・制作した。元々ユニークローカルメディア「凜」―RINは、インターネット空間に軸足を置き、メールマガジンやYouTubeやポッドキャストなど、誰に頼まれるわけでもなく勝手にコンテンツを配信しているメディアで、今回晴れて紙媒体にも足を伸ばしてみたわけだが、開始当初からずっと、運営はぼく1人で行われている。

だからこの雑誌の面白さは、ぼくのこれまでの人生の文脈によって決定されているし、現代の情報環境についてもずっと自覚していたつもりなので、どうせなら振り切ってやろうと、かなり初期の頃から意識的に「おかふじりんたろう本位な体制」で運営してきた。原稿や取材をお願いするときも「ぼくがこんな感じのやつ読みたいんで、ぜひ!」とか、「ぼくが聞きたいこと聞くんで、あんまり読者の層とか考えずに話してください!」みたいなことを口酸っぱく何度も言ってきた。マーケティング的なことは一切考えず、ひたらすらぼくの中での「面白い」を突き詰めたつもりだ。

画家のヘンリー・ダーガーは、数十年に渡ってどこに発表するわけでもなく、自分のために絵と物語を描き続け、晩年に1万5000ページにも及ぶ超大作が発見される狂気じみた作家なわけだが、彼の作品に心を打たれる人は数多くいる。なんとも不思議なもので、彼の作品のような自分自身の為のアウトプットであっても、ある種の普遍性を獲得することが、この世界では往々にしてある。

先述の通り、この雑誌は編集長の個人的な欲望によって制作されているため、全てのページをワクワク楽しんで読める読者は、ほとんどいないと思う。なにより扱っているジャンルがしっちゃかめっちゃかだ。しかし、ユニークローカルというコンセプトに基づきながら、現代でなかなか見ることのできなくなってしまった個人的な衝動によって作られたこの雑誌を読むことで、あなが「うん、面白い!」と唸る可能性は、決してゼロではない。
むしろ、ヘンリー・ダーガーよろしく、受け手と距離を取り、ひどく自分勝手であまりにも個人的な制作物だからこそ浮き彫りにできることもあるだろう。「いままでどんな物事を見聞きし、どんなことを考えながら生きてきたのか」といったあなたの人生の文脈と、この雑誌の世界の切り取り方を、ぜひページをめくって照らし合わせてほしい。それらが適度に重なり合えば面白いだろうし、全く重なり合わなかったとしても、あなた自身の世界観を相対的に確認する北極星として役に立つはずだ。

編集長 おかふじりんたろう

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