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六十七話 開店

 顧客メインターゲット層である漁師の朝は早い。
 彼らは、夜が明ける前に長浜港を出るため、朝四時には食べておきたいと言う。
 となると、必然的にそれ以前に仕込みをすることになり、昼・夜の営業も欠かせないため、つまりは二十四時間働くことになる。
 
 釜山での夜勤の経験を思い出す。
 夜働くのは昼間働くのの二倍疲れた。
 それが、今度は丸一日・・・。

 「二十~四時間~働け~ますか?!」
 絶望モードの時任三郎になり、必死に超長時間労働を回避せんとする遠藤。
 「ハメられた~~~!」
 葛西は、先般再会した荷積船の船主に対し、怒りを露わにする。
 船主は、長浜の漁業組合から仕事を請け負っていた。「朝早いから飯に困る」と言っているのを常々聞いており、さらには知人の不動産屋から「長浜は空き物件がなかなか埋まらない」と愚痴こぼされいた。
 そんな折、恩を売るのにちょうどいい、一石二鳥の鴨を見つけたのだ。一晩泊まらせることなど、その後の見返りを考えるとお安い御用。船主は、早速漁協と不動産屋からキックバックを得ていた。

 自分たちだけでは、過労死する――釜山で稼いだ蓄えでは無理があったが、それでも背に腹は代えられない。葛西と遠藤は、福大生と西南学院生のバイトを二人雇うことにした。
 この学生バイト二人は、最初こそ「はいはい、はいはい」言って真面目に働いていたが、初月のバイト代の少なさを目の当たりにし、反抗的な態度をとるようになる。注意するとヘソを曲げ、辞めそうになった。
 慌てた葛西と遠藤は、二人を公園に連れて行き、対MANを張らさせて弱らせた。親不孝通りの果てのDRUM LogosとB-1というライブハウスがある前に、金網に囲まれたちょうどいい公園があったのも幸いした。
 また、この際、ギャラリーとして来ていた水城学園の予備校生をバイトのスポットに加えることにする。
 こうして、正規バイトの欲求不満を吐き出させることに成功した。

 「長浜らーめん道夫」の売りは、その奇怪さにあった。
 当の本人たち(葛西・遠藤)は、店の強みは味にあると信じていたが、誤解もいいとこ。
  入店して店を出た客は「あそこのラーメンは、量は多いけど、味は悪いな」とか「具が気持ち悪いな」と口々に言った。
 
 遠藤は、臓物が強みだった。
 前々職のいわきの精肉店では、延々、豚の皮剥ぎや臓物の処理をやらされ、「臓物の遠藤」とまで言われていた。初めのうちは、下積みと思い黙々とこなしていたが、やがてこれが生涯続くことを悟る。誰もが嫌がる仕事を体よく押し付けられただけ、一生下処理専門要員と笑いの種にされているのを知ってから怒りが爆発。理不尽な仕打ちには、「目には目を、歯には歯」の精神で、店に豚の臓物や頭、果ては生ゴミをバラ撒き、即日辞めた。そして、そのことが翌朝新聞に載り、地元に居られなくなって朝鮮に来たのだ。
 臓物と切っても切り離せぬ遠藤は、ホルモンラーメンに仕立て上げた。

 一方、葛西は釜山の街場で見た豚の顔や頭が忘れられずにいた。
 「あれと同じことを店先でやったら・・・。否、やるからにはそれ以上のことを・・・」
 葛西は、まず豚一頭丸ごと入る寸胴を購入。側面の上部と下部に二つずつ穴を空け、豚の手足が出るようにした。後は言わずもがな、頭は寸胴からハミ出、両手両脚を広げた格好で煮沸する。
 これが近所のガキらにバカ受けした。否、子供だけでなく、大人にも受けた。何なら、小学校や幼稚園の先生が、児童を連れてスケッチの授業をしに来た。
 死した豚が、身を挺して客寄せパンダとなり、食材となる。
 「まさに一挙両得・・・いや、人手いらずの上に、しっかり供養にもなっている!一挙両得や一石二鳥どころか、無石四鳥ではないか」
 自画自賛する葛西に、また対MANを張らされてくないバイトたちが「さすが、オーナー!」と声を上げ、拍手する。
 客に不評で一向に成果が上がらぬ遠藤を尻目に、葛西はすっかり得意気、有頂天になっていた。

 しかし、客にとっては、葛西も不評だった。
 「あそこの肉は生煮えだよな」
 「全然焼けてないし、煮えてない」
 店を出た客は異口同音に口にする。
 店の目玉である拳固と豚足は、寸胴から出ている分、生同然。また手足が冷めている分、熱が胴体に伝わりにくい。結果「冷めたピザ」ならぬ「冷めた豚骨」になっていたのだ。
 
 さらに、トータル的な問題もあった。要は肝心要、器の大半を占める麺が、てんで駄目なのだ。
 本来長浜ラーメンたるもの、シンプルにしてソリッド。麺は至って細い。ゆえに、さっと湯切りするだけの「粉落とし」や湯通し一度の「針金」、軽く湯に浸す「バリカタ」など可能になるのだが、葛西と遠藤の造る麺は太い。見た目うどんである。それでいて「バリカタ」「針金」「粉落とし」をやるのだから、客が喉詰まらせたり、嚙み切れぬという不測の事態を呼び、替え玉いく前にダウンしていた。
 
 「いらっしゃいませ!」
 ある日、バイトの福大生は見覚えのある女学生数人が来たのに気付いた。向こうは気付いていないが、筑前高校時代、別のクラスにいた女子らである。髪を茶に染め、別人のようになっていたが、数年前の面影は確かにある。
 「あいよ」
 カウンター越しに、葛西らが作ったラーメンを受け取り、女学生が待つ席まで運ぶ。
 席を離れ、聞き耳を立てた。
 「うわ~何これ~」
 「麺、太っ!!」
 「ちょっと、ちょっと、めっちゃグロテスクやないと?!」
 一人が箸をつける。
 「ゲッ、むちゃ不味マズ!もうムリ・・・」

 自分を否定されたような気がした。
 福大生は、翌日辞表を出した。

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