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二十七話 テニアン話


 栗巣は切れ気味だった。
 小野や福原が親の話しかせず、肝心のリングウッド君の話が一向に出てこないことに欲求不満が溜まっていた。直に関係することを聞いても、小野と福原は要領を得ず、とりとめのない話をするばかり。身のある話は無きに等しい。
 これじゃあ、浅井の方が詳しいじゃねぇか。栗巣は煮詰まり、沸騰直前のイガ栗になる。
 イライラはMAXに達しようとしていた。

 一方、浅井は小野と福原の話を熟聴していた。
 小野・福原曰く、船で家から二千五百キロの大冒険。真夏の果実がたわわに実る常夏の島に着いた。海は淡い緑色に輝き、フルーツは食べ放題。天国のようだったという。
 PUFFYの家から五キロの大冒険や亜細亜の純真とはスケールがちがう・・・マルコ・ポーロの大航海時代や海賊王、またはグーニーズを彷彿させる話に浅井は聴き入った。気候が年中夏というのも、寒さが苦手な浅井にとって夢のようだった。
 さらに軍モノの話もあった。島の北部には、裕に数千人を超える帝国海軍兵が駐在。軍歌の通り、月月火水木金金で演習をしており、実に頼もしく見えたという。
 極めつけは、女の土人が半分に割った椰子の実を己の胸につけて踊ると言う話。浅井は、かつて同様の演目を浅草六区座や日劇で観れると聞き、居ても立っても居られず潜入を試みたが、ものの見事に失敗に終わっていた。つまみ出される以前に、年齢制限で門前払いされた。諦めきれず、外から何とか見れぬものかと窓を探したり、業者用通路入口を探索したりしたが、無駄だった。終演後、出てきた大人たちが「アンダー・ザ・シーに合わせて踊る人魚姫は最高だった」「トリでリトルマーメイドなった踊り子さんが一番よかった」「この演目観れて、もう思い残すことはない」とか上機嫌で言っているのを羨望の思いで眺めたものだ。そして、大人たちが道に捨てた香盤表や踊り子見番録を速攻拾い、穴が開くほど繰り返し拝読した。
 そんな浅井にとって、小野・福原が本場のリトルマーメイドを観たとは聞き捨てならず、先を越されたことにけしからんと憤慨していた。

 いずれにしても鈴木の話は皆無といってよかった。ただ、鈴木の親の弟がたとえ実兄に言われたといえ、自分と似た境遇に鈴木に憐れみを感じて引き取ったのだろうと、何となく察しがついた。

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