死にたい(閲覧注意)

支離滅裂
「死にたい。」何度この言葉を唱えただろう。小学生の頃から明確な自殺念慮を持っている。理由は家族から逃げたかったからだ。家では家族の喧嘩が絶えなかった。母は鬱、父は浮気性、姉は発達障害。大まかに表したがこれで喧嘩する理由は大体わかるだろう。こんな環境にいるんだ。俺も何かしらを抱えているだろう。それは鬱かもしれないし発達障害かもしれない。浮気性を抱えているかもしれないし支配されていたことがきっかけなら反動で支配欲を持っているかもしれない。家族からは逃げた。雨の中助けを求めてNPO団体に駆け込んだ。この頃の俺が一番行動できただろう。逃げたいという欲求は一番の原動力かもしれない。

本題に戻ろう。「死にたい。」家族からは逃げたが漠然とした自殺念慮を抱えている。船の通った後の波のように、俺は船から逃げたいのだろう。これだけ海が好きなんだ。海に還ってもいいのかもしれない。でももう苦しみたくないのだ。もう苦しみは瀲灩としている。これ以上の苦しみは必要ない。楽になりたい。

どうこの世から逃げようか。首を吊ろうか。あの時、あり物で作ったポールと縄で首を吊った時と同じように、けれど失敗しないようにしてみようか。痙攣は気持ちよかった。面白かった。怖かった。走馬灯なんて見る余裕がないほど自分を俯瞰していた。脚がバタバタとしている。家族はそれに気づいてくれるだろうか。唾液が止まらない。どう片付けようか。眼は閉じている。現実から逃げたいように。感覚だけに集中する。「生きたい。」そう願った。

屋上から飛び降りようか。何分経験がない。どの高さから落ちれば逃げることができるだろう。あのビルなら逃げられそうだ。どうやって入ろう。どうやって柵を乗り越えよう。その後は足を滑らせるだけだ。いつか、やってみたいものだ。その感覚は面白いだろうか、楽しいだろうか、怖いだろうか。楽しみで仕方ない。

薬は沢山ある。大量に飲んでみようか。でも知っている。この方法では逃げられない事を。

動脈を切ってみようか。でも知っている。この方法でも逃げられない事を。

ヘリウム?練炭?…出来ないだろう。

…生きたいのだ。死ぬのは怖いんだ。死にたくない。…死にたくない。可能なら不老不死にでもなりたい。でも苦しみたくもない。結局苦しみから逃げることなどできないのだ。

なんてね。



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