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婚カツログ(108)好きな子についてとスタンスの再整理

変わらずあたまがごちゃごちゃするので、ちゃんと書いておこう。疲れがたまってしまうと、いろんな支障がでるからだ。


好きな子についての理解が進んできた気がする。ここでの理解とは人生観や恋愛観、結婚観だけじゃなくて、リラックスしていたり、疲れているとき等、表ではなかなか見えづらい様子全般のことを指す。

先週会ったときは珍しく疲れているなと思った。休日だったからか、いつもより身だしなみもすこし適当だったし、会話のテンポもややゆっくりで、顔に疲れが出ていたからだ。

こんな状態のときもあるのかと思いつつ、きっとそりゃそうだろうなとも思った。(まず人間だし)

むしろ、いままで元気だったのは気を張っていたか、彼の特徴によるものだろうとも思う。なぜなら、普通に会社員としての仕事も関係者が多くてコントロールが難しそうだし、その合間をぬって会社を立ち上げて軌道にのせるというのは、うまくいかないのはデフォルトでおかしくないことだろうから。でも、それをあえて選んでやっているのは彼の選択であり、きっと本人も、大げさな表現をすれば彼が彼である以上は、とめることができないんだろうと思っている。

彼はとてもビジョナリーだと思う。「これをかなえたい」というビジョンがとても強くて、当人でさえもビジョンの奴隷みたいに生きてるなと思う。進撃の巨人のケニーアッカーマンの「みんな何かに酔っぱらってる」ってセリフをふと思い出す。そして、それによる良い点も悪い点も、本人はよく自覚している。少なくても30年以上は生きてるんだから、自分の特徴がもたらす良いことも、悪いことも、たくさん経験してきたんだろうなと思う。

「奥さんになる女の子は、自分と同じ考え方では、あえてないほうがいいと思ってる。じゃないと子供がかわいそうだから。」とこの前は言っていた。たぶんほんとに疲れていたんだと思う。

こんなことをぼやくときもあるのかと、そのままに聞いていた。下手に心配したりしないほうがいいんだろうなと。誰しもにいえることだと思うが、大小波があって、きっとそういうことをぼやきたいときなんだろうなと。疲れてしまうのは仕方がないから、そのタイミングだけでも、すこしでも気分がよくなってくれたらいいなと思って聞く。

彼は個人スポーツを小学生からやっていて、青春をすべてそれに捧げていたそうだ。もしかしたらアスリートの方に多いのかもしれないしれないが、「勝つことこそすべて」とずっと思って生活してきたんだそうだ。

「みんなが友達と遊んだり、テレビを見たり、ゲームをしている間に、自分はずっと泣きながら練習をしていた。そこまで賭けてきたんだから、なにがなんでも勝たないとって。勝つことにしか幸せをおけないところにしんどいと思うことがある。それ以外の生き方を知らないから、もしも仕事ができなくなったら自分はどうなるのかなって思ったりする。勝負で1番になったり、勝てるのは1人だけだから、ずっと誰かと競争してる感じがしていて、生きいそいでる感じがする。恋人がいなかったら、きっとプライベートがなくなってしまうと思う。」

なるほど、ほんとに疲れていたんだろう。そういうことを話すときもある。
だからどうというものでもないけど、村上春樹や哲学的な映画を好んで見ていることも聞いた。特に村上春樹は意外だった。(わたしはハルキストじゃないけど、実家に何冊かあるので読んだことはある。文体が独特でだいたい主人公が孤独な作品が多いなという印象だった。共鳴するところがあったんだろうかとも思った。)

映画館で映画を観ることをけっこう頻繁にしてることも知る。たぶん彼なりのリラクゼーションか、好奇心の満たし方のひとつなんだろうなと思った。また、並行して人並みの感受性があるのかもしれないとも。

婚カツでたくさんの男の子たちに会って、3回~4回以上デートしていると、彼らの(表現が難しけれど)やや脆い面がみえてくる。

あくまでわたしが会った男の子達に限った話だけど、男の子の社会は女の子と比べ物にならないくらい競争「意識」が激しいと感じる。負けず嫌いでない男の子に、あまり会ったことがない。(たまたまかもしれないけど)

彼らのほとんどは「(他人に対して)負けず嫌い」だ。それを自称するひともいる。「(周りに対して)特別になりたい・たいしたやつになりたい・とがりたい」という願望をちらつかせる。何かを残したいという本能は、女性よりも男性のほうが傾向として強いんだろうか。

そして、それを思わせる発言すればするほど、「周りとの対比で自分の価値を見出している」ことを主張することになり、逆説的に小さい人間にみえてしまうこと、聞いている相手を、哀しくて窮屈な気持ちにさせること。それに気づいていない。なんだか生きづらそうだなと、哀しい。はたからみてわたしは思っている。(でも、これはあくまでわたしの価値観だ。)

でも彼らはそういう生き方を選んでいるから、好きでそう生きているんだろうとも思う。基本的に「みんな好きに生きればよい」と思っている。(それは、わたし自身にも言える)

だから、すこし苦しそうにみえたとしても、それを選んでいるわけだからそういう生き方が、彼らや、自分の生き方なんだろう。だから、心配してはいけない

その間におこる、ひとの波に対して、そういうタイミングなんだなと、やや遠目で、だけど優しく流せるようにすること。そのときだけでも、少しでも楽に、元気になってもらったらいいなと思うけれど、思いすぎないようにすること(別に相手はそれを期待しているわけではないし、自分にも負担がかかるからだ)相手との感情的な距離感の適切な見極めとその徹底は、誰かと近しい関係をもつうえでは、大切な考え方だと思っていて、もっと上手にできるようになれたらと思う。

自分と縁があるかないかに関わらず、彼のことは変わらずとても大事に思っている。元気でいてほしいと思うし、彼の幸せがカタチになったらとてもいいなと心から思う。

けど、その気持ちと、彼と相性という面でうまくいくかどうかは、また別問題だと思う。もっとよく知っていったほうがいいだろう。彼にとっても、自分にとっても、まだわからないことが多いからだ。

婚カツという場で出会ってしまうと「うまくいかなかったとき」を考えて早くから悲しくなったりする。これは自分のいけないところだろう。そしてこれは経験からくるバイアスによるものだ。まずはそれを正しく認識しよう。

悲観的なバイアスを認識したら、今回と前回の事例たちとは前提条件が違うことを、よく思い出したほうがいい。

ひとは効率的に認識するために、ものごとを過度に一般化してとらえたがる。起こりうる確率が極めて低いものでも、リスク回避のために、ひとつにまとめて繰り返すものとして認識したがる。なので、過度に憶病になっていることも知っておいたほうがいい。前提条件が違うのだから、それだけ同じことはおこらない。もっと個別の事象として、いまに向き合ったほうがいいと、わたしは自分に対して思っている。そんなに怖がる必要はないよと。

彼について、
ざっと想起できる懸念は、素直にあげておこう

①彼はどれくらい、ひとに優しく(思いやりを)もてるひとなのか
・ビジョンオリエントなので、目的に該当するかで私自身も判断されないか
・いまはとても優しいけれど、慣れてきたら変わるかもしれないという懸念
②経済面での不安定さを、自分はどれだけ気にせずにいられるか
・彼は稼げるひとだと思っているけれど、
・事業を軌道にのせるのははっきりいってとても難しい
・基本的に「やりたいことはやったらいい」の精神だけど、
・もしかしたらそう思わなくなるタイミングが
・現実面を考慮したらときにおこりうるかもしれない
・その可能性がゼロではないのが少し不安ではある
③その他、パートナーシップ上での相性にどれくらい相違がないのか
・金銭感覚、暮らすうえでの衛生観念、スキンシップの頻度など
・ゆるい姿(女性らしくないところ)も許容してもらえるのか
・その他、まだ気づけていない点があるかもしれない

そしてこれらは、もう少し関係をすすめてみないと、わからないことだと思う。(なお、ここではあえて懸念ばかりをかいてしまってけど、それ以上に関係をすすめてみようと思う理由は、たくさんあることを、それを大事にしてほしいとも、自分に対して思っている。)

GW中にすこし遠出の旅行に行きたいと言っていた。
遊び目的ではないのは、態度や行動からみてわかっているので、それなりにちゃんとは考えてくれているんだろうとは思う。

婚カツならではかもしれないけど、
旅行もある意味、適正審査のようなものだなと。
でも、こういうのを経て、関係はできていくんだなと。

やっぱり正直疲れる。ときどき泣きたくなる。
けど、それも含めて、人生に必要なことであれば、必要なことなら、ちゃんと休んで、また取り組むものであろう。

疲れたら休むこと。体力があれば、思考もできる。行動もできる。精神的、身体的な自己回復力も高くなる。だいたいなんでもできるものだから。

改めて、彼に対しては(モチロン、リスクヘッジのために気が合いそうさんとのバランスをみて並行はするけれど)変わらず「丁寧に」やりとりしようと思っている。

デートの時間は楽しく。お互いにとってよい時間になるように。
そしてちゃんと袖触れ合うほどに縁があるひとは、大事にすること。

何かもいも書いておく。そういう積み重ねが関係をつくると思う。

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