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写真撮影と謎集団

「すいませーん!写真撮ってもらってもいいですか?」

僕はよこしまな気持ちを胸に秘め、スマホを受け取っていた。

でもその時の僕は、この後あんな思いをすることになるとは、知る由もなかった。



先週のド平日に、僕は淡路島の道の駅で、しらす丼を食べていた。というのも、これまで勤めていた空前絶後のブラック企業をひょんなことから退職し、次の仕事との間の期間で淡路旅行に来ていたのだ。

テラス席で黙々としらす丼を口に運びながら、「いやぁ淡路島の信号は、全部引っこ抜いても問題ないよな」なんて薄い納言の美幸ちゃんみたいなことを考えていると、隣を男女の団体が通り過ぎた。

人数は30人くらいで、男子25人に女子が5人ほど。20代前半のような感じで、男の人は金髪やパーマのチャラい見た目で、女の人は少し地味な落ち着いた印象。そしてその集団は、ワイワイと盛り上がりながら、集合写真が撮れる海側のテラスへぞろぞろと向かっていた。

通り過ぎていく集団を眺めていると自然と、「何の集団なんやろう。」と頭に浮かんできた。盆前の平日の昼間に、これだけの人数が集まって旅行できるって、何の集団なんだろう、と。

真っ先に思いついたのは、大学生の運動部合宿だった。サッカー部とかの、イケてる男の子の中に、マネージャーが混じって、ちょっと観光地によって練習に向かうといったそういうパターンである。

でもすぐにその考えは立ち消えた。

そりゃそうだ。

運動部のマネージャー女子が、地味なわけがない。

運動部のマネージャーなんて、スクールカーストの最上位に君臨する、いわば女帝である。運動部の頂点でシーブリーズを体に塗りたくるサッカー部の横で、化粧をして携帯を触り笑っているのがマネージャーだ。そんな女帝が、地味な恰好をするわけがないのである。スポーツ系の集まりの女子なんて、顔くらいヘソを出すに決まってるのだ。

サングラスで目は隠す癖に、ヘソは外に出すのが、運動部のマネージャーのはずだ。肌色の部分が多い=私服の運動部のマネージャー。となるとこの集団は、大学運動部の集まりではないと思われる。

かといって、インドア系のサークルっぽいかと言われると、そういう感じでもない。

最近のアニメ好きやインドアな趣味の人たちもおしゃれな人も多いと思う。僕なんかよりも服にお金をかけて、かっこよくておしゃれな「オタク」と呼ばれる人も、たくさんいるのは知っている。

でも流石に、男子の8割がヒゲサングラスは、違う気がする。

男のオラつきが目に余るほどなのだ。

男性陣はデフォがヒゲ・サングラスで、そこから金髪やパーマをトッピングして、中にはタトゥーがガンガン入っている人までいるのである。

いくらインドアな趣味の人もおしゃれになってきたとはいえ、アニメ研究会の対義語みたいな男子が多すぎるのだ。そこまで男子が振り切ってしまっていると、流石にインドア系のサークルではないように思えてくる。

かといって、マルチのような集まりにしては年齢層が絞られすぎているし、社会人サークルだったらこんなド平日になかなか集まれないだろう。一体この集まりは何なんだと思った時、一つの答えが浮かんだ。


理系のゼミである。


理系のゼミであれば、男女比が男性の方が多くなりやすく、男が少しオラついていてもそこまで不思議ではない。加えて、女の子が地味な見た目をしていることもそれほど違和感もないし、平日でも集まれ、年齢層も絞ることができるではないか。

そんな時、ふらふらしていた金髪ヒゲサングラスと、ばっちり目が合った。後ろでは30人ほどが写真スポットで整列していて、明らかにとってくれる人を探している。これは…


「すいませーん!写真撮ってもらってもいいですか?」


周りはほとんど人もおらず、年齢が近いといえば僕くらい。そりゃそうなるわなと思いながら、内心ウキウキが止まらない。

僕は食い気味で「いいですよ!」と言って立ち上がった。もしかしたら、「すいま…」くらいで「いいですよ!」と立ち上がっていたかもしれない。

とにかく彼らがどういう団体なのか、答えを聞かなければいけない。写真スポットに向かって、呼びに来てくれた金髪ヒゲサングラスと歩くこの10秒ほどしか聞くチャンスは無い。僕は、極力自然に思われるよう間をたっぷりとって、今思いついたかのように言った。


「学生さんですか?」


さぁ、こい!!!

僕ら同じゼミなんですー!の回答でいいから、俺に答えを教えてくれ!!!


「いえ、僕ら社会人なんですよー」


いま…なんて…?


「もしかしたら、学生もいるからそう見えるんかな?」


学…生……も…?


「まぁみんないろんなところから来て…じゃあお願いします!」


ここで終わらないで…!!

待ってくれ…!!待ってくれぇ……!!!!


もちろんこれ以上彼らの情報を聞けるわけもなく、写真を撮って僕はその団体から離れることになったのであった。そしてそこからの淡路旅行が、金髪ヒゲサングラス集団一色になったことは言うまでもない。

社会人ばかりだったら、平日休みの会社の社員旅行も考えられるが、だったら学生がいるはずがない。学生と社会人が混合でいる、20代前半の旅行だったらゼミのOB会も可能性はあるが、平日のど真ん中にするはずがない。

様々な可能性が現れては打ち消え、僕の頭の中は金髪ヒゲサングラスでいっぱいになった。何をしているときも、頭の中は金髪ヒゲサングラスで、もう何も楽しくない。試食のたこせんべいも、10枚しか喉を通らないほど、僕は悩み苦しみ、結局わからないまま、淡路島を後にするのであった。



あの時の僕に、伝えてあげたい。

素直に「何の集まりですか?」と聞いた方が良いと。


それともう一つ、伝えたい。

メンズアパレルブランドの、バイトを連れた社員旅行という可能性を。




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