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ナタをCNCで作った話

キャンプに何を求めるかは人それぞれですが、僕なんかはもう完全に焚き火です。焚き火さえあればキャンプ。なんならキャンプすら行かなくても家で焚き火するだけでも焚き火は良い、魂の帰る場所な気がする、などとひとりごちたりもできます。

焚き火は良い、魂の帰る場所な気がする

そんな焚き火に必要なのは薪で、薪に必要なのはナタです。じいちゃんの代から愛用しているナタを引っ越す際に持ってきていたのですが、いつの間にか無くしてしまい、しばらく難儀していました。あんなゴツいものがどこに消えるんだ。

まあ買っちゃえば良いのですが、ナタにはひとつ注文があって、先端に石突きが欲しいんですよね。下に挙げたこんな感じのやつです。石突きがあれば刃が地面に直接当たることがなく、ラフに扱えて非常に気楽です。薪を割るのにいちいちご丁寧に薪割り台とか下に敷いたりしてらんないので。
でもさすがにアメリカでは似たようなものは入手困難ぽいし、下の商品なんかもビジュアルがいまひとつ気に入らない。良い機会なので、自分で作ってみることにしました。

この記事はキャンプアドベンドカレンダーの21日目です。

基礎調査

刃物を自作する場合、手順はだいたい決まっていて

  1. 設計

  2. 材料の選定と調達

  3. 加工

  4. 熱処理

  5. 刃付け

  6. グリップなど仕上げ

となってます。ナイフを自作する場合定番なのは、紙に外観をスケッチし、板状の鋼材を買ってきて、いきなり切り出すのは困難なのでボール盤で輪郭を描くように穴を開け、切り取り線を切るように金鋸で切り出し、グラインダーで形を整えるというものです。小型のナイフならそれでもいいんですが、さすがにナタの厚さとサイズでその手順は踏みたくない。以前、パスタマシンのダイスの切削をオンラインでCNCサービスに依頼したことがあったので、ナタもCNCで出来ないか検討してみることにしました。

検討したCNCサービスはこちら、RapidDirect。深圳の工場で、非常に使い勝手の良い見積もり&オーダーフォームとリーズナブルな値段を備えた有能なサービスです。なにせUSからなのにUSの同等のサービスに発注するより安くて早くて丁寧。

ラフなスケッチで見積もりを試してみたところ、Sheet Metalの範疇に収まるなら$300そこそこで行けそうです。使える素材についても、1095といった刃物用カーボンスティール以外に、リストをみていると440Cステンレスが選べる。屋外で雑に扱われるナタには最適です。それにステンレスのナタってのはさすがに聞いたことがないので、その点でも「これは作るしかないんだ」というエクスキューズになって心の安寧を得られるし。というわけでこれでいくことに方針決定です。

1. 設計

CNCに流すのが前提なので、設計は最初からFusion360の上で行います。自分で切り出すのでは難しそうとかめんどくさそうな絶妙な曲線、丸穴などを、せっかくなので遠慮なく盛り込みます。刃も普通のナタより長めになってます。ちょうど呪術廻戦を読んでたので、その影響があったのかもしれません。

完成した設計
呪術廻戦(3)より

なおFusion360で素材を指定してレンダリングするとかなりリアルな絵が出てきます。こういうのを見て気分を上げていきます。

2. 3. 材料の選定と調達、加工

3Dプリントサービスにフィラメント送り付けないのと同様に、CNCサービスも材料の調達は向こうで行なってくれるのは前述の通りで、非常に楽ちんです。加工ももちろんお任せなのでここでやることは何もありません。ただ、都度都度向こうのエンジニアが「ここの角度キツ過ぎるので厳しいかも」といったフィードバックを送ってくれるので、設計を修正したり構わんやってくれと指示したりというコミュニケーションが必要になります。そしてそれがなぜかLinkedInのチャットで行われます。コミュニケーションチャンネルの実装を丸ごと外部に委譲してるわけで、なかなか頭の良いやり方だなと思いました。

調子に乗ってロゴを掘り込んでいたらレーザー加工費が別途必要と言われたところ

そして待つこと二週間、緩衝材に包まれてナタのブレードが深圳から届きました。設計と寸分違わぬ姿がマテリアルとして目の前にあるのは何度経験しても満足感が胸に広がりますね。

重心を確認している。当然だけど設計と同じ場所にちゃんと重心が来ていた

4. 熱処理

パスタマシンのダイスならこれで終わりですが、刃物の場合は焼き入れなどの熱処理を行わなければ使い物になりません。自前で挑戦しようかとも一瞬思いましたが、$300掛けたブレードを台無しにはしたくないのでそれはまたいずれのお楽しみにして、USのナイフビルダー界隈のフォーラムを調べて評判の良かったPeters' Heat Treatingに熱処理をお願いすることにしました。1本あたり$33、ただし送料別。自分で炉を組むとか考えたら全然安いです。

しかしこちら、RapidDirectとは異なり注文方式は前時代的。注文フォームを印刷して必要事項を書き込み、いきなりブツを送り付けます。タスクのトラッキングも行えない。これほんとに処理されてんのかな、と不安になること一ヶ月、無事ブレードが送り返されてきました。

5. 刃付け

あとは刃を付ければ、刃物としての生命が吹き込まれます。ぶっちゃけナタなんでそんな厳密な刃付けはいらないんですが、手が掛かる子ほど可愛いものでしっかり刃を付けてあげたくなりました。なので、一定の角度で研磨するための補助具を設計し、3Dプリンタで出力します。刃物を研ぐとき、砥石の良し悪しなどがよく話題になりますが、適切な角度を保つことの方が遥かに影響は大きいです。今回は研ぎ角22.5度、両刃なので45度になるように、400番と1000番の砥石で研ぎました。

設計途中。ホイールにはスケボーなどに使われるベアリングを利用する
各種ボルトとナット、ベアリングで組み上げる
包丁で試運転中

6. 仕上げ

後はグリップを付ければ刃物としては完成です。木材やマイカルタでサンドイッチ工法でも作れるようにM8のボルト穴は一応開けてはあるんですが、早く使ってみたかったので、紐でグリップを編んで仕立てることにしました。キャンプでもよく使われるパラコードを買ってきて、ブレードの右側に盛り上がりが来るように編んでいきます(つまり右手で使う前提です)。グリップが出来上がると一気に「刃」から「刃物」に進化した感が出ますね。

試し割り

さっそく試しに薪を割ってみます。コンクリの地面に直置きにして、雑に振り下ろす。これよこれ、この雑さが欲しかった。そして440Cにきっちり刃付けしたこのナタ、めちゃくちゃ切れる。鉛筆も削れるし大根の皮も剥けそうだ。良いものができました。願わくば、孫の代まで受け継いでいってもらえると嬉しいな。

おわりに

キャンプギアはほんと昨今充実していて、どれを買おうか悩んでるだけでも楽しいですが、実は自分で作るというオプションもあながち非現実的ではない環境に実はなってきています。これが10年前だったらこんな値段とこんな納期ではとても無理だったはず。皆さんもキャンプで何かしら不便を感じたら、もしかして作れないかな?って考えてみるのも良いかもです。

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