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脚本・とある飛空士への追憶(2)


○海原

近くには目印となる岩礁がある。

シャルル、風防をあけて安堵の溜息をつく。

水素電池のスイッチを入れる。後部吸水口から海水を取り込むサンタ・クルス。

縛帯を外し、サンタ・クルスの翼へ降り立つ。

胴体部からファナの使用人たちが運び入れた大量の荷物を取り出し、翼に並べる。

後席の風防をスライドさせて、ファナへ微笑みかける。

シャルル
「今夜はここで休みます。護衛戦闘機隊も、あとから到着するはずです」

ファナ、シャルルを見向きもせずに、

ファナ
「はい」

シャルル
「それで、お嬢さまにお願いなのですが。あの荷物をひとつにまとめていただけませんでしょうか」

シャルル、翼に並べた6つのスーツケースを指で示す。

ファナ、翼の上を無表情に見る。

シャルル
「荷物の重量で機体が重くなり、敵から逃げにくくなるのです。作戦を成功させるために、余計な荷物を捨ててください」

ファナ、反応なし。

シャルル
「(少しイラッとした感じで、早口気味に)わたしが選別しても良いのですが、それだと高貴なかたが肌に直接身につけるあれやらこれやらにわたしが触れることになってしまい、あとで銃殺されかねません。ですからお嬢さまご自身に選別して頂きたいのです。わたしの言っていること、わかります?」

ファナ
「(いきなりまくしたてられ、きょとんと)はい」

シャルル
「そうですか。良かった。では早速、選別をお願いいたします」

ファナ「はい」

ファナ、縛帯を外して搭乗席を出て、翼の上に降り立つ。

シャルル、操縦席で水素電池スタックのスイッチを入れる。吸水口から海水を取り込むサンタ・クルス。燃料計の数値が徐々にあがる。

シャルルのモノローグ
「一晩掛けて海水を取り込み、水素電池を充填させる。これで明日のぶんは飛べる」

シャルル、胴体部から萎んだゴムボートを取り出し、尾翼へ移動。

海原へゴムボートを投げ入れると、自動でゆっくりふくらんでいく。

ちらりと横目で翼上のファナを確認。

ゆっくりした動作で荷物を選別しているファナの横顔。

シャルルのモノローグ
「ずいぶん印象が変わってしまった……言葉を交わしたのは十二年前の一度きりだ、ぼくを覚えているはずがない……」


一方、翼上のファナ。

淡々と荷物を整理しながら、横目をちらりとシャルルの後ろ姿へ送る。

シャルルがこちらをちらりと振り返る。

ファナ、とっさに視線を荷物へ戻し、無表情を取り戻す。

西の空の残照が消えていく。

空に星がまたたきはじめる。


○海原・夜

半分ほど膨らんだゴムボート。

シャルル「……ん?」

彼方の星空を注視。

かなり離れた海域に、光の柱が数本立って、海面をまさぐっている。

横陣を組んだ天ツ上艦隊が、海面を捜索している。

シャルル、ぞっと髪を逆立てて、半分膨らんだボートを尾翼に繋留し、

機体の上を走りながら、

シャルル
「お嬢さま、敵です、後席へお戻りください!!」

ファナ
「(怪訝そうに振り返り)……?」

シャルル
「(血相を変えて、強く怒鳴る)荷物はいいから、早く!!」

ファナ「はい」

ファナ、少し声をうわずらせ、手に持っていた肌着だけを掴んで後席へ戻る。

シャルル、エンジン始動。

サンタ・クルス、海面を高速で滑走。翼の上のファナの荷物、全部海中へ落ちる。

敵艦隊の針路から充分遠ざかり、シャルル、後方を振り返って光の柱を注視。

シャルル
「海面をまさぐってる。ぼくらを探しているのか……!?」

遙か彼方の海域を航過していく敵艦隊。

シャルルのモノローグ
「……暗号電信が解読されている可能性が高い。だとすればこの先、敵艦隊がぼくらを待ち構えている可能性も……!」

後席に座ったままのファナ、じぃっとシャルルの後ろ姿を見ている。

その表情に、かすかな動揺。

満月がふたりの頭上に輝く。

月の傾きで時間経過を表示。

シャルル「お嬢さま、ベッドの準備が整いました……」

ファナを翼上へ降り立たせる。

シャルル、海原に浮かんだゴムボートを手の先で示す。

シャルル
「作戦中、夜間はあちらでお休みください。皇子の命令により、今回の作戦のため特別に手配されたお嬢さま用ベッドです」

ファナ、無表情にボートを見やってから、シャルルへ目線をむける。

ファナ
「(無表情を保ったまま)飛空士さん」

シャルル
「(戸惑い)はい?」

ファナ
「(人形のように無感情に)お願いがあるのですが」

シャルル
「はっ、なんなりと」

ファナ
「(無表情にシャルルを見つめたまま、なにも言わない)」

シャルル
「(焦り)な、なんですか。ご不満がおありなら仰ってください」

ファナ
「(徐々に表情に切迫したものが加わっていく)いえ、不満などでは。ですが……その……(頬を赤らめ、言いよどむ)」

シャルル、しげしげとファナの様子を観察し、「あっ」と晴れやかな笑顔をたたえ、

シャルル
「(笑いながら)トイレですか! 失礼、それをすっかり忘れていました! (手の先で海を指し示し)わたし前席にいますから、どこからでも好きなだけどうぞ!」

ファナ、若干、けげんな表情。

シャルル、後頭部を掻いて笑いながら、

シャルル
「終わったらお声がけお願いします。あ、大きいほうだったら教えてください、同じ場所で魚が釣れたりするんで、あははは」

ファナ、大笑いするシャルルに思いっきりビンタを放ち、

ファナ
「(頬を赤らめ)無礼もの!」

シャルル
「失礼しました!」

シャルル、前席へ逃げ戻る。

搭乗席の背もたれに上体をあずけ、ふーっと息をついてから、打たれた頬を

片手で撫でる。

シャルル
「(苦笑い)次期皇妃さまに本気でビンタされたよ……」

星空を見上げ、目を閉じる。

シャルルのモノローグ
「でも、良かった。ぼくの知ってるファナは、あの冷たい仮面の奥に存在してる」

わずかに目をあける。

シャルルのモノローグ
「護衛隊、遅いな……。もう着いてもいいころだけど。まさか全機やられたとか……いやいや、まだ判断するのは早い。明日の朝まで待とう」

間。

シャルルのモノローグ
「ファナ、長いな。もしかして、なにかあった? でも、呼ばれてないのに出て行って先方が奮闘中だったら……もう少し待とう」

間。

シャルルのモノローグ
「(焦りながら早口で)いやいやいや、長すぎる。出て行くべきでは? いやでも奮闘中だったら銃殺されても文句いえない。しまった、大か小か先に聞いておけば良かった、いや聞いたらビンタだ、だいたい何分程度を見込んでいるか聞いておけば良かったのか? いやそれもだいぶセクハラ……」

シャルルのモノローグの途中に、途切れ途切れにファナの声がはいる。

ファナ「飛空……士……さん! ひ……」

シャルル、気づいた瞬間、操縦席を飛び出して翼上に降り立ち、目線を走らせる。

ファナが吸水口近くで溺れている。

躊躇なく海に飛び込むシャルル。


○海上・ゴムボート(夜)

飛行服すがたのまま、ずぶぬれのふたりがゴムボートへ這い上がる。

水を吐き出し、咳き込んでから、シャルルは濡れ鼠のファナを見やる。

シャルル「(落ち着きを取り戻し)水素電池スタックの吸水口に足を取られていました。海中で用を足すのであれば、機体後方は避けてください」

ファナ「……はい」

恥ずかしそうにうつむくファナを見やり、シャルル、笑みをたたえる。

シャルル「ともかく、着替えましょう。荷物はひとつにまとめました?」

ファナ「(顔を上げ)あ、荷物は……全て海中に落ちました」

シャルル「……え?」

ファナ「……だって……いきなり飛び立つから」

シャルル「あ……荷物なしですか」

ファナ「……あの……肌着が一枚……」

ふたり、顔を見合わせる。


満月が西の空へ傾いている。

サンタ・クルスのプロペラにファナとシャルルの飛空服が並んで干されている。

ファナ、毛布を体に巻き付けてゴムボートに座っている。

同じく毛布を体に巻いたシャルルが、サンタ・クルスの尾翼に立つ。

シャルル「寒いときは仰ってください」

ファナ「(シャルルを見上げ)……はい」

シャルル、ファナの肢体へ思わず目がいく。

肌着に直接毛布を羽織っただけのファナ。

シャルル、頬を染め、慌てて顔を逸らし、

シャルル
「わたしは搭乗席で眠ります。眠るとき、その灯りは消してください」

シャルル、ボート上に置かれた、天蓋のついた蝋燭台を指で示す

ファナ「あんな狭いところで?」

シャルル「(笑顔)慣れてます。下手なベッドよりぐっすり眠れますんで。それではお休みなさいませ」

ファナ「……はい。お休みなさい」

シャルル、搭乗席へ戻っていく。

黙ってその後ろ姿を見送るファナ。

ファナのモノローグ
「日中はずっと操縦して、夜は搭乗席で眠る……。ここは彼に譲り、わたしが搭乗席で眠るべきでは」

ファナ、灯りを消し、仰向けに横たわって星空を見上げる。

ファナのモノローグ「彼…………。どこかで会った気がする…………」


○海上(二日目)

朝日が昇る。


○サンタ・クルス

飛空服を着たシャルル、折り畳んだゴムボートを胴体部へ収容する。

シャルル、翼上に立って、後席に座っているファナ(飛空服すがた)に声をかける。

シャルル
「(真面目な表情で)お嬢さま、ご相談があります」

ファナ「(怪訝な顔)」

シャルル「護衛の戦闘機隊が戻ってきません。恐らくは五機とも、敵戦闘機に撃墜されたものと」

ファナ「(表情をわずかに曇らせ)はい」

シャルル「わたしの推測では、この作戦は敵にバレています。出発時の強襲といい、昨夜の敵艦隊の行動といい、こちらの手の内を知っていなければ出来ることではありません。われわれの行く手では、敵空中艦隊が待ち構えていると思われます。そこでご判断を仰ぎたいのですが……。このまま進みますか? それとも、作戦を中止して戻りますか?」

ファナ、しばらく間を置き、

ファナ
「(平然と)わたしは、どちらでもいいです」

シャルル
「(驚愕)どちらでもいい!?」

ファナ
「(真面目に)あまり人生に興味がなくて」

シャルル、目をしばたいて、しばらくファナを見やってから、

シャルル
「……わたしの独断で作戦を中止することはできません。お嬢さまがそう仰るならば、目的地を目指すしかありませんが」

ファナ「(無表情に)はい。そのように」

シャルル、再び呆然とファナを見やって、

シャルル「……承りました」

シャルル、前席へ乗り込み、エンジンを始動させる。

シャルルのモノローグ
「人生に興味がない、か……。子どものころはもう少し活発な印象だったけど」

行く手の空を見据える。

シャルルのモノローグ
「状況は最悪だ。こちらの作戦は敵に筒抜け、行く手には巨大な敵が待ち受けている。対してこちらは護衛もなく、武装は後部機銃一丁。その銃も、ファナは扱うことができない」

シャルル、行く手の空を睨み据える。

シャルルのモノローグ
「行こう。今度はぼくがファナを救う番だ。必ず皇子のもとへファナを送り届ける……!」

スロットルをひらく。

サンタ・クルス、空へ飛び立つ。


○空

海上を飛ぶサンタ・クルス。

入道雲。鯨の群れ。珊瑚礁。


○サンタ・クルス搭乗席・中

言葉を交わすことなく、背中合わせに座っているシャルルとファナ。

昼食に携帯食の乾パンをかじるシャルル。

突然、伝声管が鳴る。

ファナ
「左斜め後ろ上方に光が見えます」

シャルル、左斜め後方を振り返り、凝視。

シャルル
「なにも見えません」

ファナ
「あのあたりに見えました」

ファナ、見えた空域を指さす。

シャルル、さらに目を凝らす。

わずかな光のきらめきが映る。

シャルル
「……敵機です。……よく見つけましたね」

ファナ
「わたしたち、追われているのでしょうか」

シャルル
「そうでないことを祈りましょう」

シャルル、敵機から離れる針路を取る。

ファナ
「……追ってきません。離れていきます」

シャルル
「(後方を振り返って)敵はこちらに気づいていません。お嬢さまのほうが敵よりも早く見つけたということです。素晴らしい見張ですよ」

ファナ
「お役に立てましたか?」

シャルル
「それはもう、空戦一回分、避けることができましたから、お嬢さまの大手柄です。が、これで終わりではありません。引きつづき、警戒をお願いします」

ファナ「はい」

ファナ、見張を再開。

じぃっと空を見渡しながら、片目だけを前席へ送ってみる。

ファナのモノローグ
「なぜだろう。出発前は、ハイとイイエだけで会話するはずだったのに」

空に敵機を探すため、顔を機体後方へ向けなおす。

ファナ、再度、目だけを前席へ送る。

ファナのモノローグ
「もっと、彼と話してみたい。けれど、いきなりわたしが世間話をはじめ

たら、彼も面食らうだろうし……」

ファナ、表情を引き締め、後方の空へ真剣な視線をむける。

ファナのモノローグ
「光を見つけたら、また彼と会話できる」


空を飛んでいくサンタ・クルス

言葉を交わすふたりの様子。

敵機を見つけ、逃げるサンタ・クルス。


○海上

日没後、西の空には残照がある。

サンタ・クルス着水。

シャルル、翼へ降りて後席の風防をあけ、ファナが翼へ降りるのを助けながら、

シャルル
「(笑顔)お疲れ様でした、お嬢さま。(やや興奮気味に)お嬢さまのおかげで、今日だけで三回は空戦を避けることができました。本物の飛空士顔負けの見張でしたよ」

ファナ
「(照れくさそうに)二週間、見張と、敵の弾をかわす訓練を受けました」

シャルル
「(にこにこ、うれしそうに)お嬢さまにこれができるなら、作戦も俄然、成功への道がひらけます」

シャルル、胴体部から萎んだゴムボートと、釣り竿を引っ張り出す。

シャルル
「(ファナに釣り竿を示し)寝床の準備ができるまで、よろしければやってみます? この辺りはたまに大物が釣れるんです」

ファナ
「(釣り竿を受け取りながら)釣りですか。やったことはありません」

シャルル、空き缶の蓋をあけ、ミミズの生き餌を出して針に通す。

シャルル「(右翼の前縁を指さして)そこ、座って大丈夫です。釣れたら教えてください。応援に馳せ参じます」

ファナ「はい」

ファナ、サンタ・クルスの右翼前縁に座って、足を投げ出し、釣り針を落とす。

シャルル、ボートを海に投げ入れる。

○海上・夜

星空が出ている。

膨らんだゴムボートに降りたって、天蓋のついた蝋燭立てに火を灯すシャルル。

右翼上で相変わらず釣り竿を垂れるファナに呼びかける。

シャルル
「そろそろ夕食にしましょう」

ファナ
「(顔だけで振り返り)もう少し、粘って良いですか?」

シャルル「(機体へ戻り、胴体部から自分の釣り竿とバケツを出して、バケツに海水を入れ、右翼へ歩み寄りながら)大物待ちですか。もちろん構いません。お嬢さまのお望みのままに」

ファナ
「(海へ目を戻し)飛空士さんも、よく釣りを?」

シャルル
「釣れたらおいしいものが食べられますから。乾パンばかりじゃ、飽きますし」

といいながら、いきなり一尾吊り上げるシャルル。

ファナ
「(目を丸くして感嘆)」

シャルル
「(得意げに、釣れた魚をファナの目の前に掲げて、にやり)腕の差、ですかね」

ファナ「(ちょっと楽しそうに)まあ。負けませんよ。それよりも大きいのを釣り上げてみせます、か、ら!?」

いきなり急激な引きがあり、言葉が途切れる。

シャルル、びっくり。ものすごい勢いで海中へ引きずり込まれる釣り糸。

シャルル
「お嬢さま、大物です、しっかり、腰を引いて翼に立って!」

ファナ
「(前へのめりながら)た、助けて!!」

ファナ、海へ落ちそうになる。

シャルル
「(自分の釣り竿を投げ捨て)お、お嬢さま、失礼を!!」

シャルル、ファナが海に落ちないよう、後ろからファナの両手に手を添える。

ファナとシャルル、赤面。

シャルル「すみません!! お嬢さまが落ちないためにはこれしか……」

ファナ「い、いえ、助かりま……」

言葉の途中、獲物が大きく海上へジャンプ。

二メートル近い大魚。

シャルル「でかっ!!」

大魚、海中へ思い切り飛び込む。

力負けし、釣り竿を握ったまま海へ落ちるふたり。


○海上・夜

サンタ・クルスの前部プロペラに、ふたりの飛行服が並んで干されている。


○ゴムボート・夜

毛布に身を包んだふたり、ゴムボートに対面で乗り込んでいる。

ふたりの中央には、シャルルが釣った焼き魚。

ファナ「(恥ずかしそうにうつむき)竿、手放せば良かったです……」

シャルル「(慌てて)いえ、お嬢さまは勇敢でした。わたしが至らず……」

ふたり、不器用そうに互いにうつむく。

シャルル「(毅然と顔を上げて、焼き魚を示し)それ、お嬢さまの夕食です!! どうぞお召し上がりください! わたしは前席におりますから!」

立ち上がり、ボートを出ようとするシャルルを、ファナが呼び止める。

ファナ
「いえ、飛空士さんも一緒にどうぞ。昨日から乾パンしか食べていないですし」

シャルル「(困惑)あ、いえ、そういうわけには……」

ファナ「(怪訝そうに)……なぜ?」

シャルル、肌着に毛布を羽織っただけのファナを見やり、思わず喉が鳴る。

シャルル
「(自信なさげに)それは、身分が違いますから……」

ファナ
「(不器用そうに)そんなの……構いません。飛空士さんが栄養不足だと、わたしも安心できません。それに、ひとりでは食べきれませんから」

シャルル
「(ややまごつくが、しかし決心がついて、微笑む)わかりました。食事はひとりより大勢がいいですよね」

ファナの対面に腰を下ろす。

満月がふたりの頭上にある。

シャルルが焼き魚をとりわけ、食事しながら、会話。

シャルル「(明るく)明日は大瀑布を越え、シエラ・カディス群島で一泊します。それからサイオン島沖へ飛んで、迎えの飛行戦艦へお嬢さまをお渡ししたら、わたしの役目は終わりです。心細いでしょうが、あと少しだけ辛抱してください」

ファナ
「(きょとんと)飛空士さんは、皇都へ行かないの?」

シャルル
「わたしはサイオン島沖でお別れです。本国のひとたちにとって、わたしがいないほうが都合がいいのですよ。皇子の婚約者を助け出したのは傭兵ではなく、皇家の戦艦でなければならないのです」

ファナ
「(少し不満そうに)それは……事実のねつ造ではありませんか」

シャルル
「(笑い)わたしは報酬がもらえれば文句ありません。作戦に成功したら、砂金がたっぷりもらえる約束です。あとの人生、遊んで暮らしますよ」

ファナ
「(不満そう)でも……がんばったのは飛空士さんなのに、なにもしていないひとが手柄を横取りするなんて」

シャルル
「(明るく笑って)ほかのひとがわたしを知らなくても、お嬢さまが覚えていてくださったら、わたしはそれでいいですよ」

ファナ、不思議そうにシャルルを見てから居住まいを正し、

ファナ
「お名前を伺っても?」

シャルル
「デル・モラル空挺騎士団一等飛空士、狩之シャルルです」

ファナ
「ファナ・デル・モラルです。……狩之シャルル一等飛空士のことは、わたしが覚えています」

シャルル「(冗談めかして、座ったまま胸の前で右手を流して頭を垂れ)身に余る光栄です」

ファナ
「(ムッとして)わたし、ふざけてませんから」

骨だけになった魚を海へ捨てるシャルル。

ファナ
「とってもおいしかった」

シャルル
「良かった。お嬢さまの口に合わなかったらどうしようかと」

ファナ
「(真面目に)こんなにおいしかった食事は生まれてはじめてです」

シャルル
「(笑って)ただの魚ですよ? それはおおげさでしょう」

ファナ
「いえ、本当に……食事っておいしいのだと、はじめて知りました」

シャルル、笑ってボートの縁に上体を預け、星空を見上げる。

シャルル
「すごい星だ」

ファナ
「(夜空を見上げ)本当に」

シャルル
「(あくび)雲があるほうが……飛ぶには……いいのですが……」

喋りながら、言葉の最後では眠りにおちるシャルル。

対面のファナ、呆気に取られる。

ファナ
「飛空士さん……?」

返事はシャルルの寝息。

ファナ、徐々に笑みをたたえ、折り曲げた両膝を両手で抱きかかえる。

シャルルの寝顔をじぃっと見つめるファナ。

ファナ
「(ささやく)飛、空、士、さん」

シャルルの寝息。

ファナ
「(微笑んで、さらに小さな声で)シャ、ル、ル」

シャルルの寝息。

ファナ
「(微笑んで、シャルルを見つめたまま首を傾げる)昔、どこかで会った?」

シャルルの寝息。

ファナ
「どうして空を飛ぶの?」

シャルルの寝息。

ファナ
「この旅は楽しい?」

シャルルの毛布がずれて、剥き出しの肩があらわになる。

ファナ、いたずらっぽさを表情に映し、そうっと忍び足で、シャルルに近づく。

ファナ、シャルルのずれた毛布を直す。

シャルルの横に並んで、間近からシャルルの寝顔を見つめる。

ボートの縁に頭を預けて、星空を見上げる。

ふーーっと深く息をつくファナ。幸せそうに目を閉じる。

そのまま眠りに落ちるファナ。

シャルル、眠ったまま頭を持ち上げ、もう一度頭を下げる。

ファナとシャルル、お互いのおでこがぶつかった状態で眠る。


(つづく)

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