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ソロ充よ、永遠に

唐突だが、まずはこちらのツイートを見て欲しい。

そう、私はリア友がいない。厳密に言えばゼロではない。だが、先のツイートの様に生存確認で時たま連絡をする人が3人くらい。「私も似たような感じ」「それくらいがベストな気がする」「わしがいるだろ」等々のリプをもらった(みんなありがとう)。
私は一人で過ごすことが好きで、そういうリプもあった。分かる、非常によく分かる。自分のペースで好きなことをするのって、本当に楽しい。一人の楽しみ方を知っているから、別に平気。ソロ充万歳。ソロ充よ、永遠に。


ただ、私も最初からソロ活動が好きだった訳ではない。だけど、あることがきっかけで、別に無理して友達を作る必要はないと気付いただけ。
それは「自分が相手のことを友達だと思っていても、相手はそうとは限らない」と思ったから。そこに至るまでの経緯を書くか書かないか、非常に迷った。だけどそれは、今の私を形成している要素のうちの一つに違いないので、恥を承知で書くことにした。

今でもよく覚えている。私は小学校3年生の時、1ヶ月ほど学校に行かなかった。それまで仲良く遊んでいたはずの友達に、私の身長をしつこく揶揄われたから。私は背が低く、それがコンプレックスだった。それに対して今は何とも思わないし、彼女たちも悪ふざけのつもりだったのかも知れない。だけど、当時はとてもショックだった。

「どうして嫌なことを言われなきゃいけないのかな」「友達って嫌なことを言ったりするのかな」から「もしかして、私は友達じゃないのかも知れない」と、思考がシフトしていった。

学校へ行けば嫌な思いをするので、行きたくなかった。だから行かなかった。母は別に何も言わなかった。家で好きな本を読んだりピアノを弾いたり、一緒にパンを作ったり、それを食べたりして過ごした。少し遠くに住んでいるお姉さんの家に行って、箱の中に街を作ったり、不思議な模様のカードを見て、何に見えるか答えるゲームや、絵の描いてあるカードを選んでお話を作るゲームをして遊んだ(大学生になってから、これがカウンセリングだったことに気付いた)。


何がきっかけかは覚えていないが、そのうちまた学校へ通い始めた。だけどあまり喋りたくなくて、休み時間は本を読んで過ごしていた。本を読んでいると楽しかったので、特に寂しさは感じなかった。無理して誰かと遊んだりする必要はないんだと思った。

友達はいるに越したことはないのかも知れない。だけど私は一人が好き。本を読むのが大好きだし、映画も一人で観に行く。一人でドライブに行くこともある。カフェも一人で行くし、街中への買い物も一人で行く。一人暮らしをしていた時は、平日の昼間から一人焼肉、一人水族館、一人美術館に博物館。一人プラネタリウム。ありとあらゆるソロ活動に勤しんだ。別に強がっている訳じゃなくて、一人で過ごすことが本当に好きなのだ。


私とは逆に、友達が多い人はすごいなと思う。一人じゃ出来ないこともあるし、一緒に過ごす分だけ、楽しいことがあるんだろう。助けられることもあるだろう。それはとても素敵なことだと思う。だけど私は、これからもソロ活動に邁進していく所存である。繰り返し言うが、マジで一人が好きだから。


冒頭のツイートには後日談がある。小学3年のあれこれがあって心配した母が担任の先生に相談したそうだ。そしたら「多分、いぬさんは話の合う人がいないんだと思う。でも寂しがっている様子もないし、自分をしっかり持っているから大丈夫だと思う。友達は多ければ良いというものでもないし、きっと大学生くらいになったら話の合う人ができると思いますよ。」と言われたそう。
それを聞いた私は、何だ先生ってば私のことよく見てたんじゃんって思った。偉そうだけど。生存確認をする3人は大学に入ってから出来た友達。みんなそれぞれ生活があるから、頻繁に連絡は取り合わない。だけど連絡を取れば、とても楽しい。何より、彼女たちは私のことをとてもよく分かっている。私には、それがいちばん心地よい。そして、そういうのがとても嬉しいと思う。そんな私に付き合ってくれる人たちにはリアルもネット上も含めて、本当に感謝しかない。とても良い人たちに恵まれている。


一人が好きな人も、友達と過ごすことが好きな人も。みんなが楽しい時間を過ごせますように。


※最後に、学校に行けなくなった小学3年の私が夢中になって読んだ本を紹介しておく。この本を読んでいる間は、嫌なことを忘れられた。大人になってから読んでも、ゲラゲラ笑ってしまうほど面白い。マジおすすめの児童書。


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